21・戦いの時

 キーリア、アシャナ、ルイーヤ。3人がいたのはグランデのだだっ広い屋上。

 そして見た目は、ただ鉄で出来た巨大な円柱であるグランデ。

「入り口がどこにあるかわからんな」

 エリザの言う通り、確かにどこが入り口なのか全然わからない。

「この壁、かなり特殊みたい。壊すのは多分無理」

「上に何人かいるようだぞ」

 所詮は人間であるエリザより、さらに優れた感覚をもって、それに気づくシェイジェ。

「上か。多分機械兵団を今操作してる奴。なら普通にキーリアの可能性が高い」

 何に対してか、少し悔しそうなシオン。

「ここまで来ちゃったんだから、どの道、避けて通れない相手でしょう。覚悟決めよう」

 強く拳を握るアミィ。

「わかってるさ」

 そしてエリザの方を見るシオン。

「私もわかってるよ。作戦通りだろ」

 頷くエリザ。そう、彼女だけは戦いよりもイザベラの救出が優先。

「じゃあ、いきます」

 アミィはそれだけ言って、船を上空へと真っ直ぐ飛びあげさせる。


「キーリア、だけ?」

 まず呟くシェイジェ。自分が気配を感じた人数は確かに3人ほどであったのに、しかしいざ、屋上よりさらに少しばかりの上空から確認したそこにはキーリア1人しかいなかった。

「ネイサ、いやレグナは強いな。前はあれ、ドロンの奴らを守るための戦いだったからな。今は足手まといがいなくて本気だせるって訳だ」

 ぶつぶつ独り言のようにキーリアは続ける。

「俺も同じでさ、足手まとい共はいない方が、本気だせるんだよ」

 そして両手のひらを合わせる最強の魔術師。

「ぐっ」

「く」

 キーリアの合わせた手のひらから現れた巨大な光の剣による、縦方向の斬撃。その速度は目にも止まらぬほどだったが、なんとか反応できたエリザとシェイジェにより、他の者も動かされ、それを紙一重で避ける。ただし船は真っ二つとなり、その場に落ちてしまう。

 船の落ちた衝撃を受けなかったのも、とっさに跳んだエリザと、普通に飛べるシェイジェだけ。2人はすぐに、次の攻撃をさせまいと、キーリアの左右にそれぞれ迫る。しかしエリザが繰り出したレイピアによる突きも、シェイジェの鉤爪鋭い手による横切りも、一瞬まるで蜃気楼のようにぼやけたキーリアの体をすり抜けてしまう。さらに次の瞬間には、キーリアは姿をはっきりとさせ、エリザとシェイジェが繰り出した手をそれぞれ掴み、その細い体のどこにそんな力があるのか、2人ともを左右それぞれに投げ飛ばす。

「やあっ」

「う」

 しかし2人とも、さすがにただ投げ飛ばされもしない。エリザは体をひねって上手く足をつき、シェイジェは完全に上着を破り、完全に露にした翼の羽ばたきで、自らを止める。

「恐ろしい奴らだな、魔術も使ってないのに」

 素直に感心する様子を見せながらも、まるで透明なマリオネットを操るように、両手の指を動かし、新たな術を素早く発動させるキーリア。どういうふうに現れたのか、エリザとシェイジェ、それぞれの前に具現化された、2人それぞれと同じような背丈の骸骨。相手を真似た存在なのか、エリザの前に現れた方は剣を持ち、シェイジェの前のは鉤づめ鋭い。

 そして何か言うこともなく、すぐさま襲いくる骸骨2体。その力も拮抗だった。エリザもシェイジェも、受け止め、流し、時には避けて、骸骨たちの攻撃を全て無効化するも、それは骸骨たちの方も同じ。彼らはエリザたちが、隙を見ては繰り出す反撃をことごとく無効化した。

 しかしキーリア自身は無防備に見える。


「最強、ね」

 例の必殺兵器である、デタラメ落書き紙切れを用意するアミィ。

「ナーギュ、61」

 叫びと同時に、紙切れから発せられる緑色の稲妻のような何か。それはキーリアの所まで飛び、彼の周囲をデタラメに飛び交う。

 キーリアは何も喋らず、じっと立っている。それは未知の魔術に対する警戒心の表れ。魔術による攻撃には、下手に喋ったり、動いたりする事で、効力をあげてしまうものが多いから。

