第五章 聖女、サムライのパーティーメンバーになる

第66話 聖女、寝込む

「メルテル殿の具合のほどは?」


 メルテル殿の部屋から出てきたアルマー殿を呼びとめて尋ねる。


「熱はもうだいぶ引いたみたいだね」

「まだ、眠っておいでかな?」

「ああ。牢の生活がよっぽど堪えたんだろう。無理もないさ。ぐっすり眠ってるよ」

「そうか……」


 裁判から、すでに二日が経っている。


 裁判の後、メルテル殿は取りあえず俺たちとギルドへと戻った。修道院の破門はメルテル殿を守るための見せかけであったので、すでに解かれている。しかし、領主の館からは遠く、昨日のメルテル殿は、どう見ても修道院まで戻れる状態ではなかった。

 ギルドへとと言ったが、皆でメルテル殿を抱えて運んだと言ったほうが正しいだろう。


 歩けぬほどに、ボロボロだった。


 当然であろう。牢の生活だけではない。恐らく、王都を逃げ出してからずっと張り詰めていた気が一気に緩んだだろうから。


 あれから、メルテル殿は高熱を出した。ルージュやリリィ、修道女たちも加勢に来て介抱していたようだ。


 そしてメルテル殿はずっと眠り続けている。俺の隣の部屋で。壁越しに色々と声も聞こえてくる。


 心配だし、介抱を手伝いたくもなるが、女子おなごの部屋には容易に立ち入れぬ。それに、服を着替えさせたり身体を拭いたりもしている様子だからな。


 今日も気だけ揉んで、気づけば昼か……。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。


 何をやっているのだ、俺は。俺がここでいくら気を揉んでいても仕方がないことだ。


 ギルドから出ると、俺は一人で領主の館へと向かった。


◇◇◇


 あの狂乱から二日、館の中庭には日常が戻っていた。騎士たちが今も、稽古に励んでいる。


 俺も久しぶりに汗を流すか。


 そう思っていると声を掛けられた。


「あっ! 貴方は!」

「ソーガ・クロードさんですよね?」

「いかにも」

「やっぱり!」


 三人の若者だった。三人とも濃い柿のような色合いの髪と瞳をしていて、どことなく顔立ちも似ている。


「お主ら、見ない顔だな……。拙者せっしゃも館には稽古に出ているのだが」

「ええ、わたくしたちは、最近王都から帰ったばかりですから」


 一番背の高い若者がそう言った。


「ほんのこの前、晴れてシエンナ騎士団に入隊しました」

「僕もです」


 中くらいの背丈の若者と一番背の低い若者が言葉を続けた。


「お会いできて光栄です、クロードさん!」

「挨拶できる日を待ち望んでいました! わたくしはベラルド。ベラルド・ブルッツと申します!」

「俺はバルトロ・ブルッツです!」

「僕はルミロン・ブルッツって言います」


 三人が背の順にそう言った。


「ブルッツ……、なるほど、兄弟という訳か」

「はい! わたくしが長男、バルトロが次男、ルミロンが三男です。三人合わせてブルッツ三兄弟です! 以後お見知りおきを!」


 ベラルドがにこやかに笑う。


 聞けば三人とも、王都の貴族の元へずっと奉公に出ていたらしい。地方の貴族の子が王都貴族や王族の屋敷にて使用人として働きつつ、さまざまな素養を学ぶことはリベルト伯やデルツィオからも聞いたことがあった。

