17・要塞都市
シオンが確かにヒューレイの子孫であるというのは、レグナがわかった。また彼は、クラストが用意してくれた紹介状も持っていて、ネイサたちもさほど疑う事なく、彼が仲間となる事を承知した。
それはドロンにて、”命の書”ごとイザベラが連れ去られた時からちょうど4日目になったばかりの事。
それから次の日には、ネイサたちはニグテグントにてシェイジェと再会する。そしてさらにそれから2日後には、ディスギアとほぼ隣接している大都市ハンテスに、一行は到着した。
ーー
ネイサたちがハンテスに到着したのと同じ頃。
イザベラは、ヴェイグが3つ持つ個人部屋の内の1つにて、彼がティータイムを楽しむのを横目に、魔術修行に励んでいた。
「妙な修行だな、そんなの何かの役に立つのか?」
さっきから自分の手に息を吹きかけては、何かを掴むような仕草をするというのをひたすら繰り返しているイザベラに、もっともな疑問を放つヴェイグ。
「吐いた息を上手く掴もうとする行為がいいらしいです。理屈はよくわかりませんが」
それを続けながら、イザベラは答える。
「いや、それ騙されてないか、何じゃそりゃ?」
軽く笑うヴェイグ。
「師匠はそんな人じゃありませんよ。これは何か、何かいいんです」
「ヴァンパイアハーフならではの”生命樹”のその動き。その仕草。おそらく”霊術”の修行になるよ。さすがはネイサと言えるくらい」
突然どこからか現れ、感心したようにラッカスは言う。
「へえ、お前までそんなふうに言うって事は、わりと大層な訳か、その変な修行」
笑みはむしろ深めるヴェイグ。
「当然」
あくまでさすがなのはネイサだろうに、誇らしげなイザベラ。
「それで話は変わるが」と急に真面目な雰囲気を醸し出すラッカス。
「スパイ共と俺の繋がりが断たれていってる。どうやら俺の事がバレたらしい」
「今さら何か問題か? それ」
実にあっけらかんとしているヴェイグ。
「今さら繋がりを絶っても別に意味ないはずたろうに、なぜそんな事をすると思う? 俺たちは別にバカを相手にしてるんじゃないんだぞ」
少しイラつきも垣間見せるラッカス。
「こっちに、お前たちの事はもうわかってるぞおって、知らせたいとか?」
もうすっかりこの場に馴染んでいるイザベラ。
「それは、ありえるね」
急にヴェイグも笑みを消す。
「うん、ありえる」
「脅しか?」
すぐにそうたろうとラッカスも気づく。
「だと思う。で、だとするならそろそろ来るんじゃないかな」
ヴェイグがそこまで言ったまさにその時だった。ホムンクルスのポストマンが、部屋のドアをノックしたのは。
「アシャナ様より」
ドアを開けると、ホムンクルスはただそれだけ言って、一通の手紙を差し出してくる。
「はっ、お姫様がお呼びだ」
手紙を読むと、すぐにそれを丸め、ポケットにしまうヴェイグ。
「行くのか?」
「行くしかないだろ。姫に恥をかかせる訳にはいかないさ」
ラッカスの問いに即答し、ヴェイグも部屋を後にした。
「脅しって、どういう事ですか?」
しばらくの沈黙の後、唐突に尋ねるイザベラ。
「多分、俺がゴーレムやホムンクルスのスパイを使ってたのを法的に問題がある事にできるんだろう。それで、その事実を利用して、今の地位を剥奪されたくなければ、お前を差し出せとか、そういう事だと思う」
「そういう事ですか」
イザベラも今の状況を理解する。
「ヴェイグさん。信頼して、いいんですよね?」
少し怖かったし、自分を恥ずかしく思いながらも、イザベラは問わずにはいられなかった。
そしてラッカスは予想外に即答はせず、少しばかり考えた末に、自分の考えを返してきた。
「まあちょっと、微妙かもな」
何せ彼も元々”命の書”を狙っている一人である。
ただし、彼が”命の書”を欲しがるのは、政敵や上の貴族たちにそれを渡したくないからであり、加えて彼自身は1人の人間としてそれほど悪人ではない。だからこそ、ラッカスは彼に助けを求め、実際、今のように助けになってもらっている。
「ただ、別にあいつ、自分の地位を追われてまで俺たちを助ける義理なんてないだろうし。あれで一応やり手の政治家だからな」
だからこそ、武力より知力が頼りになるこの政府内においては、味方だと頼もしい訳だが。
「でも結局は信じるしかないさ。今はまだ」
「今というのは?」
わかっててイザベラは聞いた。
「ネイサが来るまで」
「師匠が来たら、私たち」
「もちろん戦う。”命の書”がここにある以上、結局残された道は戦いだけ。問題はいつ戦うか」
「戦う時は師匠が来た時」
「俺たちに勝ち目があるのはその時だけだろうしな。内と外から攻めて、この難攻不落の要塞をぶっ壊すのさ」
そして窓から見えるディスギアの景色を改めて確認するラッカス。
要塞都市ディスギア。
この都市には、建築物の1つ1つに大量の射撃兵器が備えられ、さらにはホムンクルスの軍隊が住まっている。通りを歩く者の大半は機械兵団のゴーレム兵で、他は、時折、ゴーレムたちのメンテナンスを任されている魔術師たちの姿が見えるくらい。
侵入者があればすぐにわかるようになっている。都市と都市外の境界には、地下から空まで、最も警備の厳重な正門を除いて、魔術による特殊な原子の防壁が張られており、門から堂々と入る以外には、その防壁を破壊するしかない為である。
そんなディスギアの中央にそびえ立つ巨大な円柱型の塔。グランデと呼ばれるこの塔は、ディスギアで唯一、魔術生命体よりも人の数が勝っている場所で、政府に所属する者たち、その護衛や直属の兵士たちが住んでいる。
大量のゴーレムとホムンクルス。それに彼らが使う様々な殺戮兵器を掻い潜り、なんとかグランデに辿り着いた侵入者を待っているのは、キーリアを初めとする多くの強力な魔術師たち。
だが自分たちは、イザベラはここにいる。だからネイサは来るはずだった。必ず。
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