第13話 歴戦の騎士ヴァンフリード、サムライのオーラに驚く

「あ~、やっぱ太陽光はいいね……」


 窓から差し込む光を浴びて、リベルト伯は気持ちよさそうに身体を伸ばした。


「おっと、ゴメンゴメン! 転生者登録だっけ?」

「うむ。問題がなければこの用紙にサインと言うものを頂きたい」

「ハイハイ、オッケーですよぉ」


 俺は革製の板に挟んだ用紙を、板のまま彼に渡した。

 リベルト伯は机に尻を乗せて目を通しはじめる。年齢は二十代半ばあたりだろうか? 艶のある黒茶色の髪が肩まで伸びていた。


「辺境伯リベルト・アスター……っと。ハイ完成。おめでとう! 今日から君も冒険者だ!」


 髪と同じ色の瞳をこちらへ向けてにこりと笑う。俺は用紙を受け取った。


「まあ、あんまり無理せずに頑張ってよ」

「うむ」

「国にたくさん貢献したら、早ければ半年で準男爵になれるからね」

「じゅんだん……?」

「ん? もしかして陞爵しょうしゃくについて聞いてないの?」


 そう問われて、俺は頷いた。


「ハハハッ、そうだったのか。一応、ギルドで説明する決まりなんだけど、アルマーさんはそう言うとこ緩いからなぁ」


 リベルト伯は困ったように笑った。まだ若いが、どこか泰然自若としており、辺境なれども民をまとめる器量を感じさせる。


「貴族には階級があってね。転生者は最初、みんな騎士爵って言う一番下の爵位から始めるんだよ」

「自由騎士というやつでござるな? アルマー殿から聞き申した」

「うん。でもそれは転生者全体の総称なんだ。自由騎士と言う呼称は残るけれど、陞爵しょうしゃくと言って実際の爵位は上がっていくんだ。

 下から順に騎士爵・準男爵・男爵・子爵・伯爵・侯爵、で一番上が公爵だね。町を魔物や魔族から守ったり、町の整備に貢献したりすることで爵位が上がる」

「ほう」

「転生者がやって来るニホンって国は、この世界より色んな技術が発展してるみたいだね。井戸しかないような小さな町や村に水道や下水を敷設したり石畳を整備したり……、そんな活動をしてる転生者もいるんだ。

 ダンジョンに潜って強い魔物と戦ったり宝を手に入れるだけが道じゃないから、そのことだけは憶えておいてね」

「分かり申した」

「うん! それじゃ──ん?」


 遠くからどたどたと激しい足音が聞こえてきた。


「うお~っ、どいてくれ! すまん、通してくれー!」


 どんどん近づいてくる。


 部屋に飛び込んできたのは、一人の老人だった。その姿を見て、メルテル殿がパッと笑顔になる。


「ヴァンじい!」

「やはりっ! メルテル嬢ではございませぬか!!」


 そう言うと老人はメルテル殿に飛びついた。かと思うと、メルテル殿を抱きかかえて高い高いをはじめる。メルテル殿は驚いて声を裏返した。


「大きくなられましたなぁ、お嬢様~!」

「は、恥ずかしいです、ヴァン爺。わたし、もう十五歳よ」

「いいではございませぬか、メルテル嬢!」


 どうやら近しい間柄の様子だ。


「ヴァン爺、貴方がシエンナ出身と言うことは聞いていましたが、またこうして会えて嬉しです。元気にしていましたか?」


 やっと解放されたメルテル殿は、髪を整えながらも嬉しそうにそう言った。


「このヴァンフリード、この通りまだまだ元気ですぞぉ!」

「ヴァンよ、伯爵家のご令嬢を前に礼儀がなっていないぞ?」


 リベルト伯から笑い声まじりにそう言われ、老人がハッとする。メルテル殿の前に片膝を着き、彼女の手を取った。


「失礼しました、メルテルお嬢様。ヴァンフリード・マルテロ、今は故郷へと戻り、リベルト辺境伯の下に仕えておりまする」

「そんなにかしこまらないで、ヴァン爺。わたしたちはそんな関係じゃなかったでしょ?」


 そう言われて、老人はどこか嬉しそうに立ち上がった。


「変わりなさそうでよかったです」

「ええ、変わりありませんとも。ホレ、お嬢様が大好きだったこの長~いお髭も健在でございますぞ? よく三つ編みにしたりリボンを結んで遊んでいましたなぁ、ホレホレホ~レ」


