16・友情

「お前、何者だ? 学校をどうした?」

 自分たち側に余裕が出来たところで、ネイサが問う。

「さあね」 

 子供らしく、拗ねたような態度のグルック。

「答えるまで、も」

 そして開き直ったように、笑みを見せ、彼は意識を失い、その場に倒れた。と同時に、少し離れた所に、さっきまで確かになかったはずのニグテグント魔術学校の校舎が出現する。


「あれは本物なのか?」 

 すぐさまエリザが疑問を発した。

 ネイサにはわからない。アミィにもわからなかったが、彼女にはそれを調べる準備があった。

「キンキル、6」

 まだ手に持っていたデタラメ書きの紙切れを校舎に向け、彼女は言う。すると今度は白い、ひらひらの布を全身に被ったような何かが紙切れから、飛び出てきたように現れる。

 まるで亡霊、というような印象をネイサもエリザも受けた、その何かは、魔術学校の壁をすり抜けて入り込み、そして数秒してから、出てきた瞬間に消え去った。


「教師や生徒たちは少なくともちゃんといる。ただ全員眠らされてるみたいよ」

 自分の知った校舎内部の人たちの状態を、簡潔に話すアミィ。

「ある意味では好都合かもな。とりあえずはクラストだけ起こそう」

 そしてレグナの方を見るネイサ。

「レグナを使うのか?」とエリザ。

「ああ、彼はクラストを知ってるし、知ってる相手に思念を送る事が出来るから」

 ネイサがそこまで言った時点で、目的の人物は早くも姿を見せた。校舎の前に煙が立ち上ぼり、すぐさま晴れたその煙の中から現れる小太りの老人。


「クラスト、ですよね?」

「眠らされた者たち。レグナを連れた見ず知らずの小僧たち」

 ネイサを無視し、ぼそぼそと独り言のように呟く老人。

「クラストですよね、あなたは?」

 再度問うネイサ。

「確かにクラストは私だ。お前たちは?」 

 そこで今彼らに気づいたように、クラストはネイサたちを見た。

「俺は、あなたの弟子のルイーヤから”命の書”を受け継いだネイサです。こちらの2人は仲間のエリザとアミィ」

「”命の書”の? すると奪われたという噂は本当だった訳か?」

「本当です。しかしそれ自体は、敵につれてかれた弟子のイザベラの体内にあるから、まだ見られてもいない可能性が高いです。弟子はヴァンパイアハーフです」

「そういう状況か」

 うつむき、ため息をつくクラスト。

「失望させましたか? 俺の事。それに俺を選んだ、ルイーヤの事」

「いや。それを言うなら、そもそもがあの娘の前の代の者に、あの娘を推薦したのは私だぞ」

 それからしばらく互いに言葉を失う、奪われた者と、託した者。エリザやアミィも、重苦しい雰囲気に、口を挟む事は出来なかった。


「クラスト。力を貸してほしい」

 唐突に沈黙を打ち破るネイサ。

「あれは今ディスギアだろう。あそこを攻めるつもりか?」

「必要に迫られたらそうするしかない。俺はこんなでも、ルイーヤにアレを託されたから」

 ネイサはルイーヤを思い出していた。彼の決意と言葉に、クラストも同じ人物を。


(「私はこんなだけど、あなたに託されたこれを、あなたのような人にはあまりに重たかったこれを」)

 これを背負ってあげる、これからは。と続いたかつてのルイーヤの言葉。それはクラストでなく、彼女に直接”命の書”を託した、彼女の先代にかけられた言葉だったのだが、そのすぐ近くに彼もいたのだ。

