第46話 招待状
数日後、俺たちはレッキオに中庭の訓練場へと呼びだされた。
「みな集まってくれたな。実はリベルト様から晩餐会へのお誘いがあったんだ。詳しい話は……お三方より、どうぞ」
レッキオの手招きで、後ろに控えていた三人が前に出る。
シエンナ騎士団のデルツィオ、そしてバルバリタのお付きの騎士二人だった。まず、バルバリタの騎士の一人が胸に手を置いて深く頭を下げた。
「この度の花祭りでは、我が主が勘違いとは言え、メルテル様に不名誉なことをしてしまった。そしてその後のメルテル様の処遇を目の当たりにして、バルバリタ様は深く後悔なされ、ずっと気に病んでおられます」
よくもそのようなことを……!
もう一人がゆっくりとメルテル殿の前に歩んでくる。
メルテル殿の顔が強張る。俺とルージュ、リリィも思わず身構えた。
だが、騎士はメルテル殿の前で跪いた。
「本当に申し訳ございませんでした……。二日後、バルバリタ様はシエンナから王都に戻られます。それを前に明日、リベルト様の館にて晩餐会を行うことになっているのです」
深く首を垂れたままに話を続ける。
「旅立つ前に、我が主バルバリタ様におかれては、最愛の友であるメルテル様への謝罪を望んでおられます。晩餐会はそのためにリベルト様の取り計らいで設けられたものでもあります。メルテル様ならびに自由騎士であられる冒険者の方々にもご出席いただきたく、今日はその案内を渡しに来た次第です」
そこまで言うと、何かをメルテル殿の前に差し出す。白い二つ折りのカードのようなものだ。
「バルバリタ様並びにリベルト様からの招待状でございます」
少し震えながら、メルテル殿が受け取る。カードを開くと、確かにバルバリタとリベルト伯の名前が書かれていた。そして宛名はメルテル・ステラベル、と。
デルツィオともう一人の騎士が、俺たちにも招待状を配って回る。
俺はデルツィオと短く目を見交わした。敵であるバルバリタの騎士がいる以上、立ち話などはできなかったが。
「メルテル様。どうか我が主バルバリタ様のためにも出席していただけますね?」
「……はい、喜んで」
目を伏せたまま、メルテル殿は修道服のスカートを摘まんで会釈を返した。リベルト伯が設けた席であり、案内もリベルト伯との連名。ならば簡単に反故にはできない。出席するより道はないに等しい。
これがバルバリタが考えた次なる一手か……?
「ほかのみんなも出席でいいかな?」と俺たちに向かってレッキオが尋ねる。
俺はルージュやリリィと顔を見合わせて頷き合った。
「勿論。出席させていただき申す」
「ええ、喜んで」
「あたしも」
それを聞いてレッキオは頷いた。
「ケントたちは、どうする?」
後ろの方に固まっている四人にも訊く。
「……俺たちも出席するよ」
短くケントは返した。それだけ言うと四人とも、無言で奥へ引っ込んでいく。以前に比べて、あの四人はだいぶ大人しくなっていた。
「であれば、俺も含めて九名全員出席だ」とレッキオがデルツィオに答えた。
「盛大におもてなし致します。当日は夕刻に、馬車にて皆様をお迎えに上がりますので」
デルツィオたちは頭を下げて、ギルドを後にした。
◇◇◇
「あいつ、何を抜け抜けとっ!」と、リリィが招待状を床に叩きつける。
「不気味ですね。一体なにを企んでいるのでしょうか?」
ルージュが口に手を置いて思案気に首を捻る。
「裏があるのは必至であろう」
「ええ。どちらにしても、十分に警戒しなければなりませんね」
ルージュの言葉に俺たちは頷いた。
「二日後にバルバリタが王都へと帰るのならば、おそらくこの晩餐会の場がメルテル殿を闇討ちする最後の場所になるはず」
「いよいよ、決戦だね」
「安心してくださいね、メルテルさん。みんなでお守りしますから」
「ありがとうございます」
ルージュが微笑みかけると、メルテル殿は皆に向かってぺこりと頭を下げた。
だが、どうもきな臭い。なにを仕掛けてこようとしているのか……。
考え込んでいるとメルテル殿がじっとこちらを見ていた。
「?」
「すみません。その、肩に解れが……」
「ん? ああ、この前縫ったばかりなのに」
肩口を見やってため息を吐いた。
「そのお洋服は、自分で繕われているのですか?」
「うむ」
「わ、わたしに繕わせてください」
そう言われて、少し戸惑う。
「あ、いや、それは悪い」
「いえ、何かお役に立ちたいのです」
「……それでは、お預けしようかな」
「はい。少しの間、お借りしますね」
◇◇◇
晩餐会当日、昼間からギルド内は慌ただしい。
館の騎士やメイドたちが詰めかけて、主に
「おい、クロード。なにをボーっとしている!」
慣れない雰囲気に隅でじっとしていると、デルツィオに声をかけられる。
「お前も今日は燕尾服を着てもらうぞ?」
「なんだ、それは? そんなものは持たん」
「だろうな。ちゃんとリベルト様がお前のものを見繕ってくれている」
「う~ん、いや、よか──」
ズン! とデルツィオが怖い顔を近づけた。
「良いも悪いもあるかっ! 晩餐会はドレスコードだっ!」
「どれす、こぉど??」
「お前たちっ! クロードを拘束せよ!!」
「えっ!?」
若い騎士数人が飛びかかって来る。
「クロード様、御覚悟を!」
「この前の花祭りのようにはいきませんよ!?」
「ちょ、ちょっと待て! お前たちの服は着慣れんのだ。それに刀も差せんっ!」
