第20話 SAN値のSANはSANITYのSAN
「おはようございます」
土曜の午前十時五十分。
ルージュさんとの約束通り、玄米テーブルスペースにやってきていた。
今度は一人で来たので緊張したが、難なく受付を済ませて足を踏み入れる。
と。
「あ、笑太パイセン、こっちッスよ!」
前にルージュさんがいたのと同じテーブルから聞き慣れた呼び声がしたので、見れば。
「あれ? kurikoちゃん?」
そこには、ピンクのワンピース姿の後輩がいた。
「はい、可愛い後輩のkurikoちゃんッスよ!」
まぁ、可愛いのは否定しないが、
「なんでここに?」
言いながらテーブルに向かうと。
「あっはっは、ちょっとしたサプライズってやつさ!」
答えは、お誕生日席に陣取ったルージュさんから。今日も真っ赤だ。
「うかつに笑太パイセンに教えたら部活中にその話になって、またあらぬ誤解を受けかねないッスからね。『楽しい文芸部活動』のためには、秘密にしておいた方がなにかといいかと思った次第ッス」
ただでさえkurikoちゃんは誤解を招く発言をしがちなんで、少しでも平穏を求める意図はありがたいと素直に受け取っておこう。それでも誤解を招く発言はしていた気がするが、そこには目を瞑って。
俺が最後だったようで、ルージュさんから向かって右側に俺と紅理子ちゃん。左側にゴージャスさんと囲炉裏さんというのが今日の席順となった。
「うふふ、今日もよろしくね」
先週同様着崩したシャツでこちらに身を乗り出すゴージャスさんに。
「今日も楽しみましょう」
スーツ姿で穏やかな紳士然とした囲炉裏さん。
「では、今日はこれよ!」
と、ルージュさんは名状しがたい化け物が表紙を飾る大判で分厚い本を掲げた。
「あ、その題材は知ってます」
有名なシェアードワールドの創作神話をタイトルに冠しているのだ。
「でも、あんなものが敵だと、とても倒せないんじゃぁ」
人智の及ばない宇宙的恐怖がテーマの神話だ。そんな神々とは戦うことすらできない気がするのだが。
「よくわかってるね! このゲームは倒すより逃げるのが賢明よ。邪神は、見ただけで最悪発狂するから!」
ああ、原作通り、か。
「このゲームの特徴はSAN
なるほど、あの世界観をこういう風にゲームに落としこんでいるのか。というか、先週聞こえた『さんち』は『産地』ではなく『SAN値』だったのか。
「判定は、能力値とか技能で成功率が決まるんで、百面体のサイコロ、もしくは十面体のサイコロ二つでそれぞれを十の位、一の位にして成功率以下を出せばいいって簡単なものだから、ま、初心者の笑太君でもできるっしょ!」
そうしてキャラクターシートが配られたのだが。
「これは、コンピューターゲームっぽいですね」
STRとかINTとかは、よく見かけるものだ。
「そうだよ。このゲーム、判定は簡単だけど、データは結構重たいのよね! でもまぁ、みんな慣れてるからサポートしてくれるよ! あたしもサポートするしね」
そうして、キャラクターを創り始める。一時間以上を要したけれども、kurikoちゃんをはじめとしたみんなに教えてもらいながら、どうにかキャラクターを作成することができた。
「なんだか、前の引っ張ってるッスね」
俺が創ったキャラは、ストリートミュージシャンだった。明確にