第31話 弾幕に隠されたもの 解答編

「紅理子ちゃんの助力でも上手くいかなかったのなら……これはもう、わたしが自分でやるしかないわね」


 そう言って、雪花は自らパッドを握る。


「紅理子ちゃん、悪いけど鐘太と場所を変わってくれるかしら?」

「はいはい。そりゃここは鐘太パイセンが来ないといけないところッスよね」


 わけ知り顔の紅理子ちゃんと場所を入れ替わる。

 雪花と二人、ノートパソコンに向きあい。


「始める前に、いくつか確認」


 そう前置いて。


「わたしは、鐘太の小説の着想にわたしの弾幕が関わっている可能性を考慮していたわ。でも、違うわね?」

「そうだな。一般的な弾幕の勉強をした成果で書いている」

「なら、自分の小説で弾幕をどういう風に扱ったか、そこを想い出しながらわたしのプレイを見て」


 正面に座る紅理子ちゃんが、なんだか雪花を哀れむように、そして俺を蔑むように見ているのが気がかりだが、言われたようにしよう。


 つまり、この弾幕に何か暗号が隠されている、ということなのだろう。


 俺はそれを読み解けなかった。

 これだけヒントを出されれば、そこまではわかる。


「では、始めるわね」


 流石は作者である。まったく危なげがない。


 最初の弾幕は気づけば簡単とはいえ、縦の動きが僅かのブレもない。

 完璧な動きで、避けきった。


 次は、左上で待ち構えて、これもブレなく真下におり、右下へ。

 画面の左辺と下辺をなぞって鋭く移動していた。


 ん? 左辺と、下辺。

 最初が、縦移動?


 何かが、俺の頭に引っかかった。


 次は回るんだったな……回る? この流れでか?


 さっき、紅理子ちゃんは二つ目で予想がついていた。


 その事実と、この三つ目。


 いや、しかし、そんなことが、あるの、か?


 当然俺は、続きの弾幕の動きも知っている。

 今、引っかかった可能性を加味して、弾幕を読み解くと……


 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 まさか、そんなことが、ある、のか?


 勘違いだったら困る。このプレイを見届けて確証を得ないといけない。


 とはいえ、さっき雪花がすごく共感したのは、どこにだった?


 なんだか顔が熱い。


 次の弾幕は、画面の左上から斜め下斜め上。

 V字に移動、だよ、な。


 雪花の動きが鋭角的なので、一層際立っている。


 もう、ほぼ間違いないな。

 益々顔が熱を持つので、弾幕の谷間でふと顔を上げる。


 すると、紅理子ちゃんが正面の席でなんだか微笑ましいものを見るように、俺たちを見ていた。


 そして、紅理子ちゃんの向こう、いつも座っている位置からは背後になるので見えなかった島の机を見ると、同じような表情で他の部員も俺たちを見守っていた。部長はなぜか、机上におかれた炊飯器からよそって白米を食べていた。


 なんだ、これ?


 恥ずかしくなって、視線をノートパソコンに戻す。

 次の弾幕が始まっていた。紅理子ちゃん言うところのモグラ叩き。


 そうだ。


 九個の魔方陣を線で結ぶと、田の字になる。

 だが、真ん中と右端の縦の移動はない。


 もう、ここまでくれば、わかる。


 次の弾幕の軌道は、画面を三つに等分する線になる。

 次の弾幕は、グルグル回るから、円。


 最後は、結果的に左辺と下辺と右辺を行ったり来たりすることになる。


 すべてクリアして、


FROM YUKIKA


 が表示される。他ならぬ、雪花のプレイの結果として。


 そうだ。


 そういうことならここは『BY』ではなく『FROM』が正しい。


「気づいてもらえたかしら?」

「あ、ああ」


 俺の目を真っすぐ見つめる雪花。

 隣に座っているので、いつもよりずっと距離が近い。


 その距離で、俺はまっすぐに雪花を見返す。


「それで、返事が欲しいんだけれど?」

「今、すぐに?」

「これだけ焦らしておいて、待たせる権利があると思うのかしら」


 相変わらずの無表情だが、それでも雪花が少々お怒りなのは伝わってくる。


 それは、そうだろうな。


 雪花が創った弾幕は八つ。

 それぞれの攻略法に従った自機の動きは。


 第一の弾幕は縦移動。アルファベットに見立てれば、I。

 第二の弾幕は左辺と下辺の移動。アルファベットに見立てれば、L。

 第三の弾幕は円運動。アルファベットに見立てれば、O。

 第四の弾幕はV字移動。そのまま、V。

 第五の弾幕は田の真ん中と右端の縦棒の抜けた移動。アルファベットに見立てれば、E。

 第六の弾幕は画面を三分割する線の移動。アルファベットに見立てれば、Y。

 第七の弾幕は円運動。アルファベットに見立てれば、O。

 第八の弾幕は左辺と下辺と右辺の移動。アルファベットに見立てれば、U。


 並べれば。


 I LOVE YOU


 だからこその、FROM YUKIKA。


 ストレートな、愛の告白だった。


 思えば、雪花とはずっと一緒だった。

 俺が小説を書くのは、高校に入ってからはずっと雪花のためだった。

 雪花を笑顔にするため、という目的に嘘はないが。

 そこまで雪花にこだわったのは。

 そうだな。

 認めないとな。


 結局は、俺も同じ気持ちだったのか。


 でも、それは創作に対しての不純な動機に思えたのだ。

 全部は覚えていないヴァン・ダインの二十則に、色恋沙汰は出すなというのがある。

 そういうのも、関わっていたのかもしれない。


 いや、それは、苦しい言い訳か。


 認めよう。


 俺は、雪花が好きだったのだ。

 ずっと、最初から。

 なら、もう。


 答えは、決まっている。


 それでも、言葉にするのは勇気がいるな。


 同じ思いだからこそ、雪花は弾幕に託したのだろう。


 ん? ということは。


「えっと……次の小説で返事をする、というのではダメか?」


 文芸部室にブーイングが響いた。紅理子ちゃんは頭を抱えている。


 雪花も無言で俺の目をじっと見つめてくる。


 そして、何を思ったか俺の頭の後ろに手を回し。

 瞳を閉じ。

 軽く、その唇で俺の唇に触れ。

 離す。


 今度は、文芸部室がざわめいていた。紅理子ちゃんは両手で顔を覆って指の隙間から見るベタなことをしていた。


「返事は次の作品でいいわ。それはそれとして、わたしのファースト・キスの責任はとってくれるかしら?」


 いや、もちろん、求められている答えを書くつもりだったが。


 これは脅迫じゃないか?


 だからと言って「自分からしてきておいて」とかいったら袋叩きにされるだろうな。


「わかった。必ず、次の作品で答えるよ」


 これが、ほぼほぼOKの返事ということになるだろう。

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