第32話 一万年に一人の美少女、飛び立ってしまう

 次の日も朝からレミ殿と闇の祭儀場へ。昼には調査はすべて終わり、レミ殿はレポートなるものをまとめると部屋に籠った。


 俺は俺で領主の館へと向かう。ヴァンとデルツィオと共に、レミ殿への恋煩いですっかり腑抜けてしまった騎士どものケツを叩いて回った。


 久しぶりに良い汗をかき、風呂もすませて早めに寝ようとしていたら戸を叩かれた。


「レミ殿、いかがされた?」


 戸口に立っていたのがレミ殿で少し驚く。レミ殿は困ったように笑っていた。


「いやぁ、実はお願いがあるんだけどね」

「なんです」

「うん……、言いにくいんだけどさ。またお風呂、付き合ってくれないかな?」

「えっ!? な、何故に?」


 思いもよらぬことで驚く。


「うん、ええっとね。恥ずかしいんだけどさ、ちょっと……怖くて」

「…………」


 レミ殿は不安げに奥を見ながらそう言った。俺もちらと奥を見やる。ここからは見えないが、エントランスで例の三人組が溜まっている。


 なるほど……。


「風呂の外で見張っておこうか?」

「いやぁ、そんなことさせるのは申し訳ないよ。あれ? 君もしかして、もうお風呂入ったの?」

「うむ、さきほど」


 そう答えるとレミ殿は視線を迷わせた。


「あっ、ならやっぱりいいや。ごめんね、変なことを言って……」


 行こうとするので止める。


「ご一緒致すので少し待ってくだされ」

「あ、ありがとう……。ごめん、変なことを頼んで」


 そう言って、レミ殿は申し訳なさそうに頭を掻いていた。


「風呂に入らないでおこうかとも思ったんだけど、実は明日は領主のリベルトさんにお呼ばれしててさ。ほかにも色々と約束してるんだよ。人に会うのに、さすがにね」

「そうでござったか」

「うん。昨日から迷惑かけてばかりですまないね」

「迷惑とは思っていないが」

「ハハハ、いやぁ、こんな歳にもなって面目ない」

「ん? ああ、そう言われるとそうだったな。しかし──」


 向き直る。


「老若男女問わず力を貸すは武士の務め。遠慮なく言ってくだされ」


 そう言うと、レミ殿は頬を赤らめて笑った。


「じゃ、じゃあ明日からも、空いてるのなら用心棒をお願いできませんか?」

「うむ。構わんよ」

「ありがとう。今日は僕が背中を流してあげるね?」

「いや、それは結構」


◇◇◇


 二日後、レミ殿がヨーム王国へ帰る日がやって来た。


 あれから、レミ殿は多忙を極めた。リベルト伯らとの食事会やらシエンナにある様々なギルドへの訪問、町の連中に連れられての名所巡りや旅の芸術家の絵画のモデル? などなどと忙しく、その多くに俺も付いて回った。


 別れを前に、ギルド前の中央広場には多くの人々が詰めかけている。リベルト伯はじめ館の者たち、町の人々、修道院の女子おなごたち……。色んな人たちがレミ殿との別れの挨拶を交わしていた。


「クロード君!!」


 少し離れて見ていると、レミ殿がこっちを見て手を振った。それで、多くの人の目がこちらに集まる。

 戸惑っていると、レミ殿が駆け寄ってきた。


「こっちにいる間、本当にありがとう」

「いや、拙者は特に何も」

「バタバタだったけど、君と過ごせて楽しかったよ」

「こちらも。寂しくなるが、お達者で」

「うん、君も」


 レミ殿が右手を伸ばす。その仕草は、本当に女子の様だった。


「最後は、こっち式の挨拶でお別れしませんか?」

「? ええっと……」


 確か男女が挨拶しているのを目にしたことがあったが、どうするのだっけ?


「手を取って」

「う、うむ」


 自ら女子の手を取りに行くのは気恥ずかしい。手が震えていた。


「そう。次はお辞儀しながら、手に口づけするんだよ?」

「えっ!? それはなんでも……」

「手に顔を近づけるだけ、形だけでもいいから。キスするみたいに」

「う、うむ……」


 身体が固い。カチコチとしたぎこちない動きで見よう見まねでやった。顔を上げると、レミ殿は少しおかしそうに笑っていた。


 レミ殿もマントの裾を摘まむと、柔らかく膝を曲げてお辞儀を返した。


「楽しかったです。守ってくれてありがとう。マイ・ナイト」


 そう言って俺の手を放す。


 その後もレミ殿は、多くの人たちに抱えきれないほどの花束や愛を告白する手紙を貰っていた。


「シエンナの皆さん、本当にありがとうございました! それと、お騒がせしました。また!」


 そう言うと、ふわりと宙に浮いて、そのまま綿毛のように風に乗って空高く舞った。花束から花びらが風に乗って降り注ぐ。


「レミ殿……空を飛べたのか!?」

「あれは【飛翔】ってスキルだよ」


 驚いていると、リリィが教えてくれた。


「いいよねぇ。【飛翔】があれば世界中どこでも行き放題だよね!」

「ほう、あれが【飛翔】なるスキルだったか」


 幻想的な花びらの雨の中、レミ殿が少しずつ遠くなる。悲しみに暮れる人々は泣き濡れ、シエンナの石畳に雨後のように水溜まりができるほどであった。


 そんな中、恐らく俺だけがこう思っていた。


 【飛翔】のスキルがあるのなら、肩車はいらなかったのでは? と……。


◇◇◇


 レミ殿が去り、シエンナに日常が戻った。


 その夜、ベッドに寝転がり指先で銀の輪っかを弄んでいた。


 昨日のことだ。レミ殿に左手を出してと言われて出すと、紐のようなもので指の太さを測られた。どうやらこれの大きさを測っていたらしい。


 今日、旅立つ前に手渡されたこのキラキラと銀に輝くものは指輪と言うのだそうだ。


『左手の薬指に嵌めるものだよ。君の薬指のサイズに合うはずだ』


 そう言われて渡された。確かに、デルツィオや館のメイドなどが指にしているのを目にしたことはある。


『しなくてもいいから、それ、持っておいてくれないかな?』


 断る理由もないから頷いたが……。


「ん? これは……」


 輪っかの内側に何か刻まれている。


「ん~……?」


 クロード♡レミ──。


 二人の名前が刻まれていた。


 これは記念か何かの品なのだろうか? しかし、名前の間の♡と言う柄は何なのだろう?


「……桃? いや、レミ殿のことだから尻かもしれん。何かの冗談かもな」


 違和感があるから指には嵌めんが、邪魔にはならぬし記念に取っておくか。

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