第11話 【悲報】サムライ、修道院長ローザに理不尽ビンタを喰らう【シエンナ女子修道院】

 東の町外れ、森に抱かれるようにしてシエンナ女子修道院はあった。大きな白い建物が夕日に染まっている。


「礼拝堂にご案内いたします。修道院長も、ほかの修道女たちもそちらにいると思います」

「あの、お靴は脱がなくてよいのですよ?」

「あ……、うむ」


 修道女二人に案内され、大きな木の扉より中に入る。


 礼拝堂と言う広い室内には、五人ほどの女子おなごたちがいた。歳はバラバラだが、若者が多い印象だ。皆、丈の長い黄色い服を着ていた。

 そして五人の前、壇上に年老いた女人にょにんが立っていた。白髪を頭の後ろでまとめ、同じく黄色い服に身を包んでいる。


「マザー・ローザ、客人をお連れしました」


 そう言われると、ローザと呼ばれた老女はこちらを見てほほ笑んだ。


「よくお越しくださいました。わたくしは、シエンナ女子修道院にて修道院長をしているローザと申します」

「メルテル・ステラベルと申します。ごきげんよう、ローザ修道院長」

槍賀そうが蔵人くろうどと申す」


 メルテル殿が、ここへ来た訳を伝える。彼女が聖都にて聖女をしていたと知ると、皆の顔がわずかに緩んだ。


 一方、俺のことはチラチラと様子をうかがうように盗み見てくる。まげや袴が珍しいのかもしれんし、元よりここは尼寺のようなもの。男が入ってくれば警戒するのは無理のないことだろう。


 だが、それにしても女たちの表情は暗い。原因は、分かっているが……。


「……そのような訳で、転生されたばかりのソーガ・クロード様に一夜の食事と寝床をお与えくださいませんか?」

「もちろんですよ、聖女メルテル。シエンナ女子修道院は困った人は何人でも受け入れます」


 メルテル殿の話を聞いて、ローザ殿はそう言った。


 俺はその時、顔を上げて窓を見ていた。礼拝堂の天井はとても高く、大きな三つの窓があった。多分、ガラスビードロ製であろう。色とりどりのガラスビードロを組み合わせて人物が描かれている。三枚うち二枚には見覚えがあった。


「クロード様?」

「あそこに描かれているのは、フロスペクトとアクトレイだな」


 窓を見上げたままに訊いた。ローザ殿が「そうです」と頷く。


「なれば、あの窓が……」

「光の姫神ティア様です。最高神フロスペクト様、女神アクトレイ様、そして姫神ティア様……。我々、光の修道女たちが、そしてこの世界の多くのものが信仰する光の三神です」


 そうか、彼女が……。


 窓に描かれた姫神は、頭に花の冠を乗せ、優し気に微笑んでいた。ふと、光に包まれていた時の感覚を思い出す。とても居心地が良くて安らいだ気分だった。


 これ以上隠し立てするのは、不義だな……。


 意を決して、ローザ殿とメルテル殿に向かい合う。


「ローザ殿、それにメルテル殿。そしてここにいる方々にも言わねばならないことがある。姫神ティアについてだ」

「はい、なんでございましょう?」

「メルテル殿、そなたは姫神ティアの存在が消えたようだと言っていたな」

「え、ええ」


 戸惑ったようにメルテル殿が頷く。俺の言葉に、ローザ殿の表情からも笑顔が消えた。


「クロード様の転生と何か関係が?」

「ああ」


 それを聞いて修道女たちもざわついた。しんとその場が静まる。

 俺はローザ殿に向かって訊いた。


「そなたたちも、ティアが消えたことを感じておるのだな?」

「はい。祈りの日々の中にあれば、神との確かな繋がりは感じるものです。ですが、数日前より、ティア様の光が消えました。今までは確かに感じていた繋がりを失ったのです。ティア様と親しくする精霊たちもざわめき、まるで泣いているようでした……」

「それは、俺のせいなのだ」

「どういうことでしょうか?」

「……自分でもまだ腑に落ちてはいないが、俺はただの転生者ではない。俺が生きていたのは360年以上昔のこと。現代いまではないのだ。そして、時を遡って俺を呼ぶには、大きな代償が必要だったらしい」


 俺はメルテル殿を見て言った。


「俺をここへ呼ぶために犠牲となり、姫神ティアは、死んだ」


 パン──!


「!?」


 ローザ殿が俺の左頬に平手打ちを喰らわせる。乾いた音が響き、空気が張り詰めた。


 自分でも思いがけないことだったのだろうか? ローザ殿は一瞬、深い後悔の色をにじませると肩を震わせはじめた。修道女たちからもすすり泣きが聞こえる。

 そしてメルテル殿の顔からも血色が失われ、その表情は強張っていた。


 ローザ殿が涙ぐんだままこちらを見る。震えながら頭を下げた。


「ご無礼を……お許しください」

「いや、構わんよ」

「お聞かせください。どうして、ティア様は貴方様をこの世界へ転生させたのですか?」

「うん……。死から、この世界を救ってくれと言われた」

「死……?」


 小さな声で、メルテル殿が言葉を漏らす。


「光の神々も言っていた。今、この世界は死の危機に瀕しておると。それを救うために、姫神ティアは命を投げ打って俺をここへ呼んだ。俺がその価値に見合うのかは分からん。しかし、その覚悟は受け取ったつもりでいる」


 そう言うとローザ殿は、もう一度深く頭を下げ、肩を寄せ合ってすすり泣く女子たちに向かう。


「みなさん、悲しみに暮れても仕方がありません。光の姫神ティア様は、お隠れになりました。この世界を救うための尊い犠牲になられたのです。すべてはティア様、そしてフロスペクト様とアクトレイ様がお決めになったこと。

 ならば我々はそれに従うのみです。そして、ティア様が見込み、世界の行く末を託された御方がこのソーガ・クロード様なのです」


 ローザが胸の前で手を組んで目をつむる。メルテルも、ほかの皆もそれに従った。それは、祈りを捧げているようにも、ティアへの鎮魂のようにも思えた。


「クロード様、ここは光の三神が守る聖域。そして、貴方様の家でもあります。ティア様の遺志によりこの世界に転生された貴方を、シエンナ女子修道院は歓迎いたします」

「…………」


 メルテル殿の顔を見る。彼女は目を伏せたままだった。

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