15・天才見習いの土ミミズ

「あなたたちが、”命の書”の所有者、ですね」

 息切れしながらも、なんとかという感じのグルック。

「お前は?」とネイサ。

「僕は、グルック、ここの生徒です」

 そしてネイサたちの間近まで近づき、彼は続けた。

「あの、どうか彼を、僕の友達のシオンを、止めてください」

 グルックがそこまで言った所で、魔術学校の校舎は、変身したのか、変身していたのか、突然竜の顔のような形状となり、その大きな口でネイサたちを呑み込もうとする。

 しかし口を閉じるのは、危機を察して現れたレグナによって止められた。


「なんだ? こいつは?」

「擬態能力を持つゴーレム」

 エリザの問いにすぐさま答えたのはアミィ。

「本物の校舎は?」

 ネイサがそう問うのと、ほとんど同時に、レグナは校舎ゴーレムを破壊する。

「だいぶ、向こうだと思います」 

 壊れた校舎ゴーレムの、残骸の先に広がる広野を指差すグルック。

「逃げてきた訳か?」

「はい」

 頷くグルック。ネイサはさらに問う。

「でも、いつまで走っても、校舎はすぐそこにあったって訳か?」

「はい」 

 またすぐ頷くグルック。

「でもその謎は解けました」

 つまり逃げるグルックを逃がすまいと、校舎ゴーレムは密かに現れ、密かに彼を追っていたという訳だ。

「何があったの?」

 今度はアミィが問う。

「あの」

 グルックは説明した。


 それは突然の事。彼の同級生で友人であるシオンが、ここに来るらしい”命の書”の現所持者を殺し、所持者を守る最強のゴーレムを奪う計画をグルックに語ったのである。

 それから手を組もうという申し出を断ったグルックを、ならばと、殺そうとしたシオン。しかしグルックは前々からシオンを怪しんでいた、校長のクラストに助けられる。

 ただ、シオンは実は相当に強力な魔術師で、クラストも含め、学園中の教師たち、見習いたちを相手に立ち回り、ついには何らかの魔術でその全員をどこかへ消し去ってしまう。ここに向かっているという、”命の書”の現所持者に助けを求めるためになんとか逃げたグルックを除いて。


「人を消す魔術」

 自分が口にした言葉に、アミィは震える。

「恐ろしい力だな。本当なら」

 意味深にネイサの方を見るエリザ。

 そして彼女が自分に伝えようとしている事をネイサが悟るのとほとんど同時に、グルックは隠し持っていたナイフで、ネイサを刺そうとしたが、その手も、すでに見抜いていたエリザに掴まれ、止められてしまう。

「くっ」

 悔しそうにエリザを睨むグルック。

「殺気の中に躊躇いも感じた。なぜこん」

「うるさい」

 大声でエリザを遮り、掴まれていない方の手を地面につけるグルック。

「なっ」

「うそ」

 全く同時に驚きの声をあげるネイサとアミィ。


 それはとても見習いが起こしたとは思えない魔術の技だった。

 少し離れた地面が盛り上がり、まるで巨大なミミズが飛び出てきたように、空へと真っ直ぐに伸びる。そして鞭を打つように、ネイサたちへと振りかかってくる、それによる攻撃。

 しかしやはり駆けつけたレグナの剣によって、土ミミズは切り裂かれ、止められる。


「なるほど、これが最強のゴーレム」

 不気味に笑うグルックに、ネイサたちの誰もが一瞬戦慄する。

「確かに最強みたいだ。ガラクタ人形にしては」

 そして今度は空に手を掲げたグルック。するとレグナの手足の辺りに出現したいくつかの巨大な魔方陣。それにより彼は、何かで縛られているように身動きが取れなくなってしまう。

「さあ、もう一度守ってみろ」

 再び地面に手をつき、再び巨大土ミミズを出現させるグルック。レグナは身動きが取れず、土ミミズの振り下ろされる一撃から、ネイサたちを守るものは何もなかった。

「ちっ」

 しかしその速度に、エリザだけは対応できた。掴んでいたグルックの手を離し、ネイサとアミィを押し飛ばすと、自身は紙一重で土ミミズをよける。残されたグルックはといえば、土ミミズにちょうど空いた穴によって何の影響も受けていない。


「うっ」

「いつっ」

 咄嗟だったために容赦なく投げられ、それぞれ地面についた時にネイサは両足を、アミィは右手を痛める。そして2人が痛みを感じるのとほとんど同時くらい、腰のレイピアを抜くエリザ。

「ならこれ」

 グルックが、今度は両手を地面につくと、エリザの周囲に現れる、人の指くらいの細さの、大量の小型土ミミズ。不規則に襲い来るそれらを、かわし、切り裂き、しかし土ミミズの数があまりに多いために、エリザはなんとか攻撃を避けるだけで精一杯だった。

「さあ、今度こそあなたたちは終わりだ」

 またしても巨大土ミミズを出現させるグルック。しかしレグナとエリザが稼いでくれた時間を、ネイサもアミィも無駄にはしていなかった。

 2人とも魔術を発動するため、自らの”生命樹”を変化させていた。瞬間、互いの顔を見合い、互いの考えを察する2人。

 正確には、2人が確認しあったのは、互いの周囲の”生命樹”の状態。相手の平時の”生命樹”の形を知っている場合、魔術師は、別の魔術師が魔術を使う際に、その相手の”生命樹”の変化具合から、相手がどのような魔術を使おうとしているのかを、ある程度推測する事が出来る。

 ネイサが認識した、アミィが使おうとしていた魔術は何らかの攻撃だった。一方でネイサは、彼はどこまでもレグナ頼りであり、アミィは、彼が行おうとしている魔術が、レグナを引き寄せるか、あるいは加速させるものだと認識する。つまり2人がそれぞれ実行しようとしている魔術は、互いのそれの邪魔になったりはしない。2人が確認し合ったのは、そういう事。


 もう遠慮はいらない。

 服のどこからか、デタラメに様々な色のペンキが塗りたくられた、手のひらくらいの大きさの紙切れを取り出すアミィ。それは画家でもある彼女のとっておきの魔術道具。

「サリー、9」

 そう口にした瞬間、紙切れから発生した、紙切れより少し大きいくらいの青い光の球体。さらにそこから無数に打ち出された光輝く弾丸によって、巨大土ミミズは至るところを貫かれ、結果、ただの土となり崩れ落ちる。

「さあ、レグナを解放して、エリザさんへの攻撃を止めないと、次は君を貫くよ」

 青い球体を、グルックの方に向けるアミィ。同時にネイサは魔術により、動きを封じられたままのレグナを自分の上空に飛ばしてきて、腕大砲がグルックの方を向くよう、半回転させる。

「終わりだ」

「くっ」

 それで観念したのか、レグナを封じていた魔方陣も、エリザを襲っていた大量の小型土ミミズも、グルックは消しさった。


「レグナ、恐ろしい子ね」

 どういう意味でかはともかく、アミィの言葉に、ネイサは苦笑いするしかなかった。

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