第31話 サムライ、距離感に戸惑う
レミ殿が「へぇ!」とか「ほう!」とか感嘆の声を上げながら、色々と書きつけている。
俺もこちらの文字は理解できるはずだが、壁の奇怪な文字はさっぱりだった。
「レミ殿はこれらの文字が分かり申すか?」
「うん」
「やはり考古学というものを学んでいたからだろうな」
「いや、生前の知識ってわけではないよ。エンリドケから貰った【古代言語理解】という特殊スキルのおかげさ。このスキルの効果で、今では忘れ去られた言語も理解ができるんだ」
壁を見上げたままレミ殿はそう言った。
「ほう。そのようなスキルもあるのか……」
「転生する前に、エルーテ・ロンドがどんな世界なのかを聞いたんだ。すると、どうやらエルーテ・ロンドはゲームみたいな世界のようだった。魔法が存在して魔物がいて、ダンジョンがあって……。そんなファンタジー世界」
「ふむ」
「けれど、僕はゲームにはそこまで興味がなかったんだよね、元々。それに冒険者としてもそこまで強い能力値でもなさそうだったから、戦うスキルじゃなくて智慧と学問の神様固有の【古代言語理解】って特殊スキルを貰ったってわけ。これがあれば、この世界の古代史を研究できるでしょ?」
「なるほど」
レミ殿が笑い声を漏らす。
「ハハッ、そう思うとこっちに来てもやっていることはあまり変わらないんだね? 結局歴史や研究が好きなんだ、僕は。ヨーム王国を拠点にして、今は世界中に点在する闇の祭儀場の調査をやってるんだ。冒険者ギルドにも入っているけれど、学術院ってところに所属してそこを拠点に活動してるんだよ」
「そうでござったか……。因みに、ここにはどんなことが書かれておりますか?」
壁を照らしながら訊いてみた。
「闇を司っていた古代の神の物語、叙事詩ってやつだね」
「このような場所があちこちにあると申していたな」
「うん。忘れ去られて崩れ去っている場所もあるけれど、ここは扉がされている分状態がいいよ。あ、次はこっちの壁をお願いできるかな?」
隣の壁を指さして、レミ殿がそう言った。
「けれど、面白いと思わない?」
「なにがです?」
「光の修道院に闇の古代遺跡があることさ。実はね、ヨーム王国も同じで、光の三神を祭る大聖堂の施設内に闇の祭儀場があるんだよ」
「うむ……。だが、陰と陽のように光と闇も表裏一体のようにも思うが。この世界では相反し、対立するものなのか?」
そう言うと、レミ殿が手を止め口を小さく開けてこちらを見上げた。一瞬黙って、笑い出す。
「ハハハ! すごく日本人的な考え方だね!」
「そうでござるか?」
「さっきローザさんも言っていたように、こっちで闇は魔族と結びつけられたり邪悪なものと考えられている部分がある。それは確かだね」
「うむ。そうらしい」
「まあ、だからこそこうやって扉で封じられたりして保存状態がよいのは助かっているんだけどね?」
「ならば、何か新しい発見はあり申したか?」
「う~ん、期待したほどじゃなかったかな……、ほら」
レミ殿が示す壁には罅が入っていて、そこから雨水でも染み込んだように濡れていた。壁画がかすれて文字なども読み取れない。
「ここは場所が場所だけに、もっと重要なことが書かれていると思っていたけど、内容もあまり目新しいものはなさそうかな~」
「この場所は、何か特別でござるか?」
「うん。現在、ボールド・シエンナと呼ばれているこの地方は、古代名をロンド・ラフィーネって言うんだ」
「ロンド・ラフィーネ……」
「終わりの地って意味だね」
「ほう」
「だから、意味のある場所と期待していたけど、肝心な部分が読み取れなかったね……、残念。けど、何も収穫がなかったわけでもないよ? ほら見て。この壁画がほぼ完璧に残っていたのはラッキーだったよ」
それは雲の上を飛ぶ巨大な龍だった。あの古代龍にどことなく似ている。その下に八つの流れ星も描かれている。
「
「雷神龍……」
「君が倒したイスドレイクと同じ古代龍の一種だよ。けど、ほかの古代龍とは一線を画す存在で、精霊人エンリルと同様に存在するかどうかも分からない幻に近い古代龍だね。今生きている人たちの中で見た人はいないんじゃないかな?」
「ほう」
精霊人に雷神龍……。この世界にはまだまだ知らぬことがたくさんありそうだ。
「次は天井をお願いできるかな」
「うむ」
腕を伸ばして天井を照らすが暗い。レミ殿も思案気に唸った。
「クロード君、すまないけど肩車をお願いできない?」
「えっ!? か、肩車でござるか?」
「うん。明かりは僕が持つよ」
「は、はあ……」
「嫌?」
「いえ……」
仕方なくしゃがむ。首に跨られた。ズボンの布越しに、柔い肉の感触が伝わる。
「…………」
「ちょっと、しっかり足握っててよ?」
そう言って、股で顔を挟まれる。
「むっ!?」
「大丈夫?」
「う、うむ……」
心の中で嘆息する。レミ殿の足を掴んで立ち上がった。
◇◇◇
修道院からの帰り道、前を行くレミ殿に声をかけられた。
「今日はごめんね。色々とこき使って……」
「ん? いや」
「怒って、る?」
「えっ?」
不安げに見つめられて、思わず身を反らした。
「いやぁ、よく考えたら君は侍だもんね。ずっと年下の女の子に使われたり、上に乗られたりしたらプライド傷つくよね……」
レミ殿が困ったように頭を掻いた。
「現代人の感覚で馴れ馴れしすぎたね……。本当にごめん」
「拙者は怒ってなどおらんよ。ただ……」
「ただ、何?」
腕を組んで空を見上げた。茜色に染まっている。
「手を握ったり肩車をしたり……。そう言うことに戸惑っただけでござる」
「え?」
今度はレミ殿が困惑したような顔をする。
「拙者からも訊きたいのだが、今の日本は相当に男女の仲が近いのか? リリィやルージュと接していても思っていたが……」
「あぁ、そう言うことか」
レミ殿が今度はホッとしたように笑った。
「そうかもしれないね。逆にクロード君が生きていた頃はどうなの?」
「十も越えたら互いに意識するもの。元服を過ぎれば尚のこと。近い仲でも、容易く肌は触れぬ」
「なるほど……。そう考えると、現代はだいぶフランクになっているかな──」
ふらんく……?
「──と思ったけど、よく考えたら今でもそこまでの接触はしないねぇ。握手やハグなんて、あんまりやらないかな」
「そうなのか? ならば、リリィやルージュがちとおかしいのか」
「ええ? 何かあったの?」
「いや、急に抱き着いて来たり、腕を絡ませてきたり……。あれには慣れん」
そう言うと、レミ殿は口を開けて目を彷徨わせた。
「それって……もしかして」
「あら! お帰んなさい!」
ギルドの前でアルマー殿が声をかけてきた。
「あ、アルマーさん! ただいま戻りました」
「ただいま」
アルマー殿はこちらの顔を見るなり、ギルドの出入り口をチラと見て、俺とレミ殿の服を引っ張る。
「お昼に新しい冒険者が来たんだけどね」と小声で言った。
「ほう、そうか」
「うん。転生者一人にこっちの世界の二人、男三人組のパーティーなんだけどさ……」
転生者ではなくても冒険者ギルドに所属できることは知っていたが、この世界の冒険者には初めて出会うな……。
そう思っていると、更に声を低めてアルマー殿が言う。
「ちょーっとばかしガラが悪そうだから、二人とも気を付けてね」
「そ、そうなんですか」
「承知した」
二人でギルドに入る。エントランスの椅子に三人は座っていた。なるほど、顔貌からも分別がなく
当たり障りのない挨拶を交わして部屋に戻る。三人は俺には目もくれなかったが、ただただ、レミ殿の顔を絶句したまま凝視していた。
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