「木?」

 それが出現する前にそうだと気づくキーリア。次の瞬間、緑の稲妻は消えて、彼の頭上に現れる巨大な大木。それはすぐさま、まず落ちた。しかしそれがキーリアを押し潰す事はなく、大木は彼に触れそうになった部分だけ、綺麗に塵となり、どこからか吹いた風により飛び去る。

「まだまだ」

 呟くアミィ。大木はキーリアに消し去られたのだろう部分を口として、まるで彼を食おうとするように襲う。最後の最後、全てが塵にされるまで。

「まだまだなのはお前だよ」

 笑みを浮かべるキーリア

「うっ」

 アミィには、それが魔術によるのか、ただの気とかによる威圧なのかは全くわからない。ただ何もしてないようなキーリアに、なぜか大きな恐怖感を感じ、思わず数歩後ずさってしまう。しかしその背中を安心させるように誰かが軽く叩く。


「ウェウェ、コヨトル」

 振り返りその名を呟くアミィ。

「シオン、もう少しならいけるけど」

 何かを描くように指を細かく動かしていたシオンの方に、顔を向けるウェウェコヨトル。仮面越しだが、彼は笑っているようにアミィには思えた。

「ああ、最後の戦いだな」

 指は止めず、振り向きもしないで、しかしシオンも笑顔を見せる。

「神霊」

 ウェウェコヨトルを認めるや否や、これまで全く見せなかった動揺を見せるキーリア。だが彼も、危険だと感じながら、シオンに対して何も出来なかった。


 神霊族は、時に神として崇められ、神話に登場させられたりする。ウェウェコヨトルは、語られる多くの物語の中で、あらゆる秩序を掻き乱すトリックスター。

 実際には世界の秩序を掻き乱すほどの力はない。しかし、あらゆる原子の振る舞いを局所的に乱れさせ、誰かの目、耳、鼻、肌、それら感覚器官が感じる世界を狂わせる事が出来る。

 キーリアにはもはやシオンは見えていない。見えていたのは歪む白と黒がぐちゃぐちゃに混ざりあい、弾きあっているような世界。


「シオン君、あなたが?」

 問うアミィ。

 突然動きを止めたかと思うと、すぐにお見舞いされたエリザ、シェイジェ、それぞれの一撃を受け、ボロボロに崩れた骸骨たち。急に方針状態となったキーリア。

「ああ、ウェウェの力さ」

 誇らしげなシオン。

 そのやりとりも、もはやキーリアには聞こえていない。その耳に聞こえているのは、数名の男女の悲鳴のような、鉄が擦りあうような、とにかく何か不快な音。自分が何をしようとしているのか? そもそも自分が何者なのか? だんだんわからなくなってくる。


ーー


 操作者のキーリアが自分を見失った事で、ネイサたちと戦っていた機械兵団も動きを止めた。

「止まっ、た?」

 もちろんシオンたちがもうグランデに到達した事すら知らないネイサには、機械兵団がなぜ急に停止したのかはわからない。しかし疑問をじっくり考えている暇はなかった。

 レグナのようでなくとも、ディスギアのゴーレムたちも、機械でありながら、生命体でもある。命令が途絶え、戸惑ったのは一時だけで、仲間を多く破壊した敵であるネイサとレグナ。そのネイサたちに、今度は自分たちの意思で襲いかかる。

 ただ攻撃が前と比べて明らかに単調であり、どういう訳なのか、おそらく命令する者がいなくなったのだとネイサはすぐ察する。


(大勢仲間やられたもんな。普通は怒るか)

 そのゴーレムたちの生命体らしい選択に、どうしても胸を痛めもするネイサ。


 彼らも生きてる。けど機械でもある。人に利用される事に悲しみも怒りも、喜びすら感じない、道具にすぎない。レグナから伝わってくる激昂も受け、ネイサは痛みなどさっさと振り払う。

 今は戦う時。それだけ。

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