第二章 無双の始まり~サムライ、冒険者になる

第15話 サムライ、チンピラ集団を瞬殺してしまう

「お~い、おっさん」


 冒険者ギルド目前で、男に声をかけられた。メルテル殿を襲っていたルデリーノと言う男だ。


「この前は世話になったな、へへへっ」


 笑いながらメルテル殿に視線を移す。メルテル殿は顔を強張らせて俺の後ろに身を隠した。


「何か用か?」

「いやぁ、親方にアンタを連れて来いって言われてな。謝罪したいんだとさ。手下の俺が迷惑をかけたって」


 困ったように笑いながらルデリーノが言った。


「構わん。気にするなと親方殿にも伝えてくれ」

「それじゃあ、俺も親方の気もすまねぇのよ。な? すぐそこだからよ。来てくれよ。へへ、ホラ早く」

「……わかった」


 俺はメルテル殿に向き直った。目の前にはギルドの入り口が見えている。あそこならば安全だろう。


「先にギルドへ戻っていてくれぬか?」

「しかし……」

「大丈夫。すぐに戻り申す」

「分かりました。けれど、気を付けてくださいね」


 メルテル殿を見届け、俺はルデリーノの後に続いた。


◇◇◇


「謝罪するならば、俺ではなくメルテル殿の方だったのでは?」


 ルデリーノの背に問うと、彼ははぐらかすように笑った。


「それはまた今度な。今日はアンタを連れて来るように言われてるからよ」

「そうか」


 いつしか人通りは少なくなり町の中心から路地裏へ、地面も石畳から地べたに変わった。


「へへっ、悪いね。こんなところまで」

「構わん。昨日からこうするつもりだったのだろ?」

「えっ!? な、なんのこと言ってんだ?」

「はぐらかさなくていい。昨日の能力審査の時から見ていたろう? 今朝もつけていた」

「さ、さ~あ。きっと人違いだぜ……」

「まあよい」


 先ほど声をかけたのは、俺が刀を持っていなかったからだろうな。チラチラと腰のあたりを見て丸腰なのを確かめていた。


 それはつまり──。


 暗い家々の隙間を抜けると、建物の裏手に出た。奥には森が広がり柵がめぐらされている。通路は、今来た細い隙間だけ。


「お~い、連れて来たぜぇ」


 ルデリーノの一声で、大きな建物の影から三人、わらわらと男たちが現れた。


「お~し、お前らはそこで逃げ道塞いどけ~」


 振り返ると、今抜けてきた道からも二人出て来る。


「…………」


 ──つまり、こういうことだな。


 相手は六人。手には刃物。皆こちらより背が高い。ルデリーノ以外に鍛えている風情が二人。太ったのが二人。そして、一番背が高くてイカツイのが一人。おそらく、奴がかしらか。


 頭と思われる男は、首が丸太のように太く、肩の肉が盛り上がっている。残る五人はにやついているが、頭の男は無表情だった。まるで興味が無いように、幅のある大きな肉切り包丁を淡々と磨いている。なんとも余裕がある様子だ。


 この男が、誰よりも喧嘩慣れしているな。


 そう思っていると、一人が話しかけてくる。


「よぉ、オッサン。俺たちの仲間が世話になったみてぇだな」

「別に」

「別にじゃねぇだろが! まずは頭地面に擦り付けて詫びろやごらぁぁ!!」


 ルデリーノの剣幕に、頭の男以外がおかしそうに笑う。


「落ち着けって、ルデリーノ!」

「だ~が、豚の餌にできんのは癪だよなぁ」

「ああ。転生者は命が尽きたら光となって消えるからな。身体は残らない」

「そうなのか?」


 驚いてそう問うと、ルデリーノが脅すように笑った。


「来たばかりなら知らねぇよなぁ? 教えてやるよ。転生者は死んでも死体すら残らないんだ。だから、お前をバラした後にその薄汚れた服さえ燃やしちまえば、な~んの証拠も残らねぇ。分かるか? 転生者殺しってのは簡単なんだ」


