第67話 古代龍討伐の報酬は、いつ頃貰えるのであろうか?

「……それで、クロード」


 そう問われて、中庭から顔をリベルト伯へと戻した。横にはデルツィオも立っている。


 偶然通りかかったメイド長のパメリア殿に言付けて、リベルト伯をここへ呼び出してもらっていたのだ。

 中庭を見渡せる吹き抜けで、内々の話をしていた。刀の件だ。


「私に頼み事とは一体なにかな?」

「うむ……」

「なんだ。遠慮せずに言えよ」


 歯切れの悪い俺を見て、デルツィオが笑う。


 いやはや、扶持ふちの催促とは言い出しにくいものだな……。


 重い口を開いて、本題を切り出す。


「その……、急かすつもりはないのだが、イスドレイク討伐の報酬とやらは、いつ頃、拙者の手元に届くのでござろうか?」


 そう問うと、二人はぎくりとした様子で、互いの顔を見合った。


「と言うのも、新しい刀を用意したいと思っており申す。しかしながら、恥ずかしい話、金がいささか足りずに困っいる次第にて……」


 シエンナの武器屋は何度か訪れたことがある。だが、そもそもこの町の武器屋には刀が置いていなかったのだ。


 神々も言っていたが、刀自体は、こちらの世界にも存在している様子である。だが、使い手はそう多くはいないようで、辺境のこの町では取り扱っていなかった。


 武器屋の親父の話では、もし作るのならば、特別にあつらえる必要があるらしい。使う素材にもよるらしいが、かなりの高額であった。とても薬草採集の報酬だけでは、手が出そうになかった。


「神の力が宿るこの刀では、その力が絶大すぎて、人がいる場所では容易に振れぬ。だから備えとして、別の一振りを持っておきたいと思うてのことでござるが……」


 申し訳なさそうにそう言うと、今度は二人が弱った顔をして俺から目を逸らす。


如何いかが致した?」

「ん? うん……」

「いや、その……」


 歯切れ悪くそう言うと、急に神妙な顔つきになる。そして二人同時に、腹のあたりに手を添えて、深々と頭を下げた。


「すまない、クロード! 古代龍の討伐報酬は王都に行ってから、王都の冒険者ギルドにて請求してもらえないだろうか?」

「私からもお願いする!」

「ど、どうされたのだ、リベルト伯? デルツィオまで……、頭を上げてくれ」


 リベルト伯は顔を上げると、眉を寄せ、弱ったように頭を掻いた。


「古代龍の素材は鱗も爪も、血液や翼も……どれも希少で大変高価なものばかりなのだ」


 デルツィオが頷き、続きを話すように口を開く。


「だから、そなたらが回収してギルドに報告した素材だけでも、ボールド・シエンナの領地の一年分ほどの財政規模になるだろう」

「そんなに……」

「ああ。その報酬金をここで支払うとすれば、シエンナの金庫なぞ、一瞬で吹っ飛ぶことになる」

「なるほど、ならば仕方ないな」


 王都に着くまで、刀は諦めるしかあるまい。


「だが、新たな武器ならば任せてくれ!」


 思った矢先に、リベルト伯が力強くそう言った。


「是非、我々が用意させてもらうよ。シエンナ騎士たちの武具も手掛ける、シエンナで一番腕が立つ鍛冶職人にお願いするとしよう」

「よいのか!? かたじけない」

「ああ! このくらい大したことじゃないさ。クロードがシエンナで成したことを思えばね」


 良かった。どうにか新しい刀を手に入れる算段は整ったな。


 短く鼻から息を吐いた。


「どりゃー-っ!!」


 ガンガンガン──ッ!!


 威勢のいい声と木がぶつかる激しい音が耳に届く。


 一人の騎士が、相手に向かって激しく木剣を打ちつけていた。必死に耐えているのは、ブルッツ三兄弟の長男坊ベラルドのようだ。


「グッ! まだまだぁ!」


 そう言って、ベラルドが相手を押し返す。


「うわぁっ!」

「あぐぅっ!」


 別の場所では、打ち負かされた二人が、同時に吹き飛ばされていた。ブルッツ三兄弟の次男坊と三男坊、バルトロとルミロンだった。


「お~い! どうした、どうした~!?」

「ははは! もう終わりか、バルトロ、ルミロン?」


 打ち負かした相手が二人を見て笑う。


「くっそ!」

「うぐぅ……」

「へばんな、立つんだ!」

「もう一本だ! 頑張れ!」


 仲間たちが声を掛け合っている。


「彼らは新しく入った若騎士ルーキーくんたちだね?」


 へたり込んでいる若者を見やってリベルト伯が笑った。その言葉にデルツィオが頷く。


「ええ。ブルッツ三兄弟ですね。三人とも毎日頑張っていますよ。そう言えば、先ほどはクロードも稽古をつけていたな」

「うむ」

「ほう。どうだった、うちの若騎士ルーキーくんたちは?」


 リベルト伯に訊かれ、俺はもう一度三人を見やった。


「熱意溢れる若武者と言った感じでござるな。日々の稽古でじっくりと鍛錬を重ねて行けば、いずれは兄弟子たちにも遅れは取るまい」

「そうかい。それはよかった」


 俺の言葉を聞いて、リベルト伯は嬉しそうにそう返した。


 その後、俺も日が暮れるまで稽古に参加した。久しぶりにたっぷりと汗を掻いて、どこか気分も落ち着いた。


 帰り道、冷たくなってきた風が熱した身体に気持ちよい。晴れやかな気分で、俺はギルドへと帰った。


◇◇◇


 夜、隣の部屋から小さく扉が開く音が聞こえた。


 メルテル殿……?


 ベッドから起き上がる。


「……」


 気になって、俺も部屋を出る。


 廊下は静まり返っていて、濃い蜜柑色の明かりが灯るだけだ。一階のエントランスにも中庭にも姿はなかった。


 もしかして上か……。


 階段をゆっくりと上がっていく。上がりながら冷静になって考える。


 夜中に女子おなごの後をこそこそつけ回るとは、まるで辻捕りではないか……。


 そう思ったのだが、やはり気になってしまう。


 この建物は三階まであるのだが、二階にもメルテル殿の姿はなかった。


 三階の廊下のつきあたり、扉が少し開いていた。


 そこから外に出られるようになっていて、バルコニーと呼ばれる壁伝いに作られた濡れ縁のような場所がある。晴れた日には、そこから遠くまで見渡せる。


 扉の隙間から、月明かりが廊下まで伸びていた。


 ゆっくりと扉を押して、外に出る。右を見ると、メルテル殿が立っていた。どこか遠くを見ているようだった。ゆったりとした寝間着姿で、白い服は月や星の明かりで青白く見えた。


 夜風が吹いて、メルテル殿のあの陽光のような髪が流れる。


「……」


 こちらに気がついて、メルテル殿も顔を向けた。小さく笑う。


 俺は軽く頷き返してメルテル殿の前まで歩んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る