第6話 リアルタイムで紡がれる神話
魔王は強化されたモンスター軍団を率いて、ダイアナの故郷であるプラジネット
開戦後、わずかひと月で国を滅ぼしたという。
ダイアナの両親である霊王と王妃、3人の兄たちは魔王との戦いで命を落とした。
王位は隣国の【騎士王領パヴァロフ】に留学していた、第4王子が継承。
第5王位継承者であるダイアナは兄を頼って、パヴァロフへ亡命。現在に至る。
俺が召喚された大聖堂は、パヴァロフ騎士王領の王城内にあった。
パヴァロフは聖神ベルドを主神として崇めており、パヴァロフの王族も敬虔な信者なのだとか。
「パヴァロフは騎士たちが同盟を組んで結成した連合軍事国家なの。5年に一度の投票で選出された騎士王が諸侯をまとめてはいるけど、領地の自治はそれぞれの騎士に任されているわ」
ダイアナ先生は人差し指で空中に円を描きながら説明したあと、ズビシっと俺の顔を指差した。
「ここで問題です。ある日、自分が管理している土地にモンスターが攻めてきました。このとき、領主である騎士はどういった行動を取るでしょうか?」
「そりゃあ迎撃するだろ。自分のところで養ってる兵士がいるなら、伴って討伐に出かけるんじゃないかな」
「正解。では、余所の土地がモンスターによって占拠されていたら?」
「自分の土地じゃないから見て見ぬ振りを……あ、そういうことか」
「そういうことなの。この国の騎士は既得権益を守るのに必死でね、すぐそばに脅威が迫っているのに見て見ぬ振りを決め込んだのよ。だから誰もワタシのお願いを聞いてくれないの」
「そのお願いというのは……」
「魔王の討伐よ。失われた故郷を取り戻さなくちゃ!」
ダイアナはグッと拳を握り締め、ベッドから立ち上がった。
サイドテーブルに立てかけてあった、白樺の杖を手にして上下に振る。
「そのために精霊術の修行も毎日続けているわ。王家秘伝の神降ろしの儀式だって、ワタシがいなければ為し得なかったのよ!」
ダイアナは鼻息荒く熱弁する。
パヴァロフの騎士たちがダイアナを避けるのはこれが理由だ。
事あるごとに魔王討伐の話を持ち出すので、鬱陶しく思っているんだろう。
「神降ろしの儀式を成功させるには、強い
「選ばれたって本当か? ダイアナって立候補するタイプだろ?」
「えへへ。バレたか」
ダイアナは悪戯が見つかった子供のように舌を出して照れた。
「ワタシが強い
「ん。そうか……」
俺はなんと答えたらいいかわからず、口ごもった。
俺は親の顔を知らない。
故郷と呼べるのは児童養護施設だけだ。
もしも施設が何者かに襲われたら――
「事情はわかった。何かあったら俺に助けを求めろ。そのために俺を呼んだんだろ?」
「勇者さま……」
俺はダイアナの頭をできるだけ優しく撫でて微笑んだ。
ダイアナみたいな子を助けるために俺は勇者になると決めたんだ。だから――
「騎士みたいな格好いい活躍はできないかもだけどさ。それなりに頑張るから」
俺は笑う。笑ってみせる。
モンスター相手にどこまで戦えるかわからないが、自分でこの道を選んだんだ。逃げたりはしない。
「さすがはワタシの勇者さま! ともに力を合わせて魔王を倒しましょう!」
「期待されるのは悪い気はしないが……」
ダイアナは目を輝かせて右手を差し出してくる。
俺はリンゴを完食したあと、差し出された右手に皿を持たせた。
「ダイアナを連れていくつもりはないぞ」
「なんでよ!? ワタシが王女だから!?」
「そうじゃない。
「ワタシが年下だと思って舐めてるわね! これでも5つの精霊術をマスターした大天才なんだから。戦闘でも必ず役に立つわ」
「その自信過剰な態度が危なっかしいと言ってるんだ」
俺もまだ成人を迎えていないので人のことは言えないが、12やそこらの子供を戦場に連れて行くつもりはない。
俺は女神スクルドに肉体改造を施されている。多少無理をしても平気だろう。
だが、ダイアナは貧相な体つきで、風が吹いただけで倒れそうだった。胸もまだ小さい。
「勇者の冒険について来たいなら、あと5年は待つんだな。そうしたら肉体的にも精神的にも成長してるだろ」
「ふんだ! こっちの世界のことなんて何も知らないくせに知った風な口を利いて! 勇者さまのわからず屋! もうリンゴ剥いてあげないんだから!」
ダイアナはリンゴのように頬を赤く膨らませると、ベッドから降り立った。
去り際、俺に向けて舌を出す。
こちらの世界にも『あっかんべー』をする風習があるのかと思うと、不思議と温かな気持ちになった。
「きゃっ!?」
「あらっ」
部屋を出て行こうとしたダイアナだったが、扉の向こうにいたメイドとぶつかってしまった。
小柄なダイアナはよろけてしまい、メイドが慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。王女殿下」
「こちらこそごめんなさい。急いでるからこれで失礼するわね」
ダイアナは澄まし顔で首を横に振り、不問にした。
黒衣に白いエプロンドレスを着た年若いメイドは、頭を下げ続けてダイアナを見送った。
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