第3話 後手必殺! トト・ブランク

『――お前の母の名は、ドロシー・ワークだ』


「どろ、しー……?」


『ああ、彼女の遺伝子提供により、呪いを受けた肉体――、悪魔の特典を受けた彼女が子を産めば、その特典も宿るだろう……という実験だ』


 言っていることはよく分からなかった。

 でも、とにかくわたしには、お母さんがいる……。


『人工母体での急成長……、年齢は一気に八歳……さらに十二歳まで成長する見込みです』

『ドロシーの外見年齢は確か十九から二十二だったな……そこまで成長できるのか?』

『急成長に体が耐えて維持できるか分かりませんが……やってみましょう』


 わたしは狭いカプセルの中にいる……、意識が明滅し、それを繰り返す。

 体の内側からみしみしという音が聞こえ、膝や肘の関節部分が急に痛くなる。


「うぅ……やだ、助け、て……っ」


『成功です。ただ……、先手必勝が宿っているかは実験をしないことには……』

『なら、早速試してみよう。フィールドバックを出せるか?』

『はい、問題ありません』


 わたしは狭いカプセルから出され、だけどまた、今度は広いドーム状の空間に放り込まれた。

 目の前には黒く、どろどろとした生き物なのかどうかも分からない存在がいて……。


 透明なガラスになっている天井から見下ろしているのは、白衣を着た二人の男……。

 一人は若い男で、一人は白髪の老人で……。


『トト、先手必勝を使わないと死んでしまうぞ? さあ、早く使ってみなさい』

「え、で、でも、どうすればいいのか――」


『目の前のそれを敵と認識しなさい。そしてお前が拳を当てるだけで、その存在は爆発し、霧散するはずだよ――拳の威力は気にしなくていい、扉をノックするようなものだ』


 言われた通り、わたしは目の前の存在を敵とした。

 そもそも言われなくても、黒い存在はわたしを捕食しようと、口なのか分からないそこを開いたのだ。滴りかけた水滴が、鋭く固まり、牙にも見える……だからわたしは、これをどうにかしないと殺されてしまう。


 本能的に、敵であると認識しているはず……、

 だから言われた通りに拳を軽く、黒い存在に当てた、けど……、


 相手が水分だからか、ずぶ、と、拳が入ってしまった。


「え……、な、むぐ!?」


『先手必勝、発動しませんね……』


『細かい条件こそ、ドロシーには聞いていなかったからのう……細部が違うのかもしれんな』

『それとも、まったく別の先手必勝になっているのかも――』

『ふむ、実験を繰り返すしかないか――』


 二人は闇に沈んでいくわたしを助けてはくれなかった。

 わたしを観察しているけど、見てはくれていない……。


 前からそうだった。

 わたしが甘えようと近づくと、殴られたり、蹴ったりしてきて……、それが愛情なんだって思っていた……でも。カプセルの中から見た小さな女の子は、白衣を着た男の人に頭を撫でられていて……ああ、愛情って、これなんだな、と気づいた。


 わたしを生み出した二人は、父親なんかじゃない。


 父親だとしても、殴ったり、蹴ったりすることが、愛情表現だとは思えない……。


 わたしは、違うんだ。

 大切にされる存在じゃない、愛される子じゃない……。


「んぐ、ひぎぃ、ぎばぁああああああああああああああああああああああっっ!?!?」


 肩に食い込んだ鋭い牙。

 その痛みが、わたしの体を駆け抜ける。


『……痛みの感度は下げているはずですが……』

『ふん、気を引きたいがための演技だろう、放っておけ。フィールドバックに飲み込まれても構わん。どうせあいつは実験体の一つだ。代わりは他にもいくらでも――』


 その時、黒い存在が爆発し、霧散した。

 まるで、さっき二人が言っていた、先手必勝の効果が出たように――。


『い、今……なにが起きたんですか!?』


『先手必勝じゃあ、ないな……しかし同じ効果だとすれば――なるほど、遺伝子によって継承されることはされるが、そっくりそのままというわけではないのか――』


『どういうことですか、博士!』

『先手必勝じゃあない……逆だ。あの子は【後手必殺】を手に入れた』


 分からない、けど……わたしはなんとか、生きられた……?


『よくやったぞ、トト! お前の価値を確かなものにするために、もっとたくさんのフィールドバックを相手にしてくれ――』


 そして、次々と現れる黒い存在……、

 わたしは、その存在との命懸けの戦いを強いられた。




 どうしてわたしがこんな目に?

 どうしてわたしは、生まれてきてしまったの?


 こんな世界に。こんな場所に。こんな存在に――こんな呪いを持って。


 遺伝子提供さえされなければ――お母さんが、協力なんてしなければ――。


 わたしは、生まれてくることもなかったのに。


 こんな、扱いを、受けることも……、こうして人を殺すこともなかったのにッ!!


 若い男と、老人……そして、小さな女の子。


 血溜まりが広がっていく。




 後手必殺。

 一度でも相手から攻撃を受ければ、次に当たるわたしの攻撃は、相手を必ず絶命させる。

 ただし相手から受ける痛みは千倍になっているんだけどね……。



 先手必勝と後手必殺。

 それが同時に発動すれば――、共倒れを狙うことは、難しくない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る