第3話 サムライ、転生早々、聖女メルテルを助ける

 まばゆい光が薄らぐと、そこは森の中だった。


「ここが、エルーテ・ロンドか?」


 周囲を見渡すが、異世界に来たという実感はあまり湧かない。木々の種類が違うくらいで、何の変哲もない森である。


 シエンナという町に行けと言うておったな。


 取りあえず森を抜けるために歩く。ややすると、木立の間に人影が見えた。若い女子おなごの声がして、その声は何やら切羽詰まった様子である。


「い、嫌です。ルデリーノさん、やめてください……!」

「いいじゃねぇか。ここまで運んでやったんだぜ? ちょっとくらいイイだろ」


 男の声もする。揉み合っているように二人の姿が激しく動いている。


「お願いです。ちゃんと運賃は払いしますから」

「そんなもんいらねぇよ。会った時からアンタに惚れてたんだ。だからよ、ずーっと身体を隠してるそのマント、脱げよ。どんな身体してんだ? 見せろよ」

「嫌……!」

「ほら、脱げって!」


 急いで木々を抜け、二人の前に飛び出す。若い男が押し倒した娘に覆いかぶさっていた。


 やれやれ、転生して早々に……。


「うおぉ!?」


 こちらに驚いて、男が身体を起こす。


「何をしておる?」

「な、なんだぁ、オッサン。どこから湧いてきやがった!?」

「た、助けてください……」

「…………」


 胸元の乱れを手で隠しながら、娘は這うように俺の足元にすがりついた。年の頃は十五前後だろうか。温かみのある金色の髪と不思議な紫色の瞳の娘だった。


「誰だか知らねぇが、さっさと消えな! 若いもんのが愛し合ってんだ。邪魔すんのは野暮ってもんだぜ?」

いた者どうしなら何も言わん。が、そうは見えんぞ?」

「この方にシエンナまで馬車で送ってもらっていたのです。ですが、急にお代はいらないからと森の中に連れ込まれて……」


 娘は震えながらそう訴えた。


「恩を着せ、それに付け入り女を襲うとは。恥ずかしくはないのか?」


 そう言うと男がこちらを睨んで舌打ちする。


「なんだ、偉そうに……。ハハッ! よく見りゃ、ずいぶんとチビなオッサンだな。それに変な頭しやがって。ま、いい。怪我したくなきゃ、さっさと行くんだな」

「そうはいかん。武士として見過ごせん」

「うるせぇ! 引っ込んでろって言ってんだろ!」


 男がいきなり殴りかかってきた。こちらが軽く身を躱すと、足をもつれさせて勝手に地に膝を着いた。


「このやろ!」


 もう一度、大振りで殴りかかって来る。心の中で嘆息し、また躱す。足を引っかけると今度はばたりと倒れた。


「──っ、てめぇ!」


 起き上がった男は、顔を真っ赤にして懐から短刀を取り出した。娘が声をひきつらせる。

 短刀を弄びながら、時折、こちらを脅す仕草で笑っている。


 やれやれ……。


「おら! おら! オラッ!!」


 いざ本気で刺そうとする呼吸は、手に取るように分かりやすいものだった。軽く手首をひっかけて、投げ飛ばす。


「ぐわぁ!」


 男は背中から落ちた。短刀を手放し、痛みで転げまわる。


「て、てんめぇ、よくも! ……ヒィ!?」


 落ちた短刀を拾い男の胸元に突き付ける。


「これ以上、恥を上塗りする必要もあるまい。去れ」

「……っ! お、憶えていやがれ!!」


 男は逃げるように馬に跨った。


 珍しいことに馬の後ろに布を張った荷車がくっついている。荷車の中には、色々なものが積まれていた。

 先ほど娘が『馬車』と呼んでいたのはあれか。牛車ぎっしゃと言うのは知っているが馬車と言うのは初めて見る。


「ルデリーノさん、待ってください」


 娘は男に駆け寄り、小さな袋を渡した。


「これ、ここまで運んでくれたお礼です」

「な……っ!」


 底抜けに律儀な娘のようだ。男は何とも言えない表情をすると、無言でそれをむしり取り馬車と共に消えていった。


「助けていただき、ありがとうございました」

「うむ、怪我はなかったか?」

「はい。ええと、お名前をお聞きしても?」

「うむ。拙者せっしゃ槍賀そうが蔵人くろうどと申す」

「ソーガ・クロード様……。本当にありがとうございました。クロード様はわたしの命の恩人です。わたしはメルテル。メルテル・ステラベルと申します。聖都ティナリスにて聖女の修業をしておりました」


