第8話 チンピラ、サムライへの復讐を計画する
◆◆◆
広場から奥まった裏通り──。
そこに人だかりができていた。壁の向こうには冒険者ギルドの訓練場があり、新しく来た転生者の能力審査がおこなわれているのだ。
人混みに紛れ、一人の男がその様子をうかがっていた。建物の影に身を潜ませて、審査を受ける男を食い入るように見つめている。
◇◇◇
「う~ん……。クロード、お前さんはFランク冒険者だな」
「それは、普通より弱いってことでござるか?」
「……ああ。メチャクチャ弱いってことだぞ?」
やり取りを聞いて、男は鼻から笑い声を漏らした。
「なんだ、アイツ……。ただの無能じゃないか」
新しく来た転生者は、魔力ゼロ、スキルゼロのFランク冒険者だった。おまけにステータス強化さえもされていないらしい。化け物じみた転生者たちが片手で振るう巨大な武器も持ち上げることさえできなかった。
能力審査が終わると、人混みがはけていく。
「…………」
男と共に、聖女メルテルの姿も見えた。行商からの帰途、シエンナへ向かう途中だというその少女を村で拾い、自分の馬車に乗せたのだ。それから二日ほど、彼女とは寝食を共にしてきた。
けれど距離感は縮まらず、その少女は常に丈の長いマントに全身を包み、極端に身体の露出を控えていた。だからこそ男の目に少女は魅力的に映った。
あの時、アイツが邪魔しなければ……。
そう思っていると、不意に男が顔を上げた。
おっと……。
慌てて身を隠す。
「今に見てろよ、あのオッサン」
広場に戻り頭のフードをめくると、ルデリーノは足早にある場所に向かった。
◇◇◇
壁一面の大きな扉が開け放たれて室内が解放されている。倉庫の中には枝肉がたくさん吊るされ、テーブルにも豚が丸ごと乗っていた。
「なにぃ!? 新しく来た転生者にやられただとぉ?」
ルデリーノの話を聞いて、一人が咆える。ルデリーノを四人の男が囲んでいた。腹が出たのが二人と筋肉質なのが二人。彼らはルデリーノのチンピラ仲間だ。みな幼少期から顔を知った竹馬の友であり悪友である。
「なんかやらかしたんだろ、ルデリーノ?」
「いや、なにもやっちゃいねぇよ!」
ルデリーノは両手を広げてオーバーに訴えた。
「嘘言え。何もしてねぇのに向こうから絡んでくるかよ。ケンカでも吹っ掛けたんじゃないのか?」
「違うって! マジで、一方的に恥かかされたんだ。俺はただ、メルテルちゃんをお茶に誘ってただけなんだよ。けどアイツが……。あのオッサン、いい年こいてメルテルちゃんに気があるんだ。そうに違いねぇ!」
「で? 新しい転生者ってのは、どんなやつよ?」
でっぷりと太った男がそう訊いた。
「背もその辺の女より低いし、見るからに弱そうなやつだよ。だから、俺でも勝てるかなってよ……」
「バカかお前。アイツらには神から与えられた
もう一人の太った男がそう言うと、横にいた筋肉質な男も笑う。
「けど転生者で、そんなオッサンなんて珍しいな」
「確かに。どっちにしろ、転生したばかりだろう」
「ああ、今さっきギルドで能力審査をやってたから間違いねぇ」
ルデリーノがそう答える。
「それに、アイツ、スキルは持ってないらしいんだ。魔術の適性もなくて、魔力もゼロらしい。レッキオからFランクだって言われてたよ」
「そんなヤツに負けたのかよ」
「だって……」
「どっちにしろ、だ」
ドスの利いた声が横から飛んできた。
少し離れた場所で、黙って話を聴いていた男である。彼はずっと包丁の刃を研いでいた。
ルデリーノら五人が話をやめる。
「グランゴさん……」
グランゴは、この中で一番背が高くガタイがよかった。腕は丸太のように太く、特に肩回りの筋肉が異様に発達している。
ドン──ッ!!
「!?」
グランゴが、テーブルに乗っている大きな豚の頭部を一刀両断した。
「うっし、いっちょ上がりぃ♪」
笑ってそう言ったが、その笑顔をサッと引っ込めると、ルデリーノを真顔で見る。
「ルデリーノ、ちょっとソイツ呼んで来ーい」
「え?」
「グランゴさん、呼んで来てどうしようってんだ?」
「その転生者ってのは、俺たち商人仲間に手ぇ出した。こっちは何もしてねぇのに。そうなんだろ、ルデリーノ?」
鋭い目線で問われ、「あ、ああ」とルデリーノが頷く。
「なら、きっちり教育してやらんとな。商人ギルドをなめられても困るからよ」
「ハハハ、流石は商人ギルドの幹部だぜ」
「けどよ……。大丈夫かな? 相手は転生者だぜ?」
筋肉質な男が問いかけると、みんな互いの顔を見やって一瞬沈黙した。それに対しグランゴが臆することなく答える。
「転生者だろうが関係ねぇよ。一人のところを囲んじまえばそれまでだ。特に転生したばかりのやつは簡単だ」
「どういうことだよ?」
「いつだったかな、豚の丸焼きでも食わせてやろうと目の前で腹を捌いてたら、急に吐きやがったやつがいた」
「なんだよ、それ」
みんなが笑う。
「それで、慌てて【精神増強】のスキルを使っていたな。そうでもしないと耐えられなかったんだろうよ」
「豚捌くだけで?」
「ああ。ずいぶんと甘っちょろい世界で生きていたんだろうさ」
グランゴが肉切り包丁の刃を布で拭いた。
「どっちにしても魔物や魔族と戦う中で、殺すことに対する躊躇いは薄れていく。けど、転生したばかりなら別だ。レベルも1だろうからな。コレをちょっとちらつかせりゃイチコロだ。シメちまうぞ、ルデリーノ」
「お、おう……!」
「よかったな、ボスが仇取ってくれるってよ」
「何言ってやがる、全員でやるんだよ。追い込んで、逃げ道断って、囲んで……。あとはスキルも魔術も使えねぇように心を折って仕舞だ」
「っしゃぁ!! 見てろよ、アイツ! 今度はお前に無様な醜態晒させてやっからよぉ!!」
「お? お? やる気だねぇ、ルデリーノ君」
怒りをあらわにするルデリーノを囲み、四人が笑う。磨かれた肉切り包丁に映るグランゴの顔も笑っていた。
◆◆◆
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