第18話 【魔物出現】小鬼(ゴブリン♂)、ヒロインたちに群がってしまう

 メルテル殿たち修道女三人とリリィとルージュ、五人の女子たちが緑色の小鬼に群がられている。


「ちょ、離れろコイツ……!」

「やんっ! ちょっと、コラ……!」


 リリィとルージュが必死に小鬼たちを引き離そうとしている。


 小鬼はどれも仔犬ほどの大きさだが、頭は禿げ上がり尖がった耳をしていた。裸同然で、腰にボロ切れを巻いているだけの姿だ。


「こっ、これが魔物と言うものなのか……?」


 なんだか想像と違っていたな。人間を見たら見境なく襲ってくることが多いと聞いていたが、少なくとも俺には見向きもしない。


 それによく見ると、女子たちのことも襲っているには襲っているが、傷つけようとはしていない様子。せんな……。


「ちょっと、クロちゃ~ん! ぼーっと見てないで剥がすの手伝ってよぉ!」

「う、うむ」


 リリィの腰に抱き着いている一匹の頭を掴み、引き剝がした。


「ゴブ~ッ! ゴブゴブッ!」


 手足をじたばたして暴れている。仔犬が怒って吠えたてているのに、どことなく似ていた。


「ソイツ、早くどうにかしてよー!」

「いや、しかし……。魔物とは言え、このような子どもに刃を向けることは……」

「ち、違います。コイツらはみんな成熟したオスなんです」


 顔を赤らめたルージュがそう言った。


「なんと!」

「コイツらゴブリンって魔物なの! この世界のオスゴブリンは大人でもこの大きさなの! ゲームともちょっと違ってたの!」


 ごぶりん? げーむ……?? 意味が分からない。


 が、取りあえずそのゴブリンを茂みの奥へ放り投げた。


「あ~れ~、もうダメェ」

「あぁっ! は、入ってこないで!」


 修道女たちも、あられもない声を出している。


「こやつらは、何をしたいのだ?」

「はっ、春は子作りの季節。メスの獲得競争に敗れたゴブリンのオスの一部は、人里に降りて女性を襲うことがある……ので……っはぁ!?」


 身悶えしつつ、修道女が言った。


「なっ!? 見た目に反し、なんたる凶悪さ」

「ク、クロード様、こちらもお願いします……。うぅ……」


 内またでぷるぷる震えながらメルテル殿が言う。


「う、うむ」


 メルテル殿の太ももを捏ね回している一匹を掴み取り、投げ捨てる。その後も、皆と協力して、小鬼を取っては投げ取っては投げを繰り返した。

 だいたいはそのまま逃げ去っていくのだが、うち数匹は舞い戻って再び女子たちに飛びつくので埒が明かない。


「この……、いい加減になさいっ!」


 ルージュが数匹を地面に叩きつけると、跳ねたゴブリンらを蹴り上げた。


「でりゃ!!」


 ドゴッ!!


「ゴブッ!?」

「ゴブッ!?」

「ごぶ……♡」

「ゴブッ!?」


 草むらの奥に転がってそのまま逃げていく。


「ごぶーっ♡」


 いや、一匹戻って来て果敢にルージュに飛びかかった。


「しつこいっ!!」


 ドゴッ!!


「ごぶー♡」


 何やら歓喜の声を上げて飛んでいく。


 ここにいては、また襲われないとは限らない。俺たちは薬草を摘んでいた場所まで急ぎ戻った。


◇◇◇


「ふぅ、どうにか逃れられましたわ……」

「そうだね。なんか一匹妙なのが混じってたけど……」


 ルージュとリリィは軽く汗をかいている程度だ。だが、メルテル殿たちは肩で息をしていた。


「メルテル殿たちは、あんな森の奥で一体何をされていたのだ?」

「ま、魔物が人里に来ないように、結界を張り直していたのです。そこで襲われてしまって……」

「て、転生者様方はこちらでなにを?」


 一人の修道女がそう訊き返した。


「薬草の採集だよ」とリリィが答える。

「我々が出している依頼ですね」

「はい。たまたまですが、通りかかれてよかったですわ」


 ルージュが頷いた。


「クロード様、ルージュさんとリリィさんも、危ういところを助けていただいてありがとうございます」


 メルテル殿が手を胸に当てて頭を下げた。


「わたくしどもも、心より感謝いたします」

「ええ、あのまま襲われていたらどうなっていたことか……」


 修道女たちも口々にそう言った。リリィがひらひらと手を振る。


「いいって、いいって! それより、いったん林を出ようか?」

「そうですね。この辺りの薬草はあらかた摘みましたし」


 俺たちは、集めた薬草を【アイテムボックス】に収納して、林の外に出ることにした。


「これは……」


 歩いていると、小さな陽だまりにあるものを見つけて立ち止まる。スミレの花が咲いていたのだ。


「どうかされましたか?」


 メルテル殿に訊かれる。


「スミレ、この世界にもあるんだな」

「はい。春に咲くのです。……クロード様がいた世界でも咲いていたんですか?」

「うむ。同じく春の季節に」


 すぐに林は抜け、見晴らしのよい丘の上に出た。


「あぁ、風が気持ちよいですね」

「ほんと」


 ルージュとリリィが大きく背伸びをする。


 緑の丘が緩やかに続いて、一面に黄色や白の小さな花が咲き乱れている。右手には青々とした海が広がっていた。


「よい眺めだな。それにしても、海がこれほど近くにあったとは」

「ここはアステル王国の最南端に位置する半島なんです。シエンナはこの国の一番南にある町なんですよ」

「そうであったか」


 メルテル殿に言われて頷いた。


「ねえ、ちょっと疲れたし、ここで休憩しようよ」

「そうしましょうか。修道女様たちも、ご一緒しませんか? クッキーと紅茶を用意しているんですよ?」


 ルージュのお誘いに修道女が笑顔で応じる。ルージュがまた【アイテムボックス】から、茶器など色々と取り出す。


 まことに便利なスキルのようだ。


「クロちゃーん! 何やってんの? 早く来なよー」

「うむ……。すまない! 先に始めておいてくれ」


 そう言うと、俺は林に取って返した。あの陽だまりまで戻ると、スミレの花の前に跪く。深くて濃い紫色のスミレが花群れとなって咲き誇っている。


「!?」


 背後に気配を感じ、身震いした。全身に鳥肌が立つ。

 木々が生い茂る場所がガサガサと揺れていた。


「なんだ……、この気配は!?」


 メキメキメキ……ッ!


 ズシ────ン!!


「ガウゥゥッ!!」

「なっ!?」


 木立を割り裂き、丸々とした巨体の緑の魔物が目の前に現れた。

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