 メルテル・ステラベル。


「似ているな……」

「え?」

「あ、いや。何でもないのだ」


 今さらだが、ふと気づいたことがある。言葉は分かるようにしていると言われたが、なるほど、ちゃんと互いに話が通じるようだな。【聖女】と言うのが何なのかは分からんが。


 彼女はマントとか言う丈の長い衣に身を包んでいた。彼女の髪や目の色と同様に見慣れないものだが、旅人の装いであることは想像がつく。


「旅をしているのか?」

「はい」

「たった一人でか?」

「ええ、訳あってシエンナの町まで」

「そうか。俺もシエンナへ行くところなのだ」


 そう言うと、まだどこか不安げだった彼女の顔が和らいだ。


「そうなのですか? よかった……。クロード様が一緒ならば心強いです」

「うむ。旅は道連れ、共に参ろう」

「はい、クロード様」

「俺もこっちの世界のことはまったく分からないから、そなたが一緒ならば心強い」

「こっちの世界……? クロード様はもしや、転生者様なのですか?」


 こちらを見上げて、彼女が紫色の瞳を瞬かせる。


「うむ。知っておるのか?」

「ええ、聖都でも活躍されておりますから」

「なるほど。転生者とはそれほど珍しい存在でもないのだな」


 俺は、メルテル殿と共にシエンナの町へと歩き出した。


「聖都ティナリスでは、光輪の大聖女エレオノーラ様に師事し、そこで光の三神に祈りを捧げ、【聖術】を習得するために励んでいました」

「せいじゅつ?」

「神や精霊とつながることで得られる力のことです。転生者をはじめ多くの方が使える【魔術】とは違い、【聖術】は修道士や聖女などの光の三神に仕える聖職者のみが使える特別な力なのです」

「ほう、おもしろいね。たとえば、どのようなことができるのだ?」

「傷や病を癒したり、体内から毒を消し去ったり。また、死霊や不死の魔物を浄化する力を持ちます。魔物が近寄らないように結界を作ったりすることもできるのですよ」

「なるほど……。聖女とは、神社にいる巫女のような存在なのだな」


 メルテル殿の顔を見る。どこか浮かない様子だった。


「メルテル殿」

「なんでしょう?」

「そなたは、どうしてシエンナの町まで旅をしているとね? さっき訳があると言うておったが、あまり旅慣れているようにも見えぬ。よほどの事情があったとね?」

「それは……」


 彼女は、足元に視線を落とした。


「いや、無理に言う必要はないよ。色々と人に言えぬこともござろうから。いやはや、立ち入ったことを訊いてしまったな、失礼」

「いえ」


 緑の丘をしばらく進むと、眼下に町が見えてきた。


「おお。あれが、シエンナの町かな?」

「ええ、そうだと思います」

「美しいな」


 丘を下っていく。


「婚約を、申し込まれたのです。わたしよりも身分の高いお方でした……」


 ゆっくりと歩きながら、メルテル殿はそう言った。


「ですが、晩餐会でそのお方に婚約破棄を言い渡されたのです」


 それを聞き、意味が理解できずに首を捻った。


「相手の男がメルテル殿に婚約を申し込んだはず。それを自ら破棄したと? どういうことね?」

「ええ。わたしも最初はよくわかりませんでした。婚約を申し込まれた際に、相手の方には丁重にお断りをしていたのです。わたしは、まだまだ聖女として修行の身ですし、エレオノーラ様の下で神に祈りを捧げる日々を大事にしたかったので」

「うむ」

「けれど……」


 そう言うと、メルテル殿は苦しそうに胸に手を置いた。

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