第22話 【ケント視点】領主の森の調査【一方その頃】

◆◆◆


 領主のリベルトから依頼を受け、俺たち四人は領主の館へと向かった。


 ルージュとリリィは、あの男の採集クエストに同行したいと言って今回メンバーから外れている。


 魔物から守ってあげたいし必要な薬草の種類など色々とレクチャーしたいと言っていたが、なぜそこまで介護してやる必要があるのか。


 ユージーンとロキアンナ、レイラはそれに対してかなり不満を漏らしていた。だが俺は笑顔で送り出した。


『二人とも、死んだりしないでよ? ……俺悲しいからさ』


 そう言ってやった。


【罠解除】や【索敵】【アイテムボックス】は捨てがたいスキルだ。ほかに同じスキルを持つやつがいればもう用済みだが。


 あの二人には、自分の立場を分からせる必要がある。リーダーの俺に従わないヤツは許さない。


◇◇◇


「やあ、朝からすまないね」


 リベルトに招かれ、俺たちは部屋に入った。


「で? 俺たちにどういう依頼なんだ?」と、ユージーンが訊く。

「うん。南に広がる森の調査をお願いしたいんだ。と言うのも、先日、その森で魔物を見たという目撃情報があってね」

「森なんだ。魔物ぐらい出るだろ?」

「そうなんだけど、領主の森と呼ばれる管理区域で目撃されたからね。そして目撃された魔物が一番の問題なんだ」

「と言うと?」


 俺も尋ねた。


「うん。君たちはフェッフェお婆ちゃんは知っているかな? 彼女は町の西門にいて、シエンナに出入りする人に声をかけては町の名前を教えることを生きがいにしている。彼女の趣味はキノコ狩りでね。西門にいる以外は大抵、森に入ってキノコ狩りを楽しんでいるんだ」

「ちょっと話が見えないっすけど……」

「あ、すまない。話がそれてしまったね。そのキノコ大好きフェッフェお婆ちゃんが領主の森で──領主の森には勝手に入らないでと注意してもなかなか聞いてくれないのは置いておいて──この前見たって言うんだ」

「何を?」

「巨大な熊だよ。野生動物の熊とは明らかに違うその熊は、血のようにどす黒い赤い毛に覆われていたらしい」

「それって……!」


 そこまで聞いて俺は息を呑んだ。話半分に聞いていたほかの三人も、態度が変わる。


「クリムゾンベアだと思う」

「嘘でしょ!?」

「まっ、まさか!?」

「クリムゾンベアって言ったらボス級の魔物じゃないか!」

「その婆さんの見間違いの可能性はないんすか?」

「おそらく、間違いないと思う」


 驚く俺たちに、リベルトは顔の前で手を組んで頷いた。


「冒険者の君たちなら知っていると思うけど、クリムゾンベアは本来もっと標高の高い場所に棲む。高地の森やそのダンジョン内に生息して人里に降りてくることは滅多にない」


 そうだ。だからあまりお目にかかれないが、その強さは有名だ。王都でも討伐依頼が出ていたことがあった。その時の推奨はAランク冒険者三名以上のパーティー編成だった。それほどに強敵と言うわけだ。


「彼らは動物の熊と同様に冬眠をするのだが、今年はもう春だって言うのに、朝晩凍えるような日もあるだろ? 冬眠から目覚めたものの、本来あるはずの食糧が寒冷で不足し、食べ物を求めて人里に下りて来ている可能性がある。あるいは山の上で、何か異変でも起こっているのか……」

「異変とは?」

「いや、分からないが……。まあ、そんな訳で依頼したいのは、領主の森の調査と魔物の侵入を防ぐ魔物除けの散布ってとこかな」

「魔物用の結界を張るのは修道女の仕事では? 俺たちに頼むのはお門違いすけどね」

「そうなんだけど、領主の森は斜面地も多いし、あんまり修道女さんたちに負担をかけるのもね。自分の森くらいは自分たちでどうにかしようってことで、頼むよ」

「はあ」

「あ! けど、もしクリムゾンベアが出没しても戦う必要はないからね? けっこう凶暴で手に負えない強さだと思うからさ。出会った場合に備えて、煙幕なんかの忌避アイテムも用意しているから、それを使ってよ」

「ん? それは俺たちが弱いって言いたいのか?」


 ユージーンが食ってかかる。ロキアンナとレイラもリベルトを睨んだ。


「いやいや、そう言う訳じゃないんだけど、クリムゾンベアはAランク冒険者でないと厳しいと言われているよね? それに、今回はあくまでも調査だからね。森の奥に追い返して、もう領主の森に入らないように対策してくれるだけでいいんだ」


 ふっ、確かに俺以外の三人はBランクだ。それを心配しているのだろう。


「約束できないすね」


 だが、俺はきっぱりと言ってやった。


「現場では何が起きるか分からないんで。必要とあれば討伐します」

「……わかったよ。けれど、あんまり森は荒らさないでくれ。実を言うと、もうすぐ開催される花祭りを前に、王都から伯爵令嬢が来ることになってるんだ。その時に、森で鷹狩りや森林浴をすることになっているからさ」


 なるほど、王都の貴族にもしものことがあったらコイツの責任問題だからな。その前に掃除しとけと。


「ま、取りあえず行きますよ」

「うん。領主の森に入るには手続きが必要だけど、君たちはいいや。そのかわり、案内に騎士を数名同行させるから、よろしく頼むよ」

「了解っす」


◇◇◇


「なあ、ケント。クリムゾンベアが出たら、本当に追い返すだけか?」


 後ろの騎士たちをチラと見て、ユージーンが小声で訊いた。


「いや、討伐するよー」

「そう来なきゃ! アタシら、もう十分Aランクの実力があるっての!」

「だよね。ワタシたちのこと馬鹿にしたあの男、見返してやろっ!」


 俺が即答すると、レイラとロキアンナもそう応じた。


「高額な報酬金と爵位上げのために仕方なく受けた依頼だったけど、棚から牡丹餅だ。みんなも気合入れてくれ。俺たちが今まで挑んだ中で最強格の相手になると思うから」


 話していると、騎士たちが声をかけてきた。ついて来たのは三人。そいつらは両手に木のバケツを抱えていた。

 魔物除けの液体で、何やらドロドロしており強烈な刺激臭が漂っている。


「なあ、君たちも運ぶのを手伝ってくれないか?」

「そうだ。一人一個ずつ持てば軽くなるだろ」


 肩で息をしながらそう言って来る。ユージーンが鼻で笑った。


「おいおい、騎士だろ? 荷物持ちの仕事も満足にできないのか?」

「な、なんだと!?」

「てか無理。ウチら荷物持ちで来たわけじゃないんで~」

「アタシも無理。しかもそれ、メッチャ臭いし」

「俺たちをなんだと思ってるんだ!」


 三人の態度に騎士が腹を立てる。


「すいません。領主の森の境界ってあの柵すかね?」


 騎士を無視して、上を指さす。小さな柵がめぐらされている。当然、こんなもので大型の魔物を防ぐのは不可能だ。


「そ、そうだが……」

「んじゃ、ここからは二手に別れましょう。皆さんはそれの散布をお願いします。もう案内は不要なんで」

「なに!?」

「なんだと!?」

「調査と散布。二手に分かれた方が早く終わりますよ? 効率もいい。よし、みんな行こうか!」


 俺は相手の反論を許さずに三人を見てそう言った。後ろから聞こえる不平不満の声を無視して先に進む。


「ちょっ……!」

「なんなんだ、あいつらは……」

「あっ! ヴァン様、大丈夫ですか?」

「ふぅ……、腰にくるわい」


◇◇◇


 森との境界沿いを進んでいると、一部柵が大きく壊されている場所があった。


 ガサガサガサ……ッ!


 木々が音を立てて揺れる。そして暗がりからクリムゾンベアが出現した。


 で、でかい!!


 俺たちは息を呑んで身構えた。


 クリムゾンベアは、慣れたように壊れた柵を乗り越える。どうやら、ここを通り道にしているようだ。


「なんだよ、このデカさ!?」


 魔物のデカさに、今さらユージーンがビビっている。俺も手に汗をかいていた。


「おい、何をしている!」


 少し離れた場所から声が飛んだ。振り返ると地面の凹みから、老いぼれ騎士が顔を出していた。ほかの二人もいる。


「身をかがめろ! 気づかれるぞ!」


 取りあえず姿勢を低くして木の影に身を隠す。。


 クリムゾンベアは食べ物でも探すようにクンクンと鼻を鳴らし、後ろ足で立って周囲に顔を巡らせる。立ち上がると更にその巨大さに驚かされる。


「おい、煙幕の準備をはじめろ」

「「はい!」」


 後方で声が飛ぶ。俺は素早く言った。


「勝手なマネをするな! ここでの指揮は俺が執る!」

「……! ならば早くしてくれ。町に降りて行ってしまう」


 老いぼれ騎士が鋭い目をこちらに飛ばす。


「みんな準備はいいか?」

「ああ!」

「アタシもオーケーだよ!」

「大槍で風穴開けてやるよ!」

「よし! 行くぞ!」


 俺の合図でそれぞれの武器を手に、俺たちはクリムゾンベアに戦いを挑んだ。

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