失言と同義

エリー.ファー

失言と同義

 それは正しい表現ですか、と尋ねようと思ってやめた。

 どう考えても無意識のうちに、敵意に変化してしまうと予想した。大方、外れないと考えられる。

 先生は、授業を続けている。

 時間は、一分、二分。過ぎ去ってからようやく認知される。

 とにかく、面白くない。意味がない。何も残らない。

 どうすればよかったのだろう。何かが起きたのかもしれないし、認知できなかっただけなのかもしれないし。

 授業に出ないという選択をしなかったことが悔やまれる。

 別に、無視してしまえばいいのだ。

 ここで、良い悪いの判断ができるほど証拠は生まれていない。集めようとしている人間もいないのだから、しょうがないとしか言えない。

 嘘をつくな、という言葉が胸に刺さる。

 誰にも言われていない。

 私だけが私に唱えている呪文。

 けれど、その呪文に効力はない。

 無視は続き、目の前の事象への無関心さも続く。




 失言をした。

 謝罪をしなければならない。

 私は、失言をしたらしい。

 何が失言だったのか分からない。どの部分がどことどのような軋轢を生んで失言になったのか分からない。

 私は。

 失言を指摘する側だった。

 今は失言を指摘する言葉を間違えても失言になる。肩身が狭い。楽しくない。人の間違いを指摘することが一つの趣味だったのに、今は仕事になってしまった。もうすててしまいたい。

 でも。

 多くの人は私に期待をしている。

 また切れ味鋭く、社会を性別を文化に意見を言ってくれると思っている。

 無理だ。

 こんなことでは。

 長くはない。

 寿命を削り過ぎた。指先の雰囲気を一つまみ。それくらいしかない。

 何とか捻りださなければならない。

 誰も傷つかないようにした上で、笑いもとれて、誰かを批判する。

 そういう魔法のような言葉を、さも努力などしていないかのように吐き出さなければならない。

 これはエンターテイメントか、それとも拷問か。

 いや。

 エンターテイメント化された拷問か。




 生きているうちに失言をあと何回するのだろう。

 百、三百、千、千五百、十万、億。

 数えるほど暇ではない。

 ただ、気になってしまう。

 私は私の人生でどれだけのリスクをばらまいて生きてきたのだろう。誰かに肯定してもらっていたから良かったものの、続く限りは全くの別次元となる。

 嘘を失言としたら、私の発言はすべてが嘘になってしまう。本当の発言など、嘘のない心など、最後に見たのか記憶にもない。

 これもまた数えていなかったわけである。




 同程度の定義が必要である。

 失言とはなんであるか。

 考えなければならない。

 鬼籍がなんたるか人に説明しなければならない。

 どのような言葉を使うべきだろうか。

 失う言葉とは何なのか。




 どうすれば、ここから出ることができますかと尋ねた。

 こっぴどく叱られた。

 これはいけない言葉なのだと理解した。

 そうしているうちに、私は無口になった。

 言葉は無色で透明である。

 風によく似ている。

 けれど、失言となると急に土臭くなる。人間らしさが詰まっているのだ。




 失言をそのまま擬人化したような男が立っていた。彼はいつも泣いていたが、それを隠すことをしないので、周りの人たちは構って欲しいのだろうと無視をした。

 その男は、どこかに行ってしまった。

 誰も、その男のことを語ろうとしない。

 気を抜くと失言してしまいそうになるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失言と同義 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