22・必ずいるはずの誰か

「いいか、これは完全な無効果じゃない。こいつをこのままにするには、俺もここにいる必要がある。だから後は任せた」

 シオンの言葉に頷く仲間たち。ウェウェコヨトルはもういなくなっていた。

「行け」

 それでも笑みを見せたシオン。悲しみは、無視した。今は確かに戦いの時だから。


ーー


 グランデの屋上には扉がひとつあり、それが実は唯一の出入口。エリザ、アミィ、シェイジェの3人が中に入ると、まずは長い階段があった。さらに階段を下りた先には、いくつも分かれ道がある迷路のような通路があり、すでに侵入者として認知されてたのだろう、3人ほどの魔術師らしき男たちが、最初の分かれ道の地点で待ち構えるように立っていた。


「こいつら」

「ああ、ラズベルにケルット、それに赤騎士」

 魔術師であるアミィも、ディスギアに使えていたエリザも、3人を知っていた。

 細い目つきのラズベル。背の高いケルット。それに本名は知られず、ただ赤騎士と呼ばれる、真っ赤なローブに真っ赤なハット帽をかぶった魔術師。ディスギアにおいて、キング階級の貴族に仕える11人の魔術師たちの内の3人。

「カルラテリックにスカイダンスの達人。ガルーダの守護戦士家系。それに魔術師サジャーの曾孫だ。油断するなよ。3人共ただの雑魚じゃない」

 赤騎士の呟きに、簡潔な説明をされた3人の誰もが驚く。

 赤騎士。どういう訳だか、彼は初対面のはずの3人を事前に知っていたようだった。


「しかし、おま」 

 ただ自分たちの事が知られていようが、いまいが、魔術師相手に有効な戦法が変わる訳ではない。魔術師はたいてい魔術の使用に多少の時間をかけるから、とにかく先手必勝、素早く攻めるのがよい。

 時間稼ぎ。とそう判断し、エリザは3人に接近し、とりあえず赤騎士にレイピア剣を刺そうとする。シェイジェもほとんど同時に3人の背後に回り込み、その爪の横切りで、3人共を切り裂こうとする。

「くっ」

 歯軋りするエリザ。防がれるだろうとは思っていたが、その防がれがたは予想外だった。ケルットが、赤騎士に突き刺さる寸前の剣を、素手で掴み止めたのである。

 魔術で固くしてるのだろうか? 剣を握りながら、その手からは血の一滴も流れない。一方シェイジェの攻撃も、振り向いたラズベルに、その腕を普通に掴まれて止められてしまう。

「ううっ」 

「ちっ」

 これはまず間違いなく魔術であろう。エリザはケルットに剣を、シェイジェはラズベルに腕を掴まれたまま、全く身動きがとれなくなってしまう。

「お前たちは、エリザ、それにシェイジェだったか。お前たちは俺たちに比べればそんなに強くない」

 中断された言葉の続きを発する赤騎士。

「いかに」

 そしてまた彼の言葉は中断される。

「ハーシィ、11」

 アミィの叫びの次の瞬間には、必殺紙から出てきた青い煙が、壁に吸い込まれるように取り込まれ、壁に現れる海の絵。それからまた一瞬後、海の絵から出てきて、赤騎士たち3人を囲むように球体となる水。エリザとシェイジェも、それぞれ少しは水に濡れるも、球体は上手く形を崩していて、3人の敵だけをのみ込んでいた。

「2人を、離せ」

 体力を使うのか、極度の緊張ゆえか、息切れ気味にアミィは叫ぶ。

「お断りだな」

 水の中だというのに平然と喋る赤騎士。そして彼でなくラズベルが、空いた右手の人差し指を突き立てると、水は全て、その指に集約されて消え去った。

「ひゃっ」

 水が消えると同時に声をあげ、全身を震わせて膝をつくアミィ。

実写画じっしゃがだったか。やはり面白い魔術だな。だが俺が芸術好きでもあるのは運が悪かったな」

「いったい、何者なの? あなた」


 それこそ本当の驚きであった。

 術者が感動するほどに好きな絵画を、1枚の特殊な紙に記憶しておき、その作品の作者名と割り当てられた作品番号を声にして出す事で、その作品から術者が連想した現象を起こす、アミィの祖母サジャーが開発した秘伝の魔術。実写画。

