第48話 【バルバリタ視点】毒唱曲【晩餐会】

「ああ、メルテル……!」


 部屋にメルテルが入って来るなり、わたしは駆け寄って彼女の両手を取った。


「花祭りの場では貴方を傷つけるようなことを言って本当にごめんなさい」


 そう言って涙を流して震え出す。その場で膝を屈した。


「親友の貴方にとんでもないことを……! けれど、信じてください。わたくしは、本当に何も知らなかったのです……! まさか町の人々が何も知らなかったなんて……。シエンナでも当然、貴方の身の上は知られていて、その上で受け入れられているものとばかり……!」

「そう、だったのですね」

「あれからどんどん貴方の立場が危うくなっていくのを見て、わたくしはもう……っ! なんとお詫びすればよいのかを、ずっと……っ!!」


 泣き崩れているわたしの肩に、メルテルが手を添えてきた。薄いドレスグローブ越しにも、その手は氷のように冷え切っていた。


「……頭を上げてください、バルバリタ嬢」

「許してくれるのですか、メルテル?」

「ええ」

「ああよかった! 我が友、メルテル!」


 涙声で抱き着く。怯えたようにメルテルの身体が震えた。


 ふふふっ、真っ青な顔しちゃってる。そりゃそうでしょうよ。けれど安心なさい。ここでは何もしないから。


 晩餐会が始まる前、人払いをした別室にわたしたちはいる。


 わたしと近衛騎士三人とメルテルという不利な状況で、晩餐会前にちょっと脅してやりたかったけれど、あのデルツィオが近衛騎士にまで退出を要求した。


 ダンテたちは反発したけれど、リベルトにもお願いされ、わたしから退出を促した。結局、この三人だけで密会することになったのだ。


「バルバリタ様、大丈夫ですか?」

「ええ……」


 後ろに控えていたリベルトに肩を抱かれて立ち上がる。リベルトはわたしから手を放すと、今度は自分がメルテルの前に立って深く頭を下げた。


「ステラベル伯爵令嬢メルテル様。この度は町の騒ぎを抑えられず、その結果、修道院まで破門にさせる事態を招き、本当に申し訳ありませんでした」


 そしてメルテルの前に跪いた。


「伯爵令嬢として、そして聖女としての貴方の信頼と名誉を回復させるべく、町の人々の誤解を一日でも早く解くように、全力で取り組んでまいります」

「ありがとうございます、リベルト様。でも貴方のせいではありませんから、頭をお上げください」


 リベルトはメルテルから差し伸べられた手を取った。


「今は冒険者ギルドに身を寄せていると聞いています。肩身の狭い思いなどはされていませんか?」

「ええ。皆さんには本当に良くしていただいています」

「それはよかった……。いずれ修道院へも戻れるように、私どもも手を尽くしてまいりますので」

「ありがとう。けれど、リベルト様のお立場もありますから、あまり無理はなさらないで下さいね」


 そう言われて、リベルトは恥じ入っているかのように目を閉じて、もう一度頭を下げていた。


「今日は晩餐会に招待していただいて嬉しく思います」


 メルテルがリベルトとわたしを見て、ドレスの裾を摘まんで頭を下げた。


「それに、リベルト様にはこのような素敵な衣装まで用意していただいて、感謝いたします」

「せめてもの償いです。お気に召しましたか?」

「はい。素敵です」


 そう言って、メルテルがにこりと微笑む。


 時々見せるこの子どもっぽい笑顔、ずっと引っ叩いてやりたいと思っていた。


「そうですか、よかった」とリベルトの方はホッとしたように返した。

「日頃からお世話になっているギルドの方々も、今日は楽しみにされています」

「レッキオにも礼を言わねばなりませんからね」

「皆さんも待ちくたびれているでしょうし、そろそろ行きませんか?」


 メルテルがそう言ったので、リベルトはわたしの方を向いた。わたしが頷くと、彼も頷く。


「そうですね。それでは、まいりましょう。本日はシエンナ辺境伯として最大級のおもてなしをさせていただきます」


 リベルトが部屋の扉を開ける。わたしたちを見て「どうぞお先に」と身振りで退出を促して会釈した。


 部屋を出て行くメルテルの背を見て、わたしは思わず暗く笑った。


 楽しみましょうね、メルテル? アンタに破滅をもたらす晩餐会を……。


◇◇◇


 立食形式の晩餐会。会場にはいくつものテーブルがあり、様々な料理が並んでいる。


 領主であるリベルトから、わたしとギルド代表のレッキオという男が紹介され、手短に挨拶した。


 その後、乾杯をして、わたしは滞在中に世話になった人々に挨拶をした後、歓談中のメルテルにそれとなく近づく。


「メルテル」

「は、はい……!」


 表情を固めてわたしを見つめる。


「今日は招待に応えてくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ。お招きいただきありがとうございます」

