第14話 【無双への序曲】ヴァンフリード、サムライのオーラに圧倒される【魔法初体験】

「うおーっ!」


 若い騎士が木剣を振り上げてヴァンにかかっていく。


「脇が甘い!」


 がら空きの腹に、ヴァンが木剣を叩きつける。相手は情けない声を上げて吹き飛ばされた。


「今だ!」

「ヴァン様、覚悟っ!」


 隙を突いて、数人が一気に飛びかかる。


「【ウインドカーテン】!」


 ヴァンがそう言うと、彼の身体の周囲に風が吹き荒れた。


「うわぁ!」

「ぐあぁ!」


 強い風に煽られて、騎士たちが皆尻もちをつく。


 あれが魔法と言うものか……。剣術と合わせることで俺のいた世界にはない戦い方がこちらには存在するようだ。


「どうだ、ソーガ。一緒に汗を流さんか? 貴公とも剣を交えたい」

「是非に」


 見ていた俺は立ち上がる。木剣を受け取った。少し離れた回廊から、リベルト伯とメルテル殿も騎士たちの稽古を見ていた。


「ご指導、よろしくお願いいたす」


 木剣を片手にヴァンと相対した。


「さあ、来い!」

「うむ」


 一歩前に出る。


「む……!」


 ヴァンが数歩退いた。


「なっ!?」

「嘘だろ……」

「あのヴァン様が、退いたっ!?」


 周囲の騎士たちが驚きの声を上げる。


「あっ、そうだ」


 俺はいいことを思いつき、思わず気の抜けた声を漏らした。それでヴァンも構えを解く。


「……どうかしたか?」

「さっきのが魔法と言うものだろう?」

「うむ。マルテロ家が得意とする【風属性魔術】。先ほどのは、周囲に強い風を発生させて身を覆う【ウインドカーテン】という技じゃ」

「拙者もその【魔術】というものを体験してみたい」


 そう言うと、ヴァンは眉を寄せた。


「だが、しかし……」

「これからこの世界で生きていくために、【魔術】がどういうものか知っておく必要がある。そのために、まず自分自身の身で受けてみたいのだ」

「わかった。ならば、いくぞ」


 ヴァンが構えなおす。すると木剣がつむじ風で覆われた。


「出た! ヴァン様が最も得意とする風を刃に乗せる魔術」

「武器にエンチャントするのはかなりの技術がいるってのに、いつ見てもすごいな」


 ヴァンが木剣の切っ先をこちらへ向ける。


「加減はするがかなりの衝撃だ。気を抜かぬように」

「承知」

「いくぞ! 【エアースラッシュ】!!」


 ヴァンが木剣を振った次の瞬間、胸に強い衝撃を感じた。旋風で衣が捻じれ、身体全体が持ち上げられる。

 何度か回転して、俺は地面に叩きつけられた。


「クロード様っ!!」


 メルテルが悲鳴のような声を上げた。


「おい、ヴァンやり過ぎだ!」


 リベルト伯も思わず焦ったような声を出す。


「すっ、すまん! 大丈夫か!?」

「い、いや平気」


 ヴァンに起こされる。


 ……むぅ、これが【魔術】と言うものか。


「ごほ、ごほ」

「クロード様、お怪我は?」


 駆け寄ってきたメルテル殿が、俺の前に膝を着けて座る。


「大丈夫、ゴホゴホ」

「すまなかった、ソーガ」

「気にするな。礼を言うぞ。【魔術】がどんなものか知れてよかった」

「クロード様。【聖術】でわたしが痛みを取りましょう」


 メルテル殿がそう言った。


「ほう。この場ですぐにできるものなのか?」

「ええ」

「そうだな……。ならば、そうしてもらおう。【聖術】とやらもついでに体験したい」

「では、休める場所に移りましょう」


 隅の石でできた長椅子に腰掛ける。


「身体を楽にして、壁にもたれてくださいね。どこが痛みますか?」

「胸かな。少し肺を痛めたらしい」

「わかりました」


 メルテル殿は胸元の首飾りを手に取ると、目を閉じて祈りはじめた。少しして、手を俺の胸に近づける。すると手から青白い光の粒が一つ二つと湧きはじめ、衣をすり抜けて身体の中へと入っていく。


