第5話 サムライ、冒険者登録をする

 シエンナは石造りの建物が多かった。見たこともない造りだ。屋根は赤茶色で、壁はやや黄色味を帯びた白い石でできている。民家らしき小ぶりな家々も、漆喰と木でできており、壁は黄色や蜜柑色。美しくも、どこか可愛らしい印象の町だ。


「フェッフェッフェ。ここはシエンナの町。お前さんたち、見ない顔だねぇ」


 門の前で老婆に話しかけられた。頭巾を被った背の曲がった老婆である。つぶらな瞳と大きな鼻。手に編みカゴを持っていた。


「どうも。拙者せっしゃ、槍賀蔵人と申す」

「ごきげんよう、お婆様。わたしたち、この町は初めてなんです」

「そうなのかい。ようこそ、シエンナの町へ」

「冒険者ギルドへ行きたいのですが、お分かりになりますか?」

「ああ。冒険者ギルドならば、この通りをまっすぐ進んだ広場の一角にあるよ」

「ありがとうございます」


 メルテル殿はそう言うと、うやうやしくお辞儀をした。

 メルテル殿任せになってしまったが、そうだった。神もギルドとやらに行けと言うておった。

 けど、ギルドとは一体……?


「フェッフェッフェ。いいさね。さて、わたしもキノコ狩りに行くとするかねぇ」


 老婆はそう言うと、どこかへ消えていった。


「メルテル殿は、行く当てはあるのか?」

「女子修道院があるらしいので、そこに行ってみようかと思っています。少し気がかりなこともありますので」

「気がかり?」

「ええ」


 メルテル殿はマントをはだけて、胸元の何かを手に乗せた。首飾りだ。光を受けて金色に輝いている。星や月、光線を形作っているように思えた。


「なんとも見事な装飾やね」

「光の神々を形象したものです。光の三神に仕える者は皆これを身に着けるのです」

「そうね」

「けれど、おかしいんです。ここ数日、ティア様の光が消えたように感じるのです。まるで世界から消えてしまわれたように……」


 そう言われて、一瞬息が止まった。そうか。姫神ティアは、もうこの世界にいない。なぜなら、俺をここへ連れてくるために犠牲になった……。


「淫乱聖女などと呼ばれて、ティア様からも嫌われてしまったのかもしれません」

「断じてそれはない」


 思わず強くそう言った。メルテル殿が驚いたようにこちらを見つめる。


「すまない。けれど、その神様はメルテル殿の味方であろう。きっとティアという神も、そなたのことを気がかりに思っているに違いない」

「そうでしょうか」

「う、うむ……」


 その言葉を聞いて、メルテル殿は静かに笑った。


 何を言っているのだ、俺は……。


◇◇◇


 通りを進むと地面が石畳に変わった。人通りも多くなり馬車も見える。町の中心部は、高い建物に囲まれた円形の広場になっていた。多くの露店が並び、色々なものを売っている。


 メルテル殿は、広場の一角にある大きな建物の前で立ち止まった。


「ありました。ここが冒険者ギルドのようです」

「そのギルドと言うのは一体なんね?」

生業なりわいを同じくする人たちの集まりのことです。商人さんが集う商人ギルドや職人さんたちの職人ギルドなどがあります。あと、芸術家ギルドや魔術師ギルドなどもありますよ」

「なるほど、組合のようなものか」


 建物の中を覗いてみる。


 ここより室内、か……?