 老人が灰色の長い髭でメルテル殿の顔を撫でまわす。


「あぷ? く、くすぐったいです……!」

「ハハハハハ……! ん!?」


 黙って様子を見ていると老人がこちらに気づく。


 …………。


「こちらは?」

「転生者のソーガ・クロード様です。昨日から大変お世話になっている方で、わたしの命の恩人です」

「ほう……」


 老人がさっと俺の全身を確かめるように眺めた。


 老人は痩せて見えるが、その肉体はまだ衰えてはおらず芯に強さを宿していた。メルテル殿と戯れていても、その佇まいはりんとしたものがあった。


 ……こちらへ来て、はじめて出会うな。戦場いくさばを知る、本物の武士もののふに。


 相手も何かを感じたのか、こちらにしっかりと向き直って、その表情を引き締めた。すると今までの稚気のようなものは飛び、侍に似た雰囲気を帯びる。


「どうしたのだ?」


 リベルト伯が戸惑ったような声を出した。


「お主は、本当に転生者か?」

拙者せっしゃ、佐賀藩の浪人、槍賀蔵人と申す。ゆえあって、この度この世界へ転生いたした。以後お見知りおきを」


 腰を折って頭を下げた。すると向こうも背筋を伸ばし、右拳を胸に当てた。こちらの挨拶であろうか?


「アスター伯爵家に仕える近衛騎士。マルテロ男爵家のヴァンフリードと申す。この館で騎士長をしておる者だ」

「珍しいじゃないか、ヴァン。お前が騎士でもない男に、騎士最大の敬意で返すとは」


 リベルト伯の言葉に、ヴァンフリード殿はゆっくりと頷いた。


「王都にて、わしは多くの転生者を見てきました。ランクという肩書や爵位がいくら高かろうと、真の騎士はおらず。しかし、このソーガ殿は違う」

「ほう、数多の戦場を駆けたお前がそこまで言うか」


 面白そうにリベルト伯が顎を撫でる。


「ええ。今まで会ったどの転生者も、彼には及びますまい。この本物の強者ツワモノの空気を纏った男には……」

「貴殿も。多くの戦場を渡ったと知り納得した。武勇で名を馳せた英傑とお見受けいたす」


 そう言うと、ヴァンフリード殿は嬉しそうに笑った。


「儂のことはヴァンフリード、いやヴァンとお呼びくだされ。貴公のこともソーガとお呼びする。よいかな?」

「もちろん」

「ソーガよ、いま中庭にて稽古を行っておるのだ。ぜひ見て行かれぬか?」

「ほう、是非に。騎士の稽古と言うものも見てみたい」

「いいですとも!」


 ヴァンと部屋を出る。歩きながらに彼に訊いた。


「ところでメルテル殿とはどういうご関係で?」

「王都にいた最後の日々、ステラベル家にて幼少のメルテルお嬢様たちの護衛をしておったのだ」

「なるほど。こっちに知り合いがいるならメルテル殿も安心だ」


◆◆◆


「やれやれ、勝手に盛り上がって行ってしまったな。領主の私を放って……」


 リベルトは笑いながらため息を漏らした。メルテルも、リベルトと顔を見合わせて肩をすくめる。


 リベルト・アスター。ボールド・シエンナ地方にて、シエンナの町と周辺の村を統治する現辺境伯である。アスター家は、アステル王国に併合される数百年前、この地を治めた王家でもあった。


「お父上やお母上は元気にしておいでですか? ステラベル伯爵令嬢」

「ええ……」


 メルテルはわずかに迷いながら頷いた。


「貴方のご両親には、王都で生活している折にお世話になっていたんです」

「そうなのですね」

「ええ、ヴァンフリードからも時折、貴方のことは聞いていましたよ。聖女になられたそうですね。その修道服も、よくお似合いですよ」


 そう言われて、メルテルはくすぐったそうに笑った。


「今はシエンナの女子修道院に?」

「ええ、そこでしばらくお世話になる予定です」

「そうですか」

「リベルト伯、今日はもう一つ、折り入ってお願いがあるのですが」

「ええ、何でもどうぞ?」


 リベルトは大げさに両手を広げてみせた。


「この手紙を、王都の父宛てに送りたいのです」

「ほう、手紙ですか。いいですよ、お預かりいたします」

「すみません。よろしくお願いします……」


 手紙を受け取ると、「さて!」とリベルトは机から飛び降りた。


「二人だけ取り残されちゃったし、あの執務室にも、しばらく春は訪れなさそうだ。我々も行きましょうか」

「はい」


 リベルトはメルテルの前を通りすぎ、嘆きの声を上げて急に立ち止った。


「ヴァンに礼儀のことを言っておきながら……」


 そう言うと、困ったように頭を掻いて、メルテルの横まで戻って来る。


「田舎は無礼講が多くてね。せっかく王都で騎士の教養や宮廷作法を学んだって言うのに」


 リベルトは右肘を曲げると、うやうやしくメルテルにお辞儀をした。


「伯爵令嬢メルテル様、我が館へようこそ。よろしければお庭など、共にお散歩いたしませんか?」

「よろこんで」


 一瞬戸惑ったメルテルだったが、服の裾を上げて会釈を返すと、彼の肘にそっと手を添えた。


◆◆◆

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