 それは個人規模のオリジナル魔術としては相当に強力なもの。だがだからこそか欠点も多い。

 まず感動した時に生じる”生命樹”の動きを利用するという原理上、紙に記憶出来る絵はかなり限られてしまう。また、記憶出来る作品の数自体に上限はないが、1人の作者につき、記憶出来るのは1つの作品のみ。さらにどの作品も例外なく、使用すればするほど効果は大幅に下がってしまう。例えばグランデに来るのに使った船だが、次に使う時には、もうまともに動けるかもあやしいくらいであろう。しかし最大の弱点は、使用した作品を知っている者には、発動を無力化されてしまい、そうされた時に、意識に強く、その作品に潰されるような感覚がのしかかってくるという事。


「サジャーとも、一時期敵対していた事があってな」

 それだけ言う赤騎士。

「本当にな、お前、いったい何者だよ? 赤騎士」

 いつの間にか、彼の背後にいて、その首筋にナイフを突きつけていたラッカス。

「やっぱりお前は弟弟子の味方だったか? ラッカス」

「そんな事まで知ってる訳か?」

「安心していいぞ、誰にも言ってないしな」

 そして赤騎士が指を弾いて音を出すと、実は彼の召喚していた精霊であるラズベルとケルットは消え去り、解放されるエリザとシェイジェ。


「エリザさん」とこれまたどこからかエリザに駆け寄るイザベラ。

 ヴェイグも同時に現れる。というか、なんとか2人に追いついたようで、息切れしている

「イザベラ、それに」

 ちらと、赤騎士にナイフを突き立てたままのラッカスに目を向けるエリザ。

「俺はラッカス、ネイサの仲間さ」

 すぐにラッカスは言う。

「師匠の兄弟子さんです。それに」

「僕はヴェイグ、まあ、仲間だよ」

 そしてこれまでの事を簡潔に3人は語った。ネイサを助けようと暗躍していたラッカス。彼とヴェイグに助けられたイザベラ。それに政府上層部を共通の敵とし、2人を助ける事にしたヴェイグ。


「それで」とエリザに気まずそうな視線を向けるイザベラ。

「ああ、彼らは……」 

 エリザの方も、イザベラとは初対面のアミィとシェイジェ。それにここにはいないシオンの事も、簡単に紹介する。

「で、今の状況を話すぞ」

 そしてヴェイグはアシャナに呼ばれてからの事を語った。


 全く予想通り。アシャナは、ラッカスがスパイを機械兵団に潜り込ませていた事から、その背後にヴェイグがいたと設定して、罪を着せた。

 そうして牢に捕らえられたヴェイグだが、彼の方が一枚上手であった。こうなる事も予測していた彼は、あらかじめ牢の管理人を手中にしていたので、さっさと解放されたのだ。もちろんアシャナも、ヴェイグが管理人を買収する可能性は考えていたので、事前に、ヴェイグには絶対それ以上を用意出来ないだろう報酬をラズーに用意してもらい、管理人に提示していた。すなわちキング階級の後ろ楯という、絶対的な出世街道である。だがヴェイグはそもそも、管理人自体を信頼できる部下に変えていたので、アシャナの策略は、ただヴェイグに、ラズーという存在を教えてしまっただけとなった。


「まぬけなアシャナが、僕の部下に漏らした内容から察するに、このラズーもラッカス同様政府に潜り込んでいる魔術師で、今回の事はこいつが黒幕だったらしい」

 そして、シオンが抑えているキーリア、さらには倒したばかりの赤騎士と実は精霊であった2人以外の、政府内の有力な魔術師たちの大半は、すでにラッカスとイザベラが無力化していて、残る敵は、ラズー、それにおそらく魔術師であろうアシャナ。

「それにネイサたちの情報を奴らに与えた誰かだ。誰かはまだわからないが、たが必ずいるはずの誰かだ」

 そう、おそらくはネイサもラッカスも、もしかしたらイザベラも知っているのだろう誰か。

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