8・大切な人

 3人の魔術師の身代わりに殺されたホムンクルスの内の1体は、またしてもラッカスのものだった。ゴーレムの時と同じく、それが死んだ事を、彼は瞬時に悟る。

 彼はまた、ホムンクルスがキーリアたちの使う身代わり魔術に使用された事。それを殺した一撃がレグナによるものだという事も、それの死と同時に知った。

「どうしたんだ?」

 今度は何も言わなかったが、ヴェイグは顔色を悪くしたラッカスに気づいたようだった。

「ヴェイグ」

 これはもう仕方がなかった。

「話がある」

 ラッカスに残されていた選択肢も、今や一つだけだった。


ーー


「ネイサ」

 すでにドロンの外へと出てきていたイザベラ。しかし、彼女は立ち止まり、振り返った。

 後にしたばかりの都市上空を埋め尽くさんとする、ゴーレム付きの飛行船群。それにレグナが暴れたのだろう音や衝撃は、彼女にもしっかり届いていた。


ーー


 ネイサたちから少しばかり離れた廃墟の屋上。

「こわかったあ」

 今にも泣きそうな顔で膝をつくラミィ。アーキアも、やはり何も言わなかったが、はっきり、ほっと一息ついた。

「あの強さ、予想以上だ。いくら数と立地の有利があるとはいえ、正面から攻めるのは得策ではないな」

 ひどく冷静に、しかしまだ楽しそうな笑みを見せるキーリア。

「どうするの?」とラミィ。

「簡単な事だ」

 上空の飛行船はどれもキーリアの魔術による遠隔操作である。それらにくっついているゴーレムも全て彼の支配下にあり、合図1つでいつでも放つ事が出来る。

「戦いが愚策なら、避ければいいのさ」

 そして何の遠慮もなく、キーリアは、飛行船のゴーレムを全て放った。ドロン中の至る所に。あえてネイサたちは避けて。


ーー


「あいつら、どこまで」

 しかしこれも、もはや予想外の事なんかではなかった。

 当然だろう。今、敵にしている相手はあまりにも異常な者たちだ。良心なんてないんだろう。自分たち以外は全てゴミに見えてるのだろう。だからこそこんな事が平然と出来るのだ。本来の相手を無視して、とりあえずは周囲を破壊しつくすなんて発想に至る。

「くっ」

 それでもただ戦うしかない。今出来る事は、ほんの少しでも、ほんの僅かな時間でも、ここに生きる者たちを守る事だけ。


「ネイサ」

 改めて決心を固め、適当なゴーレムの所へ行こうとするのを止める、見知った声。

「お前ら」

 擦り傷だらけになりながら、無事でいたエリザ。体を支えられながら、立っているのがやっとだという感じのルードも一緒だった。

「キーリアたちは何を? この街を破壊し尽くす気なのか?」

 エリザは叫び問う。

 そうではないと言ってほしかったろう。しかしネイサは正直に、希望を棄てさせる。

「何1つ残さないつもりだと思う」

「お前、は?」とルード。

「なあエリザ、ルード。あの世なんてのがあるなら」

 そんなもの、この世界の者たちにもあるのなら……

「次はそこで会おう」

 そんな言葉しか残せず、ネイサたちはその場を後にした。


ーー


 破壊の限りを尽くされる街中を駆け巡り、1体ずつでも暴れるゴーレムや、それを運んでくる飛行船を壊していく。

 しかしまったくどうしようもない。次々投入されてくる新たな飛行船とゴーレム。そのペースは、レグナがそれらを破壊していくよりも早い。

「速く、もっと速く」

 そんな呟きもただ空しいだけだった。

「隙を見せたな」

 キーリアのその嬉しそうな声が聞こえた時、何をしようとしているかに気づいた時、それはもう回避するには遅すぎた。


 なんて迂闊であったか。戦いを焦るあまりに。

 1体のゴーレムを破壊しながら、次の目標を定めようとレグナの肩から跳び、離れたネイサ。その絶対の守護者から離れてしまった僅かな時間。いつの間にか、声も普通に聞こえるくらいの距離にいたキーリアの、10本の指1つ1つから放たれた光線に、ネイサの身体は貫かれてしまう。レグナはすかさずキーリアを攻撃するが、彼はまたホムンクルスと入れ代わる。


 何も喋りはしない。しかしレグナは倒れたネイサの近くに来て、彼を心配そうに見下ろす。

「レグナ、俺の事は、い、いから、戦え」

 10の光線で身体に開けられた、10の風穴から流れ出る血を少しでも押さえ、必死に痛みをこらえながら、ネイサはなんとかそう言った。

「戦え、少しでもこの、街を守れ」

 しかしレグナはその場を離れなかった。


「ネイサ」

 さらに、そこに駆けつけてきたイザベラ。

「イザベラ、この、バ、カ」

「大丈夫? ネイサ」

「なんで、来たんだ? なんで」

「レグナ」

 ぎりぎりで保っている意識で、それでも怒りを見せる師を無視して、同じ思いだろう優しい怪物に呼びかけるイザベラ。

「あなたの生命力を」

 わかっている。とばかりにレグナはすぐ頷く。


 セフィラのある組み合わせにより生じる、あらゆる生命体の弱った部分の再生を促す、そのものずばり生命力せいめいりょくと呼ばれるエネルギー。

 レグナは自身の持つ大量の生命力を、他の生命体に分け与える術を持っている。それは、今、ネイサを救える唯一の術。

 体を両手で支えながら斜めにし、顔の嘴をネイサに近づけるレグナ。次の瞬間には、与えられた生命力により、ネイサの傷はすぐにふさがり、彼の薄れた意識は、すぐにはっきりとした。痛みも疲れもあっという間に消え去った。

