第21話 【紫電一閃】サムライ、古代龍を瞬殺してしまう

◆◆◆


 イスドレイクの視線の先に、雷声らいせいを発した張本人、槍賀蔵人が立っていた。


「山のように巨大な魔物もいると聞いてはおったが、なるほど。これはでかいな~」


 そう言いながら丘を降りて来る。その声はわずかに笑んでさえいた。


「クロード様……」

「大事ないか?」

「はい」


 瞳に涙を湛えたメルテルが蔵人を見上げる。サムライと言葉を交わすと、彼女はへなりとその場に座り込んだ。メルテルの前にはルージュとリリィも倒れている。


「遅れてすまない」


 それだけ言って龍を見上げた。見上げたままメルテルに問う。


「こやつの名は何と申す?」

「て、纏氷龍イスドレイク。古代龍と呼ばれる伝説の龍です」

「イスドレイクよ! 俺とやろうか!」


 そう声をかけると、五人がいるのとは反対の方向へと歩いていく。


「どうした?」

「…………」

「「…………」」


 相変わらず笑みを湛えるサムライに、イスドレイクが何かを感じ取る。メルテルたちに背を向けると、地面を蹴立て、後ろ足で立ち上がった。


 グバァ────ッッ!!


 サムライを前に、畳んでいた両翼を一気に広げる。


「ギャルルルルルルルッ!!!!」


 先ほどよりも鋭い咆哮は、明らかなる怒りと闘争の意志を宿していた。そして額の一角が青白く光を放ちはじめる。


 チリチリチリチリチリ……!


 空気が氷結する音がして、次の瞬間に、バリバリとイスドレイクの身体が氷に覆われた。


 纏氷龍てんひょうりゅうイスドレイク──。

 その由来通り、鎧のごとく全身に氷を纏う。同格の相手を前にしたときだけに見せる戦闘態勢だった。


 目の前の、自分よりも肉体的にはるかに劣る生物を、イスドレイクは同格かそれ以上の存在だと見做していた。


◆◆◆


「クロちゃん……、ダメ。逃げて」

「ソーガさん、危険ですから離れてください」


 リリィとルージュが身を起こし、こちらへ言葉を投げかける。


「やる気だね」


 俺は、イスドレイクをまっすぐ見たままに呼びかけた。


「しかし、俺の知るタツとは、ずいぶん違うのだなぁ」


 顔は蜥蜴とかげ、いや蛇かな? 胴は獅子、翼は蝙蝠こうもりのようだ。何とも面白いことよ。


 五人から十分に離れると、歩みを止め龍と向き合う。


「皆は早く町へ。人々に家に閉じこもれと、リベルト伯らには急ぎ備えよと伝えてくれ」


 鯉口を軽く握る。


「聞いてよ、クロちゃん!」

「お願いですから、逃げてください!」


 リリィとルージュが叫んだ。


「ほんとに死んじゃうよ!」

「そうです! このドラゴンは転生者が束になっても勝てるかどうか分からない相手です! 本来、この人数で戦う相手ではないんです!」

「はははは、そうか」

「なんで、笑ってるの?」

「そうかって、死ぬんですよ……?」


 イスドレイクを見上げたままそう返した。


「死ぬかもしれんな……。だが、このイスドレイクが世界を危機に陥れる死の正体かもしれん。ならば、ティアの覚悟を受け取った俺は退くわけにはいかん」

「そんなっ!」

「早まらないでよ、クロちゃん!」


 まあ、そうでないのかもしれんが。もしそうなら、ここで死んだらティアや神々との約束を果たせない。ならば、ここはやはり退くべきかもしれない。

 ティアがその命を犠牲にして転生させてくれたのだ。無駄にはできない。ここはやり過ごして、もっと実力をつけてから。もっと備えをしてから。また機を見てから。


 ……などなど、と。


 生死の境に立ちて死なぬ理由など、いくらでも並べられる。死に、無駄も意味もありはしない。死は、ただの死。今日がその日と言うだけのこと。


 イスドレイクと対峙する。


「さ、やろうか?」

「ギャルルルルルルルッ!!!!」

「あぁ、そうだった。これが最後になるかもしれんから」


 そう言って五人の方を見やった。


「修道女よ。ルージュにリリィ。そして……」


 メルテル殿を見つめる。


「メルテル殿。色々と世話になった。達者で」


 さて。


 龍に向かって歩く。


 相手も大きく口を開けた。噛みつかんと襲い来る。


 いざ! 斬り結ぼうか!


◇◇◇


 何が起きた?


 たった今、目の前で起こったことに一瞬理解が及ばなかった。


 まず、抜刀の斬り上げで初太刀を浴びせた。すると龍の頭が不自然に動き、すぱりと斬れて空高く舞っていた。


 だが、それに気づいたのは、既に気合と共に数太刀を浴びせた後だった。


 全霊の斬撃によって鋭い風が巻き起こり、長い首は輪切りとなり、翼も腕も斬れて巨大な図体諸とも空高くへと巻き上がる。


 ズズズズズズズ────ッ!!!!


