10・命の書

「イザベラ」

 目覚めてすぐ、ネイサはその名を呼んだ。

 夢を見てた時は忘れていたが、覚めると同時に、意識を奪われるまでの経過を思い出す。謎の人型ゴーレム。キーリア。それにイザベラに託そうとした”命の書”。


「彼女はキーリアと共に、街を出ていったらしい」

 椅子に座り、窓から、いくつも壊れた家々を見ていたエリザ。

「エリザ」

 警備隊の施設は壊されたのだろうか? ネイサが寝かされていたのは、アパートのエリザの部屋のベッドだった。

「ネイサ、ルードの事はありがとう。あいつ自身から話は聞いたよ」

 立ち上がり頭を下げるエリザ。

「でも、俺のせいで「お前のせいじゃないんだろ」

 ネイサの言葉を遮り、エリザは叫ぶ。

「そんな事わかってる。イザベラも、あいつは犠牲になってくれたんだろ」

 まだ何も事情は知らないだろう。しかしエリザははっきりと確信していた。

「私たちは、お前たちに救われたんだろう。ちゃんとわかってるよ。感謝しても、しきれな」

 言葉を詰まらせ、涙すら見せるエリザ。


「エリザ」

「なあネイサ」

 涙を拭い、強い決心を秘めて、エリザは続けた。

「どうか教えてくれないか。あの怪物共と戦う術を。あいつらを、皆殺しにする方法を」

 もう涙はみせなかったが、それでもエリザは声も体もこの上なく震えていた。その見せられた怒りと強さに、ネイサも心を決める。

「全てを話すよ」

 自分が何者であるのか、何を守ってきたのかを。


 ”命の書”。343ページのこの魔術書が、いつ誰の手によって書かれたのかはわかっていない。


ーー


 始まりは約2000年前に遡る。

 当時まだ建国間もない小国だったルメリアの政府は、かつて栄えていたという古代都市レイバンビオの遺跡を探索していた。自分たちの発展のために、古代に失われてしまったという叡知を求めていたのである。後からルメリアで誕生した、数という神秘を扱う”数秘術すうひじゅつ”以外の魔術は全て、古代世界では、少なくともレイバンビオでは身近な物であったらしい。

 失われてしまったその力を発掘し、復活させた数人のルメリア政府に仕えた者たち。彼らはそうして、ルメリア最初の魔術師たちとなった。そしてその中に、記録に残っている、”命の書”の最初の所有者であるアークスもいた。

 当時、”命の書”は別に秘密にもされてなかったし、さほど重要視もされてなかった。ただそれは暗号で記述されていたから、他に数冊の暗号で書かれた魔術書と共に、暗号解読が得意だったアークスの元に回ってきたのである。

 それから、解読したいくつかの魔術書の内容を彼は公開したが、”命の書”についてはただの倫理学の本として、嘘の内容を広め、その原書は弟子の1人レイレルに託した。

 時が経ち、アークスが死ぬと、レイレルは姿をくらました。そして”命の書”は、その弟子から弟子へ、受け継がれ、ネイサの代まで守られ、秘密にされてきたのである。


ーー


「いったい何なんだ? その書には何が書かれてるというんだ?」

 ”命の書”の噂はエリザも聞いた事があった。しかし噂では、それはより優れた生命を生み出す、いわば強力な”創造術”の魔術書。ルメリア政府がそれを狙うのもわかる。それはわかる。

「だが、それだけじゃ納得できない」

 そう、いくらなんでもおかしい。

「なぜアークスは仲間にその内容を隠したんだ? なぜレイレルは地位を捨ててまで、その書の行方を絶とうとしたんだ? なぜお前は」

「俺はこの街を犠牲にしてでもアレを守ろうとした。悪あがきに抵抗はしようとしたけどな。でもアレだけは絶対に守らなければならなかった」

「”命の書”とは、いったい?」

「神」


 最初の7ページは序文。魔術を行う上での共通の心得と、現在普通に知られる”創造術”の方法が、低級な技として紹介されている。

 8ページから49ページまでは、キーリアたちが求めているだろう内容が書かれている。ゴーレムに人工的な素材を適用したり、深い知恵を与える術。不死のホムンクルスの生成法など。

 さらに50から336ページまでは、生命という存在に関する哲学的な議論がひたすらに。

 たがアークス、そして歴代の所有者たちに共通して、大問題だったのは残りの7ページ。


「ごめん、ほんとに詳しくは言えない。だけど、そこには神がこの世界を創り出した技が書かれてる」


 神の技。それはなんと誤魔化した表現か。

 ”命の書”、最後の7ページの内6ページに書かれているのは、この世界に関する事。この世界の真実に直結している、ある数字の羅列。

 そして最後のページ。そこには何かが書かれている訳じゃない。

 ただ繋がっている。繋がっているのだ。

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