第四章 聖女弾劾裁判

第47話 【バルバリタ視点】詰めの一手【時は少し遡り】

「はーあ? 今なんて言ったの、ダンテ?」


 ダンテカルロの第一声を耳にして、思わず声を荒げた。


「申し訳ありません……。暗殺に失敗しました」


 そう言って、彼は深く首を垂れた。そんな様子を見ていると余計に怒りが増す。肩を思いきり蹴り飛ばす。ダンテは尻を着いて倒れた。


「どいつもこいつも屑ばかり! 本当に吐き気がする!」

「申し訳ございませんっ!」

「はぁ……。まあいいわ。詳しく聞かせなさい。アンタの失態を」


 椅子に深く腰掛け、わたしは呼吸を整えた。額の汗をハンカチで拭う。そばの近衛騎士が素早く扇子で風を送りはじめる。


「事前に入手した情報通り、本日メルテルは修道院を破門されました。夕刻と言う時間帯、更には破門と言う絶望が極まった瞬間でもあります。自殺に見せかけ暗殺するには打ってつけの好機でしたが、生憎、行動を共にする者がおり、町まで独りになることがなく」

「あの女は完全に孤立しているはずでしょうが?」

「ええ。ですが、冒険者ギルドの女が二名一緒だったのです。二人とも転生者の様でした」


 転生者……っ! ならば諸共に殺すには分が悪いという訳か。


「二人はメルテルを修道院まで送り、破門された後も共に町に戻って冒険者ギルドへメルテルを連れて行きました。そして、どうやらそのまま、メルテルはギルドに身を置くことになった様子です」

「ちっ、小賢しい……っ!! 相変わらず運の良い女めっ!!」


 舌打ちして吐き捨てる。


「簡単に言うと……仲間がいたという訳ね? それも転生者の」

「はい。恐らく三人ほど。みなギルドの自由騎士と思われます。先ほど言った女が二人と妙な格好の男が一人」

「妙な格好?」

「ええ。花祭りにリベルト伯と同じ馬車に乗っていた男かと存じます」


 あの男が。あれは一体何者なの?


 確か馬車に乗る前に顔を見た。ボロの服を纏っていて、なぜあのような男がリベルトの隣にいるのか不思議だったけれど、奴も転生者だったのか。


「どっちにしても、あの女に仲間がいるとは厄介ね」


 相変わらず味方を作るのがお上手だこと。昔からだものね、アンタは……。


「現状、暗殺は困難な状況かと思われます」

「でしょうね」


 残るチャンスは、リベルトが設ける席。わたしとメルテルの和解のための席が、直接あの女と会えるチャンス。そこで直接手を下せるわけではないけれど、その前後に隙があるはず。


「あの、バルバリタ様……」

「何!?」

「穴埋めにはなりませんが、実は別でお耳に入れたいことがありまして」

「は?」

「実は──」


 それはメルテルの周辺を探る中でダンテが得たギルド内部に関する情報だった。


「──どういたしましょう。利用できると思いますが?」

「いいわね。もしものために、手持ちのカードは一枚でも多いほうがいいからね」

「では、手配をっ!」


 さてさて、あの男はどんな場を用意してくれるのか。そろそろ突いてみるか。


◇◇◇


 館の二階、陽の当たるテラス──。


 アフタヌーンティーをリベルトと飲みながら、メルテルとの和解の場についてそれとなく訊く。


「それに関しては晩餐会を開催しようかと思っています。そこにメルテル様も呼ぶと言うのはどうでしょう?」

「ええ、本当にありがたいことですわ、リベルト様。手を尽くしていただき感謝の言葉もありません」


 晩餐会の開催。ま、妥当なところか。


「騎士長、執事長とメイド長を呼んできてくれないか?」

「かしこまりました」


 リベルトの横に立つ男が頭を下げた。長い黒髪の立派な体格の男だ。


 しかし騎士長は確か、ヴァンフリードと言う老騎士だったはず。


「あの、男爵騎士様はどうされたのですか?」

「彼は退役したのですよ。実はあの花祭りの警備が彼の最後の仕事だったのです」

「あら、そうだったのですね」

「いい加減に隠居させて、ゆっくりさせてやらねばね」


 リベルトが肩を竦めて困ったように笑った。


 可愛げのある笑顔。辺境伯なんて粗野で田舎者ばかりと思っていたけど、リベルトと言い新しい騎士長と言い、イイ男も揃ってるのね。


「彼が後任の騎士長、デルツィオと言います。ずっとヴァンフリードの下で働いていて実績もあるので館の警備などはご安心ください」

「デルツィオ・スティギーと申します。王都に立たれるまで、しっかりと警備させていただきますのでよろしくお願いいたします」

「まあ、精悍な顔立ちの素敵な殿方だこと」

「はあ。それはどうも……」


 腕に手を添えると、デルツィオは困ったようにそう言った。


 リベルトがおかしそうにくすくすと笑う。


「バルバリタ様、彼は妻子のある男ですから」

「あら、それは残念です」


 わたしが手を引くと、彼はわずかに頭を下げた。そしてリベルトに向き直る。


「ところで、リベルト様。晩餐会の件ですが、よろしければギルドの自由騎士も招かれてはどうでしょうか?」


 なんですって!? この男、余計なことを……!