「こちらの方々は、ギルドの皆様かしら?」


 メルテルの取り巻き三人に目を向けた。晩餐会が始まってからずっと、メルテルを守るように囲んでいる。


「はい、そうです」


 三人とも明らかにわたしを警戒している。


 コイツらがこの女の味方って訳か……。


 三人とも手短に自己紹介をする。青みの差した黒髪のチビがリリィ。男好きしそうな身体の赤髪の女がルージュ。


 そして……。


槍賀そうが蔵人くろうどと申す。よろしく」

「バルバリタ・フルースタです」


 この背の低い不格好な男がクロード。本当にこんなのがイスドレイクを? やはり、あの話は本当の様ね。


 わたしがずっと手を差し出しているのに、こいつは取ろうとしなかった。さすがにメルテルたちも、やや戸惑った表情を浮かべている。


 こっちの礼儀も知らんのか、このクソ男!


 わたしは右手を引っ込めると、スカートを摘まんで会釈した。


「貴方のお噂は兼ねがね伺っておりますわ、クロード様? 古代龍から町を守った英雄にお会いできて光栄です」

「いえ、拙者せっしゃ一人の力ではありませぬゆえ

「そう……。仲間思いなのですね」


 近くを通った給仕に声をかける。


「失礼。新しいお飲み物を持って来てくれないかしら? こちらの方々の分もね」

「はい、只今お持ちします」


 すぐに給仕がワインを盆に乗せて持ってきた。


 わたしが手に取って四人を見る。給仕が待っている手前、躊躇していたが全員グラスを手に持った。


「乾杯しましょう、メルテルさん」

「ええ……」

「わたくしたちの変わらぬ友情に」

「…………」


 メルテルは無言で微笑み、わずかに頷いた。


「では、わたしはレッキオさんにも挨拶してくるわ。また後で。……楽しんでね?」

「あなたも……」


 メルテルたちと別れ、わたしは固まって談笑している輪に声をかける。


「あら、こちらのダンディーな殿方はどなたでしょうか?」

「あっ! 自分はシエンナの自由騎士ギルドでギルドマスターをしているレッキオと申します!」


 茶色い髪と口髭の大男がそう言った。すでに酔っているのか酒臭い。


「レッキオさん、本日は来ていただいてありがとうございます。リベルト様と連名にて招待状を出したバルバリタ・フルースタです」

「いやはや、こちらこそお招きいただきまして光栄にございますっ!」

「こちらの皆さんも自由騎士の方々なのでしょうか?」


 レッキオが話していた四人に顔を向ける。


「ええ、そうです。現在シエンナに駐留しているケントとそのパーティーメンバーの三人です」

「初めまして、皆さん。バルバリタ・フルースタです……」


 わたしが膝を曲げて会釈をすると、三人もこちらを向き直った。


「自由騎士のケントです。よろしく」

「同じく自由騎士のユージーンです。ご招待感謝します」

「自由騎士ロキアンナです。王都の伯爵令嬢様とお近づきになれて光栄です」

「同じくレイラです。今日はお招きいただきありがとう」

「皆さん、ずっと一緒に旅を?」


 四人が異口同音に頷く。


「わたくし、晩餐会などに自由騎士の方々がいらしたら、いつもお話をお聞きするのを楽しみにしているのです。皆様の冒険譚はいつ聞いていて飽きませんから……。是非、皆様の武勇もお聞かせ下さらないかしら?」


 その後、わたしは四人に囲まれてしばらく談笑していた。


 そして四人と別れて会場の中心へと移動する。隅に控えているダンテたち近衛騎士とさっと目を見交わした。


 遠くで固まっている四人を見やった。ケントを何気なく見る。左手を身体の内側に隠して、彼が親指を立てた。


 向こうも準備は出来たようね。


 手に持ったワイングラスに目を落とす。ワインが波紋を立てていた。


 ゆっくりとため息を吐くと、ぐっとワインを口に含んで呑み込んだ。


 それじゃあ、奏でましょうか……。聖女メルテルを破滅へと導くわたしの独唱曲アリアをっ!!

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