第22話 堅苦しく考えすぎて

「え、あ、は、はい」


 告げられた事実に、変な答えを返してしまった。


 予想はしていたのだけれども、これまでの印象と不惑を過ぎているという事実のギャップで脳が少々バグる。とはいえ、意外な真相はミステリの基本。


 なんとか理屈をつけて自分の中で折りあいをつけている間に、車が動き始めた。


「ポチッとな」


 ルージュさんが擬音を口走ったかと思うと、車内に音楽が流れ始める。女性ボーカルの妙にテンションの高い曲だった。『SAN値ピンチ』と連呼しているが、今日プレイしたゲームの関係の曲だろうか?


「あ、ここからはもうハンドルネームはいいッスよ。って、まぁ、お互い本名ではあるッスけど」

「でも、そうすると……」


 ルージュさんは、どう呼べばいいんだ? 迷っていると。


「ああ、あたしは真紅でもルージュでもどっちでもお好きな方で」


 と言ってくれたので。


「では、ルージュさんで」


 正直、後輩の母親を名前呼びするのは少々抵抗があったのでありがたい。


「鐘太パイセンがそっちを選んでくれてよかったッス。さすがに部活の先輩に母親を名前呼びされるのは娘として色々複雑な気分ッスから」


 どうやら、紅理子ちゃんも同じように感じていたらしい。


「ま、あたしは三十年近くルージュを名乗ってるからね。半ば本名みたいなものよ」


 ハンドルを握りながら楽しそうにいう。


 そんなルージュさんが紅理子ちゃんの母親ということは。


「もしかして、あのゲーセンにルージュさんがいたのは、紅理子ちゃんの差し金、とか?」


 TRPGの件のように手を回してくれたと考えるのは、穿ちすぎだろうか?


「それはないッス。確かに、鐘太パイセンがなぜか文芸部で小説だけでなく弾幕シューティングに意欲を見せてるみたいな話は家で部活の話をする流れでしたッスけど、それだけッスよ」

「若人が弾幕シューティングに取り組んでいるとか聞いたら、古参ゲーマーの血が疼いてね。ゲーセンに行きたくなって衝動的にあの穴場にいっただけね」


 それはそれで筋は通っているのだが、


「すぐ近くに大きいゲーセンもありますよね? どうしてあの店だったんですか?」


 雪花によれば、大きいゲーセンの方には同じゲームもあってその上で品揃えも豊富という。品揃えだけでなく、もしあの日も車で来ていたのなら、あんな商店街の中の店より繁華街に近い大きい店の方が駐車場などもあって行き易かったんじゃないかと思うのだ。


「ああ、あっちのゲーセンは色々な人に目をつけられて、下手するとSNSで祭りになっちゃうんで行きづらいのよね」

「祭り?」

「母さんはかなりガチのシューターなんスよ。若い頃からずっとやってて未だ衰えず。家庭用ゲームのネットランキングでは未だに上位にRUGの名前があるッス。昔からゲーセンではアイドルっぽい扱いをされてきたんで、不用意に行くとファンに囲まれるんスよ」


 俺が疑問に思っていると紅理子ちゃんがフォローしてくれた。


「そういうわけで、何年も前から大きいゲーセンには行きづらくなってるんで、ネットに情報が上がってなくて人目につかないあの店にしたのよ」


 ルージュさんはルージュさんで、必然性があってあの店にいたということか。


「なので、鐘太君と会ったのは本当に偶然よ。蜂をサクッと倒して、光の巨人とも会いたくなってプレイしてたところに、鐘太君がひょっこり現れたってとこかな」


 あの前に蜂を倒してたとか、想像の及ばないぐらいにすごい人のようだ。


「実は声をかけた時点では、鐘太君という確信もなかったのよ。ただ、あの店は紅理子の高校から近くて、それでいて高校生が来るようなところじゃないよね。そうなると、あのタイミングで高校生が来たなら、男の子なら鐘太君、女の子ならその弾幕シューティングを創ってる氷室さんの可能性が高いだろうな、ってぐらいは予想ついたんで、カマをかけてみたら正解だったって寸法さ!」


