20・裏切り

「まあ、とにかくあいつは自分の命より、俺の命を選んでくれた。だから俺は、今度は自分の命をかけて、あいつの助けになろうと決めたという訳さ」

 そうしてラッカスは政府に潜り込み、その動きを監視し続け、今に至るという訳だ。

「サミュエルさんは、なぜラッカスさんたちを殺そうと」

「”命の書”の事を知っているからだろう。ルイーヤより、ネイサより、あいつはある意味、秘密を守る事を最優先と考えてたんだろう」

 確かにそうだろう。

 しかしゾッとせずにはいられない。“命の書”にはいったい何があるのか。それを持つ者はいかなる秘密を背負っているというのか。


「ラッカス、イザベラ」

 その時、唐突に部屋に入ってきたヴェイグ。

「ヴェイグ、今までいったい?」

「ラッカス、話は後だ」

 今や、かなり疑いを抱いている様子のラッカスを、ヴェイグは気にもしない。

「その様子じゃやはりお前たち、何も知らされてないな」

「何がですか?」とイザベラ。

「お前たちが待ってる奴が来たって事さ。もう防壁を突き破られて、存分に暴れまくってるとさ」


ーー


 ヴェイグの言う通り。

 もう1時間ほど通してネイサは、正確にはレグナは、ディスギアの機械兵団を相手にしながら、ディスギアという都市そのものに対する、可能な限りの破壊行為を行い続けていた。

 大砲から発する衝撃波とエネルギービーム。それに剣による攻撃で、上空の飛行船群から次々送り出されてくるゴーレムを破壊する。わらわらと湧いてくるホムンクルスたちなど意にも介さず、その持ち出してきた大量の武器を破壊する。立ち並ぶ施設を、飛び交う飛行船をとにかく破壊していく。

 破壊、破壊、破壊。


「きりがない」

 しかしまだ彼らは仲間が進むための道を作れないでいた。

 確かにレグナは圧倒的に強い。しかし敵の数はあまりに多すぎる。ドロンの時も数で圧されたが、さすがに敵の本拠地であるここは、その時よりもさらに多すぎる。

「いいさ」

 もう根比べだ。レグナが力尽きるのが先か、敵が尽きるのが先か。


ーー


「なんて思ってるだろうな」

 見事に正解であるシオンの推測。彼含むネイサの仲間たちはまだディスギアの外。レグナが開けた防壁の穴から、少しばかり離れた場所で待機中。

「だがだからこそ、今俺たちが行けるなら行くべきだと思うんだよ」

「行けるの?」

 すぐさま問うアミィ。

「行けない事はない」

 それだけ言ってから、シオンは顔を上にあげる。

「だよな? ウェウェ」

「とりあえず」

 名を呼ばれてすぐ、いきなり空中に姿を現し、地に落ちてくるウェウェコヨトル。

「忘れられてなくてよかったよ」

 その安堵の言葉は、シオンに笑いを促す。

「まあ、それはな」

「僕はわりと真面目に心配してたんだからな」

 くすくすと楽しそうなシオンに、かなりご不満な様子のウェウェコヨトル。

 何せ、まだネイサたちがニグテグントについてもなかった頃に、召喚されて、まだ正体を明かす前のグルックから隠れて、その後はずっと放置されていたのだから。

 シオンのような優れた”霊術”の使い手は、相手の霊との相性によって様々に変わる制約を課したり、特別な能力を課す事が出来る。シオンに召喚されたウェウェコヨトルは、周囲に溶け込み姿を消す事が出来る。ただ見えなくなるだけでなく、他のものと触れあった時の感触なども消してしまえるのである。それはほとんど意思だけを残すようなものだ。ただし消した姿を再び現すには、シオンに呼ばれなければならないという制約があり、それで今の今まで、ずっと消えたままだったという訳である。