 大地が揺れる。

 俺の足元より地面がめくれ上がり、丘に巨大な爪で引っ掻いたような痕が伸びた。地面のえぐれは遥か海の方まで走っていく。


「……ほう」


 これは間違いなく──。


「へ……?? どえぇぇぇぇっ!?」

「なっ、なんと!?」


 リリィがけたたましい声を上げる。ルージュも目を丸くして驚いていた。リリィが走り寄り、こちらへ飛びついてきた。


「すごい、すごい! 今の何、クロちゃん!!」

「う、うむ」

「ご無事で何よりです、ソーガ様っ!」

「うむ。むっ!?」


 涙目のルージュには胸に抱きしめられる。


「お強いのですね。お怪我はありませんか?」

「ああ」

「だけど、どーやったの?? メチャクチャすごかったよ!? 一瞬でスパパパパパンッて! ルージュには見えた?」

「いえ、まったく」

「クロちゃん、もしかして隠しスキルがあったの? も~、だったら最初から言ってよ~」

「いや」


 俺は右手に握る刀を見た。


「この刀の力だろう」

「刀?」

「お殿様の大切な形見と仰っていましたね?」

「うむ。こっちに来るときに、この刀に神の力を注いでもらったのだ。大事な形見故、折れたりせぬようにな。俺の力ではないよ」


 慎重に刀身を鞘に納める。


「いや、刀のお陰だとしてもすごいよ! 太刀筋なんて全然見えなかったし」

「ええ、それに私たちのために、一人で立ち向かわれたのですから」

「そうか……、む?」


 頭上から音が聞こえ、三人で空を見上げた。


「なんか降って来るよ」

「あれは……」

「メルテル殿!」


 俺は立ち尽くしてこちらを見ているメルテル殿に声をかけた。


「は、はい……」


 放心している様子だったが、こちらの声掛けにハッと我に返った。


「下手に動くな。危ないぞ」

「へ?」


 ヒュルルルル……!


 ズゴ────ンッ!!


「「「ぎゃーっ!!!!」」」


 メルテル殿と二人の修道女の目の前に、巨大な龍の頭部が落ちた。


「っぱぁ!?」

「ひゅは!?」


 変な声を上げ、修道女が白目を剥いて倒れる。気を失ったようだ。


「ああっ、お姉様、しっかり!」


 メルテル殿が慌てている。


 それからも、あちこちに尻尾やら翼、足が降って来た。

 そして遠く、大海原へと胴体が落ちると轟音と共に高く水しぶきが上がった。中空に虹がかかる。


「大丈夫~?」

「お怪我はありませんか?」


 リリィとルージュも修道女に駆け寄る。


 俺はイスドレイクの顔の前に立った。滴る血を見て驚く。


「黄金の血……」

「ドラゴンの血は皆、黄金色をしているのです。わたしも聞いたことがあるだけで見るのは初めてなのですが……!?」


 メルテル殿がふらりと倒れかけた。身体を支える。咄嗟に手を握ってしまう。その手は震えていた。無理もないか……。


「大丈夫か?」

「はい。けれど、もう足に力が入りません」


 そう言ってメルテル殿は眉を寄せて笑った。

 俺たちの顔を、急に光が照らす。灰色の雲が薄らいで、また春の陽ざしが戻った。


「修道女と少し休むといい。陽に当たれば気も安らごう」

「はい」

「お~い、クロちゃん!」


 リリィが何やら騒いでいる。ルージュがまた【アイテムボックス】を出していた。


「アイテムを回収しようよ!」

「回収とは?」

「クエスト中に狩った魔物の素材は持ち帰ると換金してもらえたり、別のアイテムと交換したりできるんだよ」

「ほう」

「そして、魔物討伐の証明にもなるんです。それを積み重ねていけば冒険者としての格も上がるのですが……」


 そこまで言ってルージュとリリィは互いに顔を見合わせた。


「どうした?」

「ええ。古代龍自体、私たちは初めて目にします。それをたった一人で狩ったとなったら、一体何ランク上がるのかと……」

「クロちゃん。クロちゃんがやったことって本っ当にすごいことなんだからね? あたしたち、大きな町にもいたことがあって、そこでも冒険者がドラゴンを討伐したのを時々目にしてたんだ。超有名な実力者たち」

「そうなのか」

「はい。けれど、それは古代龍ではなくただのドラゴン。この古代龍よりも小さいものでした。それでもかなりの実績と見なされるのです」

「ふむ」

「もしかしたら、クロちゃん、一気にSランクに、爵位も公爵になっちゃうのかもね」

「とりあえず、【アイテムボックス】に入れられるだけ入れましょう。血も水差しか何かに溜めましょうか。ドラゴンの血は魔力回復薬の貴重な材料でもありますからね」

「ならば、それは拙者せっしゃがやろう。手や服が汚れてしまうぞ」

「ふふ、慣れてますから大丈夫ですよ? ですが、ありがとうございます。ソーガ様」


 二人が素材を回収し始める中、俺は目の前の光景を見やった。


 大地に刻まれた斬撃の痕。


 神の力が宿りし刀……。まさかこれほどの力を秘めているとはな。神も扱いに注意せよと言っておったが、なるほど。人前で容易たやすくは振れぬし、扱いにも慣れる必要があるな。

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