7・レグナ
「待たせた」
1人だけ出てきたネイサは、何も持っていない。すぐにどういう事か悟ったキーリアは、笑みさえ浮かべた。
「がっかりな答か?」
「ああ」
ネイサはぎゅっと拳を握りしめる。
「やっぱりあれはやれない。この街を犠牲にしても」
「そうか、ならば仕方ないな」
そしてまるでそれが愉快な事であるかのように、上機嫌のキーリアはまた指をならし、ゴーレムの停止をとく。
「素晴らしい殺戮ショーの始まりだ」
本当に楽しそうなキーリア。ネイサからしてみれば、人の皮を被っているだけなの、何か異常な存在としか思えない。
それに実に皮肉だ。偉大なる生命の真理を解いているとされる”命の書”は、それで創られるよりも、遥かに多くの命を奪ってきた。これからも奪っていくだろう。でも今は……
「でもこの街もやらない」
叫びながらネイサは地面に手をおいた。
「これがお前たちが欲しがる、この世界で最も恐ろしい力だ。光栄に思いながら死ね」
そして地響きと共にネイサの真下から、地面を粉砕して現れた十数メートルほどの白い巨像。
その造形は、ルメリア政府のどんなゴーレムに比べても異質であったろう。
丸に近い、すこしだけ縦長の体。ずっしりとした両方合わせると体と同じくらい巨大な足。細い両腕。右手の代わりについた巨大な剣、同じように左手の代わりの大砲。カラスの面をつけたような顔。
それは世界でたった1体。”命の書”に記された、究極ともいえる”創造術”によって創られた、最強のゴーレム兵。
「頼む、レグナ」
それというより、彼というのが相応しい、彼の名前。その肩の上に立ち、敵を見下ろすネイサ。
「究極的なゴーレムか。面白い」
キーリアがそう呟くやいなや、ドロンの至る所に散らばっていた彼のゴーレムたちは次々飛んで、数十メートル上空で制止する。
「その力、見せてみろ」
キーリアの叫びと共に、ネイサ目掛け一斉に飛んでくるゴーレムたち。しかしその全員、ネイサにまで届きもしなかった。目にも止まらぬ速度で飛んできたゴーレムたちを、レグナはさらに速く、その剣で、ただの岩石となるまで切り裂いていった。
実に鮮やかに飛び交う巨体。その見かけによらず、レグナは非常に身軽であった。しかしあまり大きい移動はせず、ゴーレム破壊の残骸岩石も出来るだけ、何もない所へ落ちるように気遣いながらの戦い。そんな戦いを簡単に出来るほどに、敵よりもレグナは圧倒的に強く、賢かった。
そして戦いが始まってからほんの十数秒後。
向かってきた全てのゴーレムを破壊し、再びキーリアたちの前に降り立ったレグナ。
「強すぎる」
呟いたのはラミィだった。その声は今やはっきり恐怖に滲んでいた。
「レグナ」
そしてキーリアに目を向けるネイサ。レグナはすぐに彼の意図を理解する。
「ちっ」
舌打ちするキーリアに向かい、その剣と大砲の手を、振り下ろすというよりも、叩きつけるレグナ。
街中に伝わる衝撃と、響く轟音。その巨大な両手を地面から離すと、そこにはついさっきまで生きていたとは思えないほどに、潰れてしまったキーリアの遺体。
「ひっ」
ラミィは声をあげ、アーキアは無言のまま、それぞれ反対の方向へ、ネイサたちから逃げようとする。
「逃がすか、逃がすな」
レグナは大砲をアーキアに向け、それから連発された直線の衝撃波はアーキアを吹き飛ばすと共に、その骨をいくつも折った。
それからレグナは凄まじく速く跳び、ラミィをあっさり追い越し、その前に立ちふさがる。
「いや、いや、助けて」
もう彼女は逃げなかった。逃げずに慈悲を請うた。しかしその様子に、ネイサは怒りを強くするだけ。
「お前たちも、失われてしまえばいいんだ」
この世界から……
そしてキーリアと同じように、ラミィも、レグナに潰し殺させたネイサ。
「うっ」
吐き気がした。
ネイサの心はそんなに強くない。そして自分に嫌悪感を感じた。自分は誰かが殺された事より、自分が誰かを殺した事の方が辛いらしかった。この世界で。
「お前は、大丈夫か?」
喋る事は出来ない、しかし自分よりずっと強く、優しく、何よりも、きっと正しい心を持った合金製の怪物に問いかける。喋れないから、答が声で返ってくる事はなかったが。
「ごめんな」
上空を埋め尽くしていく大量の飛行船。その1つ1つから、今にも放たれようとしてる新たなゴーレムの軍勢。
「それに残念だな」
自分はここで死ぬだろう。それはいい。しかし一緒に戦ってくれた優しい怪物を道連れにしてしまうかもしれないのは辛い。
それに結局、この街も壊されるかもしれない。イザベラも上手く逃げられるとは限らない。
だとしてもせめてあいつを、あのキーリアとかいう悪魔だけでも殺してやりたかった。ちゃんと見てみると、キーリア、アーキア、ラミィの遺体は、全くの別人であったのだ。おそらくはホムンクルス。何らかの魔術だろう。彼ら3人はレグナに攻撃される寸前、服装だけ真似たホムンクルスと入れ替わっていたのである。
「残念だ」
再度ネイサは呟いた。
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