「神霊、ですよね?」

 ウェウェコヨトルは神霊族。そしてそれを召喚するというのがどういう事か、シオン以外では、その場でただ一人理解していたアミィ。

「もちろんさ。俺を誰だと思ってた? これでもルメリア史上最高の霊術師の血筋なんだぜ」

「凄い」

 実に誇らしげなシオンに、素直に感嘆するアミィ。

「それで、その神霊とやらの力を使えば、今の状況でも作戦を決行出来ると?」

 問うエリザ。

「そういう事さ。ウェウェには生物の感覚を誤魔化す力がある。ホムンクルスはもちろん、ゴーレムだってな」

 それはシオンが与えたのではなく、元々ウェウェコヨトルが持っている力。 

「ただ何か、対象が気にするものがいる。大規模な影響には相当に心を奪えるものが」

 だが今まさにそれはある。

「そのもの、奴らにとって気にせずにはいられない恐ろしい敵、ネイサがいる今なら、その術で、俺たちもウェウェのように奴らの認識範囲から消える事が出来るはずだ」

「ネイサに注目させて周りを見えなくさせるという訳か?」とエリザ。

「そういう事になるよ」

 答えるウェウェコヨトル。

「しかしグランデまでの全員を騙せるのか? ネイサは、確かにあんなに強いが、あの大量のゴーレム共の全員を一気に相手にしてる訳じゃないだろう。全員いけるのか?」

 今度はシェイジェが問う。

「やれるさ、グランデくらいまでなら」

 答えつつ、その場に膝をつくシオン。

「シオン、本気なんだな」

 膝をついたシオンの後ろに立つウェウェ。

「ああ、俺にはあるからな。戦う理由。それに、偉大な先祖を持ってるって誇りがな」

「何か負担が?」

 そうなのだろうとすぐさま感づくエリザ。

「というか、多分神霊を召喚するだけでも」

「相当負担だろうね」

 アミィの言葉にすぐさま頷く、その召喚された当人。

「知ったふうな口だな。しつこいようだが俺は大霊術師の家系だぜ」

「でも君は、その大霊術師本人じゃないだろ」

 はっきりウェウェコヨトルはそう言った。

「普通は命を削る。けど俺には、代わりに使えるものがある」

「それが何かもわからないものだけどね」 

「いちいちだよ。わかってるよ、俺だって」

 呆れてるのか、心配してるのか、いまいちわかりにくいウェウェコヨトルに比べ、シオンはかなりはっきりイラついていた。

「つまり俺は確かに命を削らずに偉大な力を使えるんだ。だけど無制限じゃない。一生の内、使える時間は限られてる」

 誰かが何か言う前にシオンはさらに続ける。

「多分グランデまでは行ける。でもそれから長くは戦えない。ウェウェも送還そうかんしないといけないから。俺はつまり非常に弱くなる」


 送還とは、物質界に実体化した精霊の状態、言わば召喚状態を解除する事。


「シオン」

 何か言いたそうに、しかしもう何も言わなかったウェウェコヨトル。

「お前」

 エリザはもう彼らの事を察知していた。

「余計な心配はするなよ。今は戦う時だ」

 そしてシオンはしゃがみ、小さな魔方陣を足元に描くと、それを隠すように、そこに重ねた両手のひらを置く。

「いいか、さっき言ったようにグランデまでは誤魔化してみせる。けどグランデの奴らまで誤魔化すのは正直不可能だ。それでも素早く行動すれば十分隙はつけるはずだ」

 シオンの言葉に、他の者たち全員が首を縦に振る。


「発動した、アミィ」

 そして立ち上がるシオン。名を呼ばれ、頷くアミィ。

「みんなこれに」

 アミィが掲げた、赤色で船が描かれた1枚の紙。ほとんど同時に出現した、僅かに浮遊している大きな赤い船。そして直後に真っ白になった紙をアミィがしまう頃には、もうみんなそれに飛び乗っていた。

「飛ばすよ、しっかり捕まってて」


 それは確かに速かった。馬や機械車の数倍は速いだろう。しかしウェウェコヨトルの力で気づかれてないとはいえ、大量のゴーレムたちの巨体は道を阻み、それを避けながらのために、グランデまで数分を使ってしまう。


ーー


「やはりあれは囮だな。あれの仲間たち、だろう人たちが来たよ」

 アミィの船がグランデにぶつかる寸前で止まり、浮遊を解除した時には、すでにキーリアはその到着に気づいていた。しかしそれをグランデの者たち全員にすぐ伝える事は彼にも出来ない。伝える事が出来たのは近くにいた2人の仲間にだけ。

 1人はアシャナ。そしてもう1人は、最初、自分たちにネイサの情報をもたらした魔術師。

「しかし戦闘中とはいえ、あれほどの数の機械兵団を誤魔化すなんて、ねえ、あなたの弟子は案外人望があるようですね」

 キーリアが声を飛ばした先。そこに無表情で立っていたのはルイーヤだった。

 もうとっくに死んでいるはずの、ネイサとラッカスの師。そして今は敵となった魔術師。

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