 どうやらあのとき、俺の顔を覗きこんでいたのはハッタリの類らしい。


「母さんが未成年への声かけ事案を起こさなくてよかったッス……」


 紅理子ちゃんが、もしも人違いだったときのことを想像して頭を抱えているが、さもありなん。


「だから、さすがに紅理子ちゃんにそこまでしてもらえると思うのは、ちょっと思い上がりじゃないかな、って思うよ、鐘太君」


 言われてハッとする。ルージュさんがことさら丁寧に事情を説明してくれたのは、それを伝えるためだったらしい。


「そ、そうですね、思い上がってました」


 なんだか、紅理子ちゃんを都合のいい後輩みたいに思ってたと指摘されたようで、身を縮こめて羞恥に頬が熱くなる。


「とはいえ、この先、あまりにも不甲斐なかったら母さんを紹介するつもりぐらいはあったッスから、その程度には後輩に慕われてると思っても大丈夫ッスよ」


 俺が真面目に萎縮してるのを見てか、フォローしてくれる。いい後輩だ。


「それに、あたしにとっては弾幕シューティングよりも、鐘太パイセンの次回作ッスよ。次は何を書くんスか?」

「いや、まだまったく思いついてないんだ」


 書き方を変えた影響か、ネタがまったく浮かばなくなっているのだ。


「おやおやおやおや、悩んでるのかな、鐘太君?」


 なんだか楽しげに、ルージュさん。テンションは高いが車の運転は思いのほか安全運転で、安心して会話することができる。


「紅理子から事情は聞いてるんだけど、鐘太君は氷室さんを自分の作品で笑顔にしたいのよね?」

「はい、そうです」


 第三者から言われると照れくさくもあるが、ここで誤魔化さずに肯定できるぐらいには明確な目的だ。


「それで、氷室さんは弾幕シューティングを創ってるのよね?」

「ええ。それで、俺も作品を読んでもらっている手前、氷室さんの……」

「鐘太パイセン、名前で呼ばないと怒られるッスよ」


 なぜか即座に紅理子ちゃんにダメだしされたので言い直す。


「雪花の作品をちゃんと遊べるようになりたいと、弾幕シューティングを勉強しようとしてるんです」

「それが、あのゲーセンに繋がってるのよね?」


 なんだか不思議そうに、少し思案して。


「だったら、なんで弾幕シューティングネタの小説を書こうとしないのかな?」


 当たり前の結論のように、ルージュさんはそう言ったのだった。


「そうッスよ。今の鐘太パイセンの第一の目的は氷室パイセンを笑顔にすることなんスから、相手の好きなモノを取り入れるのは、自然だと思うんスけど」


 紅理子ちゃんも同じ意見のようだった。

 一方の俺は。


「その手が、あったか……」


 目から鱗だった。いや、でも。


「なんだか、相手の好きなモノで気を惹くのはアンフェアじゃないか?」


 弾幕シューティングをネタにしてしまえば、雪花の作品のための勉強が小説のネタにもなって効率がいいのは確かなのだが、どうにもあざといというか、不純な気がするのだ。


「鐘太パイセンらしい理屈ッスね。でも、氷室パイセンはどうッスか? 鐘太パイセンに挑戦するつもりで弾幕を創るみたいなこと言ってたように思うんスけど?」

「確かに、言っていたな」


 なぜそれを知っている? とも思ったが、よく考えれば部室での俺たちの会話は他の部員にも聞こえていて当然だろう。応接セットの配置上、雪花に小説を読んでもらっているときは他の部員に背を向けているので、ついつい忘れがちになる。


「だとしたら、向こうは完全に鐘太パイセンに向けて創ってくれるってことッスよ。なのに、鐘太パイセンが氷室パイセン向けに書かない方が、アンフェアじゃないッスか?」

「言われてみれば、そうか……でも、だからと言って露骨に気を惹くようなネタはやっぱり……」


 納得いく理屈ではあるのだが、なんだかそれでもモヤモヤするというか。


「鐘太パイセンは身構え過ぎなんスよ。物語は、もっとカジュアルに創っていいんスよ。相手を喜ばせるために相手の好きなモノを詰めこみました、っていうのは、むしろ素敵なことだとあたしは思うッスよ」

「そういう、ものか?」

「そういうものッス」


 強く断言された。


「おやおや、おやおやおや、これは、あたしの出番かな? 弾幕シューティングに限らず、シューティングゲーム関係ならなんでもござれだよ!」


 ルージュさんが心強いことを言ってくれるが、まだ、俺は結論を口にしていない。グイグイ来るのはこの人の性分か。


 ともあれ、ここまで言われたら「書いてみてもいいのだろう」という気にはなってきた。


「えっと、まだ俺は結論を口にしてなかったんで、そこはキッチリさせてください」

「まったく、堅っ苦しいねぇ」

「性分なんで」

「で、どうするの?」

「はい、俺は弾幕シューティングをネタにした小説を書いてみようと思います。ですが、詳しくないので、ルージュさんの力、ありがたくお借りしたいと思います」

「合点承知!」


 ということで、俺は弾幕シューティングネタで次の小説を考えることになったのだが。


「本当に、これでいいのか?」

「まだそんなことを言うんすか? いいんスよ! きっと氷室パイセンも喜んでくれますって」

「そ、そうか」


 結局、また紅理子ちゃんには色々とお世話になってしまった。更にルージュさんには今後もお世話になることになりそうだ。


 話がまとまったところで、


「それで、話変わって鐘太君に一つ、大事なことを聞いておかないといけないことに気づいたんだけど」


 ふいに、シリアスな口調になってルージュさんが問うてきた。


「え? な、なんでしょう?」


 いったい、どんな大事なことだろうか? 想像もできず身構えて応じたのだが。


「鐘太君の家ってどこ?」

「え?」


 流石にこの問いは想定の範囲外だった。


 車に乗る前も後もまったく聞かれなかったので、てっきり紅理子ちゃんから住所なりを聞いててそこへ向かっているものだと思いこんでいた。


 となると。


「って、母さん、これ、どこへ向かってたんスか?」


 紅理子ちゃんが俺の疑問を代弁してくれた。

 いや、本当に、これ、どこに連れていかれてるんだ?


「え? なんとなく、件のゲーセンの方面に」


 それを聞いて俺はホッとする。見当違いの方向じゃなくてよかった。


「それなら、あのゲーセンの近くで降りられそうなところまででいいです。俺の家、ゲーセンから五分ほどなんで」

「うんうん、あー、きっとそうだろうなーと思ったよ! なら、それで行こう!」


 明らかに誤魔化しているが、送ってもらっている身なので追求しないことにした。

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