「晩餐会に武器を持ち込む馬鹿があるかっ! 和やかな会食の席だ。誰も武器など携帯できない!」
そう言うと、デルツィオが耳元に顔を近づける。低い声でぼそりと付け加えた。
「警備は俺たちに任せろ。武器を持ち込めんのは向こうも同じだ」
「…………」
「さあ、騎士たちよ! 別室でクロード様に燕尾服を着せてやれ! 髪もきれいに梳いて蜜ろうで整えて差し上げろ!」
「「はっ!!」」
「な!? オイ、待て……!」
俺は騎士たちに引きずられていった。
バルバリタとの戦いに臨むに当たっていささか心もとないが、相手も武器を手にできないのは同じこと。あの女のことだ。武力とはまた別の方法を取ってくるはず……。どちらにせよ、油断は出来ぬ。
引きずられつつも、そう思案した。
◇◇◇
夕刻、エントランスに一人また一人と人が集まる。男も女も普段とは違う華やかな装いだ。男たちの服装は燕尾服と呼ばれるもの、女たちは裾の長いドレスと呼ばれるものだ。
「ウハハハハハッ!! クロちゃん、メッチャいいじゃん! 髪も……ウケるんですけど!!」
リリィが俺の姿を見た瞬間に笑い転げる。
「あんまり笑っては失礼ですよ、リリィさん。ふふっ、お似合いではありませんか……。くふっ!」
笑いを殺しながらルージュもそう言った。
う~む……。
リリィが涙を拭く。
「ごめんごめん。けど、あたしらもドレス何て久しぶりに着たな……。どう、クロちゃん? 似合ってる?」
「う、うむ……」
二人とも、ほかの女人たち同様に、髪も美しく結われ、普段とは違う華やいだ化粧をしている。
いつも稚気のあるリリィも、柔らかげなうなじを見せており、いつもは感じない色気を感じさせる。
……それにしても、女人たちはなぜ皆、胸元が開いておるのだ!?
特にルージュは胸も豊かなため、深い胸元が見えて、そこに
う~ん、目のやり場に困る。
「二人とも、このような格好をすることが間々あるのか?」
「うん、シエンナに来てからはあんまりなかったけどね? 服とかアクセサリーは自前だよ?」
「ええ。社交の場に招かれることも時々ありますからね」
「そ、そうか」
リリィがキョロキョロと辺りを見回す。耳飾りがきらきらと揺れた。
「メルちゃんはまだ来てないの?」
「もうじきだと思うが」
「メルテル様のご準備が整いました」
メイドの一人が奥から現れた。
同時にメルテル殿も姿を見せる。エントランスにいた人々がその姿を見てため息のような声を漏らす。
メルテル殿は淡い黄色のドレスに身を包み、金色の長い髪を結い上げて、蔓草のような紋様の銀の髪留めをしていた。
「お待たせ、いたしました」
注目されて恥ずかし気に会釈をする。俺と目が合うと、少し笑って俺の前に、やや早足で近づいてきた。
「クロード様……。似合っていますよ」
「そ、そうか。変ではないか?」
「いえ、そんなことは。あの……わたしはどうでしょう?」
「あ、ええと……。見慣れんが変ではない」
「そうですか。良かった」
息を吐くようにそう言った。
「うん、似合ってる、かな」
「ちょっと恥ずかしいです。最近はこのような格好はしていなかったものですから」
「そうか……」
予定の少し前、館から迎えの馬車が到着した。
デルツィオが人々を見て訊く。
「皆様、準備のほどはいかがでしょうか?」
「皆揃っている。大丈夫だ」
代表してレッキオがそう返した。
デルツィオはメルテル殿の前まで来て跪いた。メルテル殿が手を差し出すとその手を取って軽く口をつけた。
「ドレスの着心地はいかがでしょうか、メルテル様?」
「とても良いです。ドレスなど何も持って来ていませんでしたから、助かりました」
「いえ。それはこの前の花祭りの場を治められなかった我が主からのせめてものお詫びです。気兼ねなくお納めください」
メルテル殿の手を取り、デルツィオが俺の前まで来る。
「なんだ?」
「しっかりとエスコートして差し上げろ?」
「!?」
そう言うと、デルツィオは俺の右肘をぐっと引いて、そこにメルテル殿の左手を置いた。
「それでは皆様。晩餐会の会場、シエンナ辺境伯の館へとご案内いたします!」
それを合図に男と女が一組になって外へと出て行く。
ルージュはレッキオと腕を組んだ。
「ふふ、レッキオさん? あまりお胸ばかり見ていては躓いてしまいますよ?」
「あっ! はい……!」
リリィにはデルツィオが横に着く。
「お嬢さん、デルツィオ・スティギーと申します。わたくしにエスコートさせていただけませんか?」
「はい、喜んで」
みんなどこか華やぎ楽しそうだ。
「クロード様?」
「むっ?」
「あの。わたしたちも、まいりましょうか?」
「う、うむ。わかった」
腕にメルテル殿の体温を感じつつ、緊張した面持ちで外に出る。
「たまにはこういう格好もいいよね~。テンション上がるって言うかさ」
「ええ、心もトキメキますものね」
メルテル殿を改めて見ると緊張している面持ちだった。
「怖いのか?」
「え? ……ええ、少し」
「本来ならば華やかで楽し気なものなのだろうが」
「そうですね」
「大丈夫。拙者たちがついている。どうにか乗り越えよう」
「はい」
こうして、俺たちはバルバリタが待つ晩餐会へと向かった。
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