 そしてネイサが立ち上がるのと同時に、動きを完全に停止してしまったレグナ。

 その代償が、イザベラが来るまで、彼がこの術を使わなかった理由でもあった。生命力を分け与えると、術者自身の意識はしばらく閉ざされてしまう。そうなると、ネイサが復活した所で、守る者がいなくなった彼は、すぐに殺されてしまうだろうから。


「ネイ」

 名前も呼ばせず、容赦ない拳をイザベラに浴びせるネイサ。そしてもう意識のないレグナを見て、またすぐイザベラに視線を戻す。

「このおおバカ野郎共。全部台無しだ」

 今さら泣こうがわめこうが、もうどうにもならない事はわかってたが、それでもネイサは叫んだ。

「俺たちのせいだぞ。あんな奴らにアレを渡したら」

「いいよ。私は」

 泣き声で、それでもネイサに負けじとイザベラも叫ぶ。 

「ネイサが大事だよ」

「俺たちじゃなく、この世界の問題なんだ。アレの恐ろしさは何度も教えたろ。絶対に、この街を荒野に変えられたってアレだけは手放しちゃいけないんだ」

「ネイサを、ぎ、犠牲にしなきゃ、救われない世界なんて。そんなの、私は、私はいらない。滅ぼされたってかまうもんか」

「世界を滅ぼしてしまうかもしれないほどの力」

 またしても、いつの間にか近くにいて、話に割り込んでくるキーリア。

「大袈裟だとしても、興味深いよ」

 そして何かを掴むように、手をかざす最強の魔術師。

「んっ」

 ほんの少し前に受けた光線に比べれば、ずいぶん優しい攻撃だった。キーリアは、眠りをもたらす魔術により、ネイサをその場に倒れさせたのだ。

「ネイサ」

「安心しろ、小娘。ただの軽い睡眠術すいみんじゅつだ」 

 それは魔術の一分野という訳ではなく、眠りをもたらす方法全部をまとめて指す名称。


「なぜ師匠だけを?」

「お前の方が、師よりも話がわかりそうだと思ってな」

 もうそれだけ言われただけで、キーリアの意図はイザベラにもわかった。

「私が、”命の書”を持ってる事は」

「もうわかってる。俺を誰だと思ってる?」

「私が”命の書”ごとあなたたちについてったら、そしたら」

「大事な師は殺さないでおいてやる」

「この街にも、もう何もしないで」

「いいだろう」

 すぐに街中のゴーレムを停止させるキーリア。

「レグナも」 

「ああ、そいつは正直残念だが、そのままほっといてやる」


 信用できるだろうか? 信用するしかないのだろうか?


「私の体内にある”命の書”は、今、私の一部」

「それは知っている。お前が死ぬと、その一部はお前ごと灰になってしまうという事もな」


 ヴァンパイアやハーフヴァンパイアを殺すには心臓を傷つければいい。僅かな生命力でも、強力な再生能力を持つ彼らだが、心臓だけは例外で、人間と対して違わないのである。そして彼らは命が尽きると、その身体は灰となって崩れ去る。 


「あなたが約束を守ってくれたと私が確信するまでは、あなたに”命の書”は渡さない」

 イザベラにとって決死のハッタリだった。

 “命の書”は、ただの紙の本ではない。他のどこにも存在しないほど特殊な物質で出来ているそれは、破る事も、燃やす事も、ふやかす事も出来ない。ヴァンパイアの一部にする事もできず、今はただイザベラの体内にあるだけという状態なのである。

 仮に今、イザベラを殺せば、後に残る灰に埋もれながら、何の損傷もないソレをキーリアは手に出来る事だろう。

「もちろんそれでいい。もし俺がお前の師を殺したり、この街にこれ以上の危害をくわえるようなら、お前は自分の命を断てばいい」

 不幸中の幸い。どうやらキーリアは知らないようだった。その事実は、今イザベラの唯一の武器。

「で、一緒に来てくれるのか?」

「私」

 答は決まっている。イザベラがここにいるのは大切な人を守るため。それだけだ。 

「ついていきます」 

「いい子だ」

 そしてキーリアは、ゴーレムたちも、飛び交っていた飛行船も全て、適当な場所で崩した。

「上手くいったみたいね」

「ああ」

 新たに姿を見せたラミィに、満足げな笑みを返すキーリア。

「それで後の事は? 群衆にはどういう説明を」

「師匠のせいにはしては駄目ですよ」

 すかさずイザベラは言う。

「まあそうくるだろうな」とキーリア。

「まあ仕方ないか。アーキア」

 名前を呼ばれ、彼も姿を見せた。

「それにラミィも」 

「何よ」

「正解だったよ。お前たちを連れてきて」

 そしてキーリアは右手を空に掲げ、その握りしめられた拳から放たれた、巨大な光の鎌が、ラミィとアーキアの首を切り裂いた。

 イザベラは声も出せず、ゾクリとする。キーリアは相変わらず笑みを浮かべたまま。

「さあ、行こうか」

 まったく彼は平然としていた。

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