 ほう、それはまた新しい事実よ。面白い。


「俺たちはな、オッサン? 転生者をもう何人もってきてるんだぜ? 豚を捌くのと大差ないんだ」

「…………」


 ルデリーノがそう言うと、頭の男はつまらなそうに長いため息を吐いた。


「う~し。じゃ、ちゃっちゃと終わらすぞ~」

「ふふ……」


 おかしくて笑ってしまった。


「あぁ? なに笑ってんだこら!!」


 ルデリーノが叫ぶ。


「いや、すまない」


 何人も殺ってきた、か……。嘘だな。


 こちらも思わず嘆息する。


 頭の男の、この淡々とした、まるで鶏や豚でもシメるかのような、殺り慣れていることを顕示せんがごとき余裕ぶった態度も、演技。


 前の四人が、刃物を握り直し、徐々に近づいてくる。


 肉切り包丁にナタか。しかし……、刃に殺意が乗っていないな……。


「命乞いでもしてみるかい?」

「いや」


 そう言うと、踵を返した。


「おい、逃がすなよ」


 頭の男がやや焦ってそう言った。初めて感情を見せる。通路を塞ぐ二人が咄嗟に動いた。


「安心せいっ!」

「「!?」」


 軒下に山積みにされた薪の束から一本を手に取る。腐っていないか確かめ、手ごろなのを掴んで男たちに向き直った。


「そんな棒きれで戦おうってのか?」

「手下どもに必要なことをしゃべらせ、自分は黙する……」


 ルデリーノではなく、頭の男を見て俺は言った。相手も鋭い眼光をこちらに向けた。


「自分は感情なく作業のように人を殺せるんだぞと、相手に言い知れぬ恐怖を与え怖気おじけさせる……。脅し方を、よく心得ておるな」

「あぁ?」


 頭の男が怒りの感情を露にした。


る気はないのは分かっている。だが、殺す気はなかろうが、刃を手にし相手に向けるは、自らにもその刃が届き死する覚悟があってこそ。侍を相手にするならなおのこと……」


 片手に薪を掴み相対した。


◆◆◆


 ルデリーノが男を呼び出し、首尾よく退路を断って囲むことができた。


 現れた男は、スカートのような妙な服を着ていた。あちこちにほつれがあるボロの服だ。転生者にしては珍しい。そして確かに強そうには見えなかった。


 淡々と殺せるんだぞと脅しをかけるが、相手はビビっていないようだ。薪一本で俺たちに向き合った。


「──侍の相手をするならなおのこと……」


 そう言った次の瞬間に、男の雰囲気が変わった。ただ棒切れを片手にその場に立っているだけなのに、俺たちは凍り付いたように動けなかった。


「侍は脅し目的で刀は抜かぬ……。なぶって楽しむつもりだったのだろうが、こちらは殺す気で行くぞ」


 時間が止まったようだった。ゆっくりと男が顔を上げる。その瞬間に、殺意の奔流に呑み込まれた。


 隣で怯えたような声が次々と上がる。全身から冷や汗が出て止まらない。喧嘩は慣れている。刃物相手とも何度もやってきた。


『グランゴにはナイフ相手でも敵わない……』


 そう言わしめて来たのに。


 けれど、目の前の男は根本的に何かが違った。


「どうした、来んのか? 来んなら、こちらから参るぞ」


 一歩だけ、男が前に出る。ただそれだけで、見えない巨大な壁が迫ってきたように、圧された。全身を押されるように、気づけば身体が固まったまま、尻から地面にへたり込んでいた。ほかのやつらも同じだ。


 俺は、やっとこの男がただの転生者ではないと悟った。


 何十人とかそんなレベルじゃねぇ……! コイツ一体、今までに何百人殺してきたんだ……!? どうして、こんなやつが転生者に紛れてるっ!?


 首筋が冷たい……。な、なんだこれは……?


 勝手に倒れ込んだ俺たちを睥睨すると、男はため息を漏らした。


「おい、ルデリーノとか言ったな?」

「ヒッ!? ヒイィィッッ!! ゆ、許してくれ!! あの女にはもう近づかねぇからぁ!!」


 男は問答無用でルデリーノに近づくと……。


 コツ。


「いてっ?」


 薪で頭を軽く叩いた。


「その言葉を忘れるでないぞ? それから、他の者にもだ。もう、ああいった卑劣なことはするなよ」


 そう言い残し、薪を戻すとスタスタと帰って行った。


 俺たちは、男の姿が消えた後もしばらく、その場にへたり込んだままだった。


◆◆◆

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