「何をされているのですか?」


 草履ぞうりを脱ごうとしたら、戸惑いぎみにメルテル殿に止められた。


「草履を脱ごうと。ここから上がるのであろう?」

「靴は脱がなくていいんですよ」


 なんとも驚いた。草履を脱がないでよいらしい。

 どうやら玄関と言うものはなく、外と地続きのようだ。この世界では皆そうなのか、あるいは、ここだけがそうなのか……。


「ようこそ、シエンナの冒険者ギルドへ」


 中に入ると、長机の奥から一人の女に声をかけられた。


「もしかして、二人とも転生者さんかい?」

「いえ、わたしは。こちらのソーガ・クロード様はそうです」

「そうかい。初めましてソーガさん」

「どうも」

「あたしゃ、このギルドで受付をしているアルマーって言うもんだよ。よろしくね!」

「うむ。よろしく。まだ右も左も分からぬ故、色々とお教えいただけると助かり申す」


 アルマー殿は、緑の衣服を着た恰幅のよい中年で、人当たりのよさが滲み出ている。世間話が好きそうなお節介おばさんと言ったところか。どの世界にもいるらしい。


 そう思っていると、アルマー殿が俺の身体をまじまじと見つめていた。


「それにしても珍妙な格好をしているのね!? 転生者は変わった服を着て転生してくるけれど、あんたほど奇妙な姿は見たことがないよ? その髪型もそうだし……下に穿いているのはスカートかい?」

「すかぁと? これははかまでござる」


 股を広げてみせる。


「へぇ! ズボンになってるんだ、おもしろいね」

「この頭はまげと申す。ころもや袴同様に、髷もこちらでは珍しいらしいね。ここへ来るまでに同じ姿のものには出会わなかった」

「ハハハ! そりゃそうさ、こっちでそんな格好している人はいないよ」


 メルテル殿をはじめ町の人々も、長崎警備で見かけた異国の人々にどことなく似た服装や髪型をしているようだ。


「早速だけど、ソーガさん。説明を始めてもいいかい?」

「頼む」

「まず転生者は、転生した国で転生者登録をすることになるんだよ。そして原則三カ月以内に王に謁見してもらうことになるの」

「王に?」

「そうだよ。ここはアステル王国にある町だから、いずれ、一度は王都へと行ってもらうことになるのさ」

「ほう」

「さ、これが転生者登録の用紙だよ」


 一枚の紙が目の前に置かれる。


 見ると色々と書き込む項目がある。意味がよく取れないものもあるが、話し言葉と同様に、文字自体はおおかた理解できた。


「登録が済むと、転生者は自由騎士って言う身分になるんだよ。だから、転生者が所属する冒険者ギルドは自由騎士ギルドとも呼ばれてるんだ」

「なるほど」


 話によると、転生者登録は、国王への謁見によって正式なものとなるようだ。しかし、各町や都市を治める藩主──こちらでは領主と言うらしいが、その領主に申請し仮登録を済ませれば、冒険者として活動できるらしい。


「シエンナにもリベルト様って言う気のいい領主がいるからね。すぐに仮登録は終わるよ。それが済めば、晴れてあんたも自由騎士だ」

「うむ。訊きたいのだが、その騎士っていうのはなんね?」

「王国に所属する兵士のことだよ。戦争になったら国王や領主の下で戦い、平時は貴族の護衛や町の警備をする仕事さ」


 なるほど。武士と似たようなものか……。


「けど、転生者は自由騎士。つまり騎士の身分だけど、自由の身なのさ。自国の領地内ならば自由に旅ができるんだよ」

「ほう」

「ギルドの掛け持ちもできるし、あんまり神経質にならなくっていいんだよ。まずは、ここに名前を書いて」

「承知した」


 名前を書き込んでいると、奥から二人の女人にょにんが姿を見せた。背の小さい娘と背の高い妙齢の女だ。


「あれ? もしかして新しい人~!?」


 小さい方が、飛びつかんばかりにこちらへ寄って来る。物珍しそうに俺の顔を見上げる。


「ねえねえ、なんでチョンマゲ頭なの? 服も時代劇みたいだし。もしかしてコスプレ中に死んじゃったの?」

「ちょっとリリィさん。いきなり失礼ですよ」

「アハハ、いっけね! はじめまして、あたしの名前はリリィ。よろしくね」

「仲間が失礼しました。ルージュと申します」


 背の高い女はそう言うとにこやかに笑った。

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