「ギルドの連中を?」

「ええ。花祭りが終わり、クロードたちも王都へと向けて出発する予定です。ケントらも、そろそろシエンナを出るとか」

「そうか……。共に世話になった連中だからな。まあ、ケントたちはまた別な意味だけど……。よし! いい機会だから、そうするか!」

「ええ、それがよいかと」


 おいおい、勝手に決めてんじゃねぇよ!


「お二人とも、お待ちになられて……」


 不安げに眉を寄せて訴えてみせる。


「……わたくし、見知らぬ方々がおいでになるのは不安です。それに、やはりメルテルさんとのお話の場に、あまり多くの方々がおいでになるのも……」


 心細そうにそう言って俯いた。


 転生者は特異なスキルを複数持つ者も多い。あの女の暗殺に支障が出る不確定要素は出来る限り排除しておかないと。仲間の転生者に邪魔されかねない。


「それはもちろんですよ、バルバリタ様。そもそも、そういう意味合いの席ですからね」

「それを聞けて安心しましたわ……」

「では、晩餐会の前に別室でお話をされては?」

「あ?」


 デルツィオの提案に思わず裏の顔が出そうになる。


「晩餐会は立食となりましょう。どちらにしても多くの人たちが出入りする。その中で込み入った話は出来ないでしょうからね。ならば、晩餐会の前に席を設け、そこですべて水に流した後に晩餐会へ出向く方が賢明かと存じますが」


 デルツィオがそう言ってリベルトを見やる。


「それに、メルテル様はこの件で修道院まで追放されています。行く当てのないメルテル様を受け入れてくれているのがギルドです。ギルドマスターも呼んで、その義理も尽くさねばなりますまい」

「確かにな……」


 くそがっ! 話が変な方向に行きやがる! ……いや、待てよ。


 当初計画していた市中での暗殺は実質的に困難だ。ヤルならば晩餐会とその前後の隙を狙う以外にない。ダンテカルロの言っていたあのカードを手にできれば、この状況はむしろ好都合。


 この状況……使える!!


「バルバリタ様?」

「あ、すみません。少々考え事を」

「晩餐会ですが、これで進めてもよいでしょうか?」


 リベルトが訊いてきた。


「メルテル様だけをお呼びすると、やはりその色合いが濃くなってしまう。それではお互いに気も重いでしょう。参加者が多い方が晩餐会を楽しめるかもしれませんよ?」

「ええ、それもそうですね。そうして頂こうかしら……」


 リベルトが笑顔で頷くとデルツィオを見て言った。


「では、それで進めてくれないか?」

「かしこまりました」

「当日の謝罪の席には、私も立ち会って構いませんか?」

「え、ええ。しかしどうしてかしら?」

「私もメルテル様に謝罪せねばなりませんからね。町の噂を治められず修道院まで破門されたのは、どちらかと言えば領主の私のせいでもありますので……」

「ふふ、ではご一緒に」


 この男、もしやメルテルを守ろうとしている……? けれど、あんたがメルテルを守ろうとして招く転生者たちが、逆にメルテルを罠に嵌める好機になるかもしれなくてよ……?


「ああ、ところで」と話の最後に訊く。

「なんでしょう?」

「転生者で思い出したのですが、この前のパレードで、リベルト様のお隣にいらした殿方も転生者様なのですか?」

「ええ。ソーガ・クロードと言う男です」

「どういった方なのでしょうか? なぜあの殿方だけパレードに参加されていたのかしら?」

「古代龍イスドレイクを一人で討伐し、町を救った英雄ですから。町の皆も、彼がパレードに出ることを期待していましたからね」

「へ?? こ、古代龍を、ひ、一人……で??」


 それを聞いて一瞬思考が止まった。


「いけません、バルバリタ様。鼻水が」

「あっ、す、すみません。あの、今、古代龍を一人で倒したと仰いまして??」

「ええ。ハハハ! びっくりするでしょう? 未だに私も信じられないんですよ」


 おいおいおい、どんな奴を味方につけてんだ、あの女!


◇◇◇


 今日、ダンテカルロの手配である者たちと会ってきた。


 想定外のことが起きたがそれが功を奏して事態は好転したと言える。ソーガ・クロードの秘密も握り、完全に力関係はこちらが上。完全なる優位。有能な新しいカードも手にできた。すべて良い方向へと向かっている。


「詰めの一手は……」


 手の内を近衛騎士たちに見せた。


 ダンテカルロはじめ三人は、顔を真っ青にしたまま黙っている。


「わたくしに恥をかかせるのだから、晩餐会の当日はしっかりと働きなさいよ」

「「「はっ!」」」


 表情を固めたままそう言った。


「アンタの破滅までもうすぐよ、メルテル」


 思えば、ダンテを使って簡単に暗殺して終わりってのもどこか物足りなかった……。これで、あの女を徹底的に貶めることができる。


 あの女が絶望に顔が歪ませる様を間近で見ることができるって訳ね。


 興奮で身体が震えてきた。


 それに合わせて、親指の裏に隠れるほどの小さなガラス瓶の中で、透明な液体も小刻みに揺れた。

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