 そして気づかされたのだ。自分は違う。彼女の、そしておそらくは彼女の弟子であるネイサのように、彼は強くない。強くはいられない。


「ネイサ。私には恐れと責任感だけだった。最後の7ページを開く勇気すら私にはなかった」

「クラスト」

「すまないな、ルイーヤの弟子。私は期待には答えられない。私にはもう、この世界などどうでもいいのだ。私は」

 この世界など……どうでも……

「弱い」

 そこまで言うと、まだほとんどの者が眠ったままの校舎に、彼は戻っていった。


「そっか」

 それだけ言うネイサ。

「最後の7ページ、て?」

 恐る恐るという感じで尋ねたのはアミィ。

「神の言葉だ。この世界そのものが、いかに無意味なのかを力説してる」

 またかなりごまかした言い方。


「あっ」とアミィ。

「さっきの子」 

 それでネイサもエリザも即座に気づいた。グルックが消えていた事に。

「さっきの、クラストか?」

 エリザが言う。

「さあ、ただもうここは去った方がいいだろうな」

 ネイサは明らかに落胆していた。エリザはもちろん、まだ付き合いの短いアミィにもわかる程に。


ーー


「その様子じゃ、ずいぶん失望させたな」

 眠りこける誰も彼もを起こさず、校長室に入ったクラストを待っていたシオン。その隣のソファーにはグルックが寝かされていた。

「そうだな」

 彼らに全く驚く事もないクラスト。

「そいつ、何者だったんだ?」

 クラストの問いに、シオンは顔を伏せ、しかしちゃんと答を返しはした。

「政府と繋がりがあったみたいだ。だから”命の書”を奪われ、後は害にしかならないだろう所持者を殺そうとした」

「その子がな」

 恐るべき才能に恵まれ、そして恐ろしい者たちに利用されたのだろう。

「こいつは悪い奴じゃない。少なくとも全て知ってて、あの政府の連中に従うような奴じゃ」

 シオンは確かにその事を知っていた。最初はその才能に興味をひかれただけ。でもきっかけはなんであれ、2人は友人同士だった。友人同士になれた。

「クラスト、いつか俺の目的を聞きたがってたろ」

「聞いたな。結局はぐらかされたが」

 それはある演習にて、彼が只者ではないとクラストが見抜いた時。

「今、答えてやる。俺の目的はただただ単純。平穏な暮らしだった。この国でそれを実現するのに、最善の方法は政府とのパイプを持つこと」

 本当にただそれだけ。

「だが政府に近づき、その実態を知って、お前の中に迷いが生じ始めたという訳か」

「俺はそんなに正義感の強い人間じゃないよ」

 そして眠る友人を見下ろすシオン。


 ほんの少し前、”命の書”の所持者に協力し、上手く政府を崩壊まではいかないくらいに弱らせ、それを立ち直らせるのに協力する事で、政府に取り入り、ついでに”命の書”の所持者に恩を売っておく。という欲張りな計画を思いついたシオン。それを彼はグルックに話した。一緒に行かないかと誘った。

 グルックは快諾したがそれは嘘。実は政府と繋がりがあり、前々からクラストに疑いを抱いていた彼は、いつからか学校に強力な睡眠魔術を仕掛け、今回、それを発動させたのである。これから来るであろう政府に仇なす者たちを殺すにあたって、邪魔な者たちを眠らせるために。

 それは成功したが、肝心のネイサたちの暗殺は失敗し、結局は現在の通りとなった訳である。


「そんなに、けど」

 グルックから離れ、うつむいていた顔もあげるシオン。

「友情なら俺にもある」

「彼らの手助けを?」

 その問いに、シオンは言葉は返さず、ただ頷いた。 


ーー


「ちょっと待ちな」 

 ネイサたちがニグテグントを立ち去ってから数刻ほど。彼らの前に現れるシオン。

「せっかく遥々ニグテグントまで来といて、無駄足だったなんて嫌だろ」

「お前は?」

 レイピアに手をかけ、エリザが問う。

「俺はシオン・ヒューレイ。一応は”命の書”に関わりあるんだぜ」

「ヒューレイ?」

 その姓をネイサは知っている。

「じゃ君は10代目の」


 ”命の書”の10代目継承者レム・ヒューレイ。

彼は”霊術”を発掘した魔術師でありながら、異端の家系として虐殺されたルメリア貴族ヒューレイ家の生き残りだった者。


「ああ、レム・ヒューレイは俺のご先祖様らしいぜ」

 今や楽しそうな笑みを見せるシオン。

「でも、そのヒューレイの君が、何の用?」

 尋ねるネイサ。

「ああ、あんたらにとっては、まったく突然で、不意討ちだろうけど」

 それは、もう本当に唐突であった。

「あの情けないクラストの代わりに、この俺が仲間になってやるよ、ネイサ。奪われたもの取り返して、あの外道の政府を、一緒にギャフンと言わせてやろうぜ」

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