 この三兄弟も五年の王都暮らしを終えて、数日前にシエンナへと戻ったとか。


「実は僕たち、この前の裁判の警備が最初の任務だったんです」


 三男坊ルミロンが中庭を見渡す。


「あの場にいたのか」

「はい。門兵をしていました」

「それはご苦労であったな」

「けど、すごかったよなぁ」


 次男坊バルトロが腕組みして唸った。


「確かに……。だが誰も怪我をする者が無くてよかった」

「いえ、すごかったってのはクロードさんのことですよ!」

「うむ?」

「あの時、俺は結構遠くにいたけど、それでもクロードさんの迫力が、もうビシビシと伝わって来て……。それ思い出すと今でも身体が震えます!」


 そこまで言うと、バルトロは拳を握り、こちらへぐっと顔を近づけた。思わず仰け反る。


「あの、クロードさん! 俺に稽古をつけてもらえませんか!?」

「稽古?」

「はい! 俺、最初は信じられなかったんですよ。仲間からあなたの古代龍討伐の話を聞かされても……。でも、昨日の貴方を見て、やはりすごい人なんだと実感しました」

「僕もです! まずはルミロンに稽古をつけてください!」

「ちょ、ちょっと待たないか! バルトロ、ルミロン」


 俺が困っているのを見かねてか、長男坊ベラルドが二人を制した。


「クロードさんが困ってらっしゃるだろ。それに……最初に稽古をつけてもらうのは、長男のこのわたくしだ!!」

「むっ!?」

「なっ! ずるいですよ、ベラルド兄さん!」

「そうですよ!」

「二人こそ! 兄上を差し置いて、何を言っているのだっ!?」

「ま、まあ待て待て」


 三人をなだめる。


「拙者はこちらの剣の流儀は知らぬ。まずはここの年長者たちに習うとよかろう」

「勿論そのつもりです。けれどわたくしたちは、どうしてもあなたから手ほどきを受けたいんですよ!」


 ベラルドがその柿色の瞳を輝かせる。


「古代龍を一人で討伐した英雄神に並び立つ貴方から!!」

「それに俺とルミロンを見てください」


 バルトロが両腕を広げて見せる。隣の弟に顔を向けた。


「俺と弟は見ての通り、背も低くて身体も貧相なんです。体力や腕力にも自信がなくて……。けれど、クロードさんは俺たちと背も変わらないのにあれだけ強いじゃないですか」


 確かに、バルトロとルミロンの背は俺とさほど変わらなかった。こちらの世界では、男子をのこの中でも低い方なのだろう。


「そなた、歳は?」

「17です」

「僕は15です!」


 バルトロとルミロンがそう言った。


「二人とも両手を広げていろ」

「?」


 そう言うと、二人の身体を触る。


「ちょっと……なにを?」

「クロードさん、くすぐったいですよ」

若人わこうどらしいしなやかな身体つきだ。なにも問題ない。歳も若いし、背も、まだこれから伸びるかもしれぬぞ?」

「けど、一日でも早く逞しくなりたいんですよ」

「焦るな。稽古を重ねて行けば、いずれ肉はつく。歳を重ねて行けば、つけたくないところに嫌でもつくぞ?」


 笑いながら、バルトロの腹を小突いた。


「俺が長年やっていたのは立木打ちという稽古くらいだ。道場稽古などほとんどして来なかった。立木打ちの稽古ならば、シエンナ騎士たちにも教えている。皆と一緒に取り組んだらどうだ?」

「けれど、今こうして会っているのだから、今日は俺だけに、直接教えてください!」


 バルトロの言葉に、ベラルドとルミロンが血相を変える。


「ちょ、兄さんずるいですよ!」

「そうだぞ! クロードさん、わたくしもお願いします!」

「僕も!」


 やれやれ……。


 若者たちの熱気に負けて、俺は稽古をつけることにした。


 木刀を三人に渡す。この館の稽古でよく使われている木製の剣──木剣ではなく、立木打ち用の木刀である。

 真っ直ぐな木の太枝から余計な枝葉を落として、皮を剥いで表面を削っただけの代物だ。


「え?」

「お、重っ!?」

「なんですか、これは?」

「それを振って稽古をするんだ」


 そう言うと、三人とも目を丸くした。


「これを!? ただの丸太じゃないですか……」

「そなたたちが実際に振るう剣よりも長くて重いだろう?」


 そう訊くと、ベラルドは若干呆れたように頷いた。


「だから良いのだ。普段からこれくらいで慣れていた方がよい。それに、戦場では鉄の甲冑に兜、脛当てや籠手、盾なども構えたりするのだろう? それらを身に着けたら重装備になるはずだ」

「それはそうですが……」

「さて。今のそなたらは、どのくらい耐えられるかな?」


 半信半疑な三人に、基本的な足腰の使い方や振り方を教える。


 ただその場で木刀を振るだけだが、三人とも、すぐに腕が上がらなくなった。


「どうした? まだ始めたばかりだぞ?」

「……っぐ!」

「も、もう無理です!」

「ぼ、僕も……限界っ!」


 次々と、その場にへたり込んでいった。


「ハハハ、それではまだまだ、戦場には立てんな」

「やはり、俺は騎士として失格なのか……」


 うなだれるバルトロの肩を叩いて笑った。


「そんなに落ち込むな。若い騎士たちも最初はお主とさほど変わらなかった。だが今では、次第に様になってきたよ」

「皆やっているんですか?」

「ああ。地力じりきを練り上げるにはよい稽古になると思う」


 木刀を支えにして、三人とも立ち上がる。皆、膝が笑っていた。 


「さあ、次はいよいよ立木打ちだな!」

「ま、まだやるんですか!?」

「何を言っておる。今はただ素振りをしただけ。立木打ちの前に身体をほぐしたにすぎん」


 そう言うと、三人が顔を見合わせて、またヘナヘナとその場に座り込んだ。


 その様子がおかしくて、また笑ってしまった。


「冗談だ。休みながらやるとするか」


 笑いながら横に顔を向けると、中庭を取り囲む石造りの壁が崩れていた。二日前にケントたちが壊した跡である。


 ふと腰に差している自分の刀に目を落とす。


 ケントたちの企みによって、こちらは武器さえ手にできなかったわけだが、仮にあの場でこの刀を手にしていても、恐らく満足に振るうことはできなかっただろう。あの場の人々を一瞬で皆殺しにしかねない力が、この刀には宿っている。


 今のままでは宝の持ち腐れ。思った時に思った場所で振るえない刀は無用の長物だ。もっと力を押さえて扱えるようにならねばな……。


 だが、それと同時に別の一振りを用意する時かもしれぬな……。


 それは前々より考えてはいたことだった。


 街中、周りに人がいる場所──いつ如何なる時、如何なる場合でも全力で戦えるように常より備えなければ。

 そのためには、この刀以外の一振りがいる。だが……。


「うぅむ」


 思わず鼻からため息が漏れる。


 言い出しにくいが、かねてよりリベルト伯に相談しようと思っていた扶持ふちについて、尋ねてみるか……。

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