第51話 聖女を拘束せよ

 リベルト伯が晩餐会の参加者へ頭を下げる。


「皆様、本日はお楽しみのところ、このような事態を招いて本当にすみませんでした。残念ですが、今宵の晩餐会はこれにて終わりにさせていただきます」


 人々を眺めやり、そして最後にメルテル殿を見ると、リベルト伯は無念そうに瞳を潤ませて、もう一度深々と頭を下げた。


「リベルト辺境伯!」


 残っていた近衛騎士の一人がリベルト伯に詰め寄った。メルテル殿を指差す。


「あの女、メルテルをこの場で拘束し、捕縛して下さい!!」

「なんだと?」

「そうでないと我が主バルバリタ様が、また命を狙われかねない! 我が名はダンテカルロ! 伯爵令嬢バルバリタ・フルースタ様に仕える近衛騎士!! この命に代えて、ここは引けない!」

「俺たちもその方が賢明だと思うぜ~?」


 ユージーンが手を挙げた。ユージーンの言葉に、リリィとルージュが眉を怒らせる。


「はぁ!?」

「どうしてメルテルさんが犯人だと決めつけるのですか?」

「分からないからなんじゃないの~?」


 ロキアンナが言葉を返した。横にいるレイラも頷く。


「そうそう。状況から考えてメルテルが完全にクロじゃん?」


 俺はケントに目を向けた。


「……」

「……」


 目が合ったケントは、わざとらしい笑顔で肩を竦めてみせた。


 やはり、こやつら四人もグルか……!! どこで結託しておったのだ!?


「あたしたちはメルちゃんのそばにずっといたよ! そんなもの隠し持てるわけがないでしょ!」

「ええ。申し訳ありませんが、私たちは私たちで、あなたたちを信用できません。ユージーンさん、あなたの証言こそ、本当なのですか?」


 リリィとルージュがケントたちに厳しい目を向ける。


 ユージーンが馬鹿にしたように肩を竦め、ケントたちを見やった。三人は困ったように笑い合う。

 ユージーンは、周囲の人々に両手を広げてみせた。


「なら、こう言いたいのか? 俺がメルテルに毒の入った小瓶を持たせたって。この女から奪ったように見せかけているってさ。……何のためにだっ!? 理由を言ってみろよ!?」


 語気を荒げ、リリィとルージュを睨む。ロキアンナとレイラも畳みかける。


「ほら、言えっつうんだよ!? なんでウチらがあのバルバリタって人のためにそこまでする必要があんだよ、あぁ!?」

「それは……」

「メルテルさんを陥れるためでは?」

「だから、何でそんなことをアタシらがやらないといけないか訊いてんだろ!!」


 殴りかかる勢いでルージュに詰め寄るレイラだったが、ケントが止めに入る。


「みんな落ち着け」


 熱を帯びる三人を目で制する。三人は黙して引き下がった。


「冷静になって考えてみろ。俺たち四人は、伯爵令嬢のバルバリタ様とは今日、初めて会ったんだ。さっき自己紹介をしたばかりだ。……だよな、レッキオ?」


 急に呼びかけられ、レッキオが目を丸くする。


「あ……ああ、確かに」

「その時、そばにいた奴もいるから、それは聞いてたんじゃねぇの?」


 誰とは言わずに俺とルージュ、リリィをゆっくりと見つめる。


 確かに、そのような会話をしていた。まるで今日初めて顔を合わせたような。けれど、そんなものは裏で口を合わせていれば、どうとでもなる。


「そんな初めて会ったバルバリタ様に、どうして俺たちが毒を盛らないといけないんだ? なぜ、メルテルを犯人に仕立て上げるようなことをしなきゃならないんだ? 困惑してんのはこっちなんだけどな」


 周囲の人々をゆっくりと眺めてから、言葉を続ける。


「全員、冷静になって考えるべきだ。俺たちは王都からやってきた伯爵令嬢の殺人未遂事件の現場に居合わせてるんだぜ? そして現時点で、被害者のバルバリタ様に毒を盛った可能性が一番高いのは、毒薬を所持していたメルテル。そして、バルバリタ様を殺す動機があるのも彼女だけだ」


 そう言うと、リリィとルージュに向き直る。


「もしも、そんな容疑者を庇うのであれば、それこそリリィとルージュ、お前たちは共犯。バルバリタ様毒殺未遂の犯人だ」


 リリィとルージュが驚く。


 そんな二人を尻目に、今度はリベルト伯の方を向き直る。


「おい、領主のリベルトさんよ?」

「なんだ?」

「お前、辺境伯だろ? このアステル王国の最南端の自治を任された領主だろ? 領主ってのは、その地域での王権の一部を委任されている存在。……裁判権もその一つだよな?」

「何が言いたい……」


 リベルト伯の目元がぴくりと動いた。


 裁判とは、事件が起こった時にお取り調べをして判決を下すもの。奉行所のようなところだ……。確かに、領主のリベルト伯にはシエンナでの奉行所の裁量が任されている。


「所詮、王のお前が、容疑者のメルテルを拘束もせず、取り調べもせずに野放しにしていいんすかね? 被害者のバルバリタ様に危険を及ぶ行為じゃないんすか? 王都に戻って報告されたら問題になるんじゃないすか? どう考えても、白黒つくまでは一時的に拘束するのが普通ってもんじゃないすか、あぁ!? この状況ではよぉ?」

「…………!!」


 リベルト伯は険しい顔をして俯いた。


「おっおっ? どうしたよ、リベルトさんよ? 返す言葉もねぇか? ねぇわな、正論だもんなぁ!?」

「オラ、どうなんだよ!?」

「なんとか言ったらどうだよ!?」


 いつもの煽り口調で三人がリベルト伯に詰め寄る。


 見るに堪えない。藩主のような存在であるリベルト伯に、このような悪態……。本当であれば打ち首獄門になっても仕方のない所業だ。


「……分かった」


 拳を握りしめたまま、リベルト伯は低い声でそう返した。


 打ち首獄門か……。バルバリタたちの狙いは、メルテル殿に殺人の濡れ衣を着せて、その罪状によって公明正大に命を奪うこと。恐らくはそれだったのだろう。


 それに気づけずに、またしても止められなかった。


 バルバリタの思惑通りに事は進み、晩餐会は混乱のまま幕を閉じた。メルテル殿は一時幽閉されることになってしまった。

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