第7話 【悲報】サムライの職業「農民」だった【魔力測定と冒険者能力審査】

「ギルドマスターのレッキオだ。よろしくな、クロード!」


 茶色い髪と口髭の大男が豪快に笑った。


 冒険者ギルドの訓練場。今からここで冒険者としての実力を測る審査が実施される。


「審査はギルドマスターが審査官となり、その際には冒険者3名以上の立ち合いが義務付けられている。その規定の下、現在シエンナに滞在するケントらの面々に立ち会ってもらう。みんなも、いいな?」


 レッキオ殿が横にいる面々を見やった。

 広場を囲んで観覧席のようなものがあり、あの四人組が顔を揃えていた。リリィとルージュもいて、二人に並ぶようにして、メルテル殿も座っている。


「早く終わらそう」


 ユージーンが短く言った。


「なになに、新しい転生者さん?」

「そうらしい。どれどれ……? なんだ男かよ」

「なに期待してんのよ」

「だって、転生者は可愛かったり美人が多いから」

「ま、男もイケメンが多いんだけどね」

「まあな。けどあの転生者、えらく歳いってんな」

「ホントだわね」


 通り沿いの壁は低くて、壁の向こうから野次馬が覗いていた。壁に空いた穴からも子どもたちが興味津々に様子を見守っている。


「それではまず、魔力測定と属性診断からだな」


 レッキオ殿はそう言うなり、台の上に乗った巨大な本を開いた。

 古めかしい分厚い本だ。中は紙ではなく薄い板のようになっている。下の方に水晶玉がはまっていた。

 水晶の上部には円が描かれ、等間隔に六つの小さな丸が並んでいる。


「さ、水晶玉に触れるんだ」

「うむ」


 水晶に手を乗せる。


「……む?」


 何も起こらない。


「な、なんと……!?」

「そんな、まさか」

「おいおい……」


 レッキオ殿や見ていた面々が一様に驚きの声を上げた。


「クロードよ」

「なんね? どうしたとね?」

「残念ながら、お前に魔術の適性はないようだ」

「ほう」


 レッキオ殿がそう言って首を横に振る。


「この世界には、火・水・風・雷・土・草木と六つの属性の魔術が存在する。この水晶に手を乗せることで適性のある属性が光る仕組みになっているのだが、そのどれも反応しなかった。つまり適性がないってことだ」

「そうか……」


 少々残念だ。せっかくだから魔術と言うものを使ってみたかった。


「そして、そもそも水晶自体も光らなかった。と言うことは……」


 レッキオ殿は、次のページを開いた。ページの下に円形に文字のようなものが描かれている。


「その魔法陣に手を乗せてくれ」

「うむ」


 円に手を置くと、白紙のページに文字が浮かび上がった。


「こっ、これは……!?」

「嘘でしょ!?」

「まさか……」


 再び、みんなが驚きの声を上げる。


「やはりか。クロード、お前は魔力がゼロだ」


 レッキオ殿の言葉に、ケントが黙って身を乗り出しページを覗き込む。ユージーンも顔をしかめた。


「て言うかコレ、どうなってんだよ?」


 そのページにはこう書かれていた。


***


【名前】槍賀蔵人(槍賀そうが蔵人くろうど

【年齢】35歳(35歳)

