第19話 サムライ、女力士(クイーンゴブリン)と相撲を取る

 姿を現した緑色の魔物は、背丈こそ俺より低いが、その体躯たいくは立派なものだった。腕も足も太く、身体はまりのような巨体である。


「ガウゥゥッ!」


 唸りながらにじり寄って来る。


「お主、先ほどのゴブリンの仲間か?」


 身体の大きさ以外、同属とおぼしき見た目だ。ほかに違うところと言えば、茶色いごわごわの髪を伸ばしていること。腫れぼったい唇の奥からは太い牙も見える。

 そして、ボロ切れを腰だけでなく胸にも着ていた。


「女、なのか……?」


 ズ──ン!!


 地を鳴らすように前に出た。こちらは鯉口こいくちに左手を掛けながらも、一歩引いて待ったをかけた。


「待て! 魔物であろうとおんなどもを斬りたくはない。こちらに敵意はないゆえ、退いてはくれぬか?」

「ガウガウガウゥッ!」


 何やら言っているようにも思えるが分からなかった。


 ズシンッ!!


 魔物がその場で地面を踏み鳴らし、低く身構えた。


「むっ!?」


 この姿勢は……!


「ガウッ!」

「ふっ、そう言うことか!」


 意味を理解すると、素早く刀と脇差を抜き、下げ緒でまとめ木の根元に置いた。


「お主、女力士というわけだな!」

「ガウッ!」

「やはりか! いいだろう、受けてたとう!!」


 こちらも魔物と同様に四股を踏む。


「さあ、来い!」


 身を低くして、相手と同じ目線で見合う。


 そして、互いの呼吸が合った瞬間────!


「いざっ!!」

「ガウッ!!」


 バチンッッ!!


「ぅぐっ!」


 激しい当たりで吹き飛ばされそうになった。恐ろしき怪力。それに女力士の皮膚は、とても分厚くて硬かった。


「ゥガアァァッ!!」

「ぐっ! 強いな……! だが、相撲は力押しが全てではないぞ!」


 俺は、まっすぐにぶつかって来る相手の力を横に流した。女力士の片足がわずかに浮く。


「ガウッ!?」


 その浮いた足を担ぐと、足の裏が天に向くほどに持ち上げた。


「ガ、ガプッ……!?」

「むんっ!!」


 そのまま、勢いよく後ろへと引き倒す。


 ドシ──ン!!


 女力士は音を立てて地に倒れた。何度か転がって背中に土を着けた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ど、どうじゃ」


 そう問うたが、女力士は大の字に寝転がったまま何も言わなかった。


 ガサガサ──!!


「ガウッ!」

「ガウッ!」

「なにっ!?」


 草むらから新手が二人飛び出してきた。女力士と同じ緑の魔物だ。


「うおっ!」


 体当たりされ、二人がかりで押し倒される。


「ま、まだいたか! むっ!? おいコラ、何をしておる!」


 魔物は何やら話しながら、こちらの衣に手をかける。


「こ、こら! はかまを脱がすでない!」


 揉み合っていると、顔に何か冷たいものが降って来た。


 これは、ひょう


「ガッ!?」

「ガウ!?」


 俺に馬乗りになっていた魔物も、動きを止めて顔を上げる。


 木々の間から覗く空が、いつの間にか暗くなっていた。鳥たちが、一斉に飛び立つ。


「ガウッ!」

「ガウガウガウ!」


 異変を察し、魔物たちは素早く立ち上がると伸びている女力士の足を掴み、引きずりながら森の奥へと消えた。


「何事なのだ? 先ほどまで晴れていたのに」


 その時だった。耳をつんざくような音が響き渡った。


「ギャルルルルルルルッ!!!!」


 空気を引き裂かんばかりの、獣の雄叫びを思わせる音──。


 それは林の外、丘の方からだった。


 何かあったのだ。


 転がり起きて刀を掴むと、俺は皆のいる方へと駆けた。

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