「これが【聖術】……」

「【癒しの手】と呼ばれる【聖術】の最も基本的な技です」


 リベルト伯がそう教えてくれた。


「【癒しの手】の世話になっていない者はいないでしょうね。ここの騎士たちも町の人々も私自身も、大変世話になっています」


 次第に身体がぽかぽかとしてくる。徐々に肺の痛みが和らいでいくのがわかった。なんとなく、ティアの光に包まれていた時の感覚と似ている。


 しかし、ここまで実際的な力だったとは……。てっきり寺で行われる護摩ごま焚きや加持祈祷かじきとうの類だと思っていたが、違ったようだ。


 メルテル殿の顔がすぐそばにあった。なんとも穏やかな表情で柔らかい。こちらの視線に気づいて顔を上げた。


「あ、いや、ありがとう。もう十分よ」

「そうですか。痛みが残っていたら言ってくださいね。わたしはまだ未熟なので、完治していないかもしれません」

「構わんさ。最初に受ける【聖術】がメルテル殿でよかった」


 そう言うと、メルテル殿は少し照れたように笑った。


 しばし休んだ後、リベルト伯とヴァンに別れを告げ、俺たちは館を出た。アルマー殿に転生者登録用紙を渡せば諸々の手続きも終わる。


 これでやっと刀も戻って来るな……。


◆◆◆


「ふぅ……」


 稽古場を取り巻く石のベンチに座って、ヴァンフリードはため息交じりに天を仰いだ。その様子を見て、騎士の一人が尋ねる。


「どうされました?」

「いや、疲れたわい」

「ハハハ、男爵騎士ヴァンフリードヴァンフリード・ザ・バロンナイトと呼ばれた男も年には勝てませんか。今日の稽古はいつもより軽めだったでしょう? 客人も来られましたからね」

「馬鹿者。その客人のせいでこれほど疲労しているのだ」

「ほう」


 話を聞いていたほかの騎士たちも尋ねる。


「そう言えば、あの男に対して、どうして身を退かれたのですか?」

「私も驚きましたよ。勇猛な男爵騎士ヴァンフリードに距離を取らせるほどの男だったので?」

「お前たちは何も感じなかったのか?」


 問い返されて、騎士たちは互いに顔を見合わせた。


「分からなかったか……。あの男の纏う圧するような空気オーラが」

「あんな男が、ですか?」

「そんなものは感じませんでしたねぇ……。なあ?」

「ああ」


 騎士たちの目には、サムライは背も低く、どこか間の抜けている男にしか見えていなかった。現に騎士長の一撃を喰らって吹っ飛ばされ、それで終わったのだ。


 転生者は見た目以上に強く、その肉体の頑丈さや膂力りょりょくだけでも魔族並みに化け物じみている。その上、こちらの人間では一つ発現するだけでも珍しい【スキル】をいくつも持ち、【魔術】さえ複数属性を操れたりするのだ。

 それは騎士たちも十分知っていた。だが、あの男は、魔力ゼロ、スキルゼロそしてステータスの強化もゼロで転生して来たらしい。


 騎士長ヴァンフリードのサムライに対する評価に、騎士たちは半信半疑だった。


「見た目に騙されるな。相手の力量を測れていないのはお前たちだぞ? ほれ、見てみろ」


 そう言うと、ヴァンフリードは自分の掌を見せた。その手は、震えていた。騎士たちはそれを見て静かになった。


「下っ腹もまだブルブルと震えておるわ」

「それ程の凄みがありましたか?」

「ああ。まるで魔族の大将格を相手にしているようだった」

「そこまで……」

「だからこそ、【エアースラッシュ】も加減ができなかったのだ」


 ヴァンフリードは本来ならば【エアースラッシュ】の威力をもっと加減できたのだ。でもそうできなかったのは、彼の生存本能がそうさせたのかもしれない。


 手を抜けば、殺される……。


 どこかでそう感じたのだった。


◆◆◆

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