【職業】農民


【レベル】65


【ステータス】

 身 長:163cm

 体 重:70kg

 体 力:3100

 魔 力:0

 攻撃力:250

 防御力:175

 素早さ:450


【スキル】


【魔術】



***


「ステータス低っ!」

「体力少なっ! 背も低っ!」

「てか、スキルも無ぇじゃん!」

「いや、なんで年齢変えなかったんだよ!? 名前も変えてねぇし。マジでコイツ、ツッコミどころ多すぎだよ!」


 ロキアンナとレイラが口々にそう言った。


「いやいや、ちょっと待て。その前に、だ」


 ユージーンが険しい顔でそう言った。


「【職業】が農民になってるが。お前、サムライっってなかったか? どうなってんだよ?」


 彼の言葉に、みながこちらを疑問の眼で見る。


「うむ。拙者せっしゃはかれこれ十年以上の浪人の身。剣術稽古以外は、田畑でんぱたに出て、村の皆と米やら芋やらを作っておった」


 一瞬の静寂。その次に、「フッ」と短くケントが鼻で笑い、ユージーンとロキアンナ、レイラの三人が盛大に噴き出した。


「だったらサムライじゃなくて農民じゃねぇか! 実際に農業しかやってないんだろ!?」

「てか、浪人ってあれだよね? 特に何の仕事も与えられてないって意味でしょ? ただ身分が武士ってだけでさ」

「それもう、ただの無職じゃねぇかよ!」

「まぁまぁ、みんな落ち着いて」


 レッキオ殿が三人をなだめる。先ほど俺が途中まで書いていた転生者登録用紙に、今の数値を書き込んでいく。


「さて、最後は扱える武器だが……、あそこに置いてあるだろう? 順番に持って自分なりに振ってみてくれないか?」

「あれだな。よし」


 隅の方に多種多様な武器が置いてあった。とても人の力では扱えぬようなものもあるが、果たして……。


◇◇◇


「ふぬぅぅんっ……!!」


 最後のひとつ、巨大な鉄の剣を持ち上げようと力む。


 ビキッ──!


 ぐっ!? 腰をヤッたか!?


 武器を手放し、腰に手を当てる。


 レッキオ殿は用紙に記入すると顔を上げ、憐憫の眼差しをこちらに向けた。


「ぶ、武器の扱いは、どうであろうか?」

「うん。片手剣と両手剣、それから槍がAランク。弓はBで短剣と斧がC。それ以外の大物……大剣、大斧、大槌、大槍はFランク。と言うか、まず持ち上げることもできなかったから、ランク外だな」

「ふむ……。それで、全体の評価は?」


 そう訊くと、レッキオ殿は言いにくそうに頭を掻いた。


「う~ん……。クロード、お前さんはFランク冒険者だな」


 Fランク??


「それは、普通より弱いってことでござるか?」

「……ああ。メチャクチャ弱いってことだぞ?」

「ふむ……」

「ま、あれだ。あまり気を落とすなよ? まだ転生初日だ。晴れて冒険者になったら、たくさん魔物を倒して、経験を積んでいけば成長できるさ。依頼をこなしていけばランクも上がっていく。これからだ!」

「承知した」

「みんなも立ち合いご苦労だったな! これにて、クロードの冒険者能力審査は終了だ!」


 レッキオ殿がそう言うと、若者四人たちは去っていき、リリィとルージュ、そしてメルテル殿だけがこの場に残った。


 三人とも、いたたまれないと言った様子でこちらを見てくる。


「クロード様」

「クロちゃん……」

「あまり気にしないでくださいね。さ、タオルをどうぞ」


 ルージュが用意してくれた濡れ手拭いで汗を拭く。


「二人も、あんなに重い武器を扱えるのか?」

「あたしも大物は不得意なんだよね~」

「私も持ち上げることぐらいしかできません」


 そう言って、リリィが大斧を片手で持ち上げた。ルージュも大剣を構える。二人とも重そうにはしているが、俺では動かすことすらできなかった。


「なっ、なんと!? そんな細腕で」

「転生した時に、神様の力でステータス強化されてるからね、普通は」

「ですから転生者は、見た目以上に筋力や体力が強化されているのです」

「なるほど。神が言うておったステータス強化とはそう言うことだったか」


 壁の向こうに目をやると、野次馬もつまらなそうに散っていった。その中に、不審な気配を感じる。物陰に隠れてはいるが、ハッキリとした敵意が俺に向けられていた。


 ……あやつは。


「あたしたちも戻ろっか」

「そうですね。三日月亭で午後の紅茶でもいただきましょうか? メルテルさんもご一緒にどうです?」

「はい、喜んで。……? クロード様、どうしました?」

「いや……」


「…………」


 何気なく顔を向けると、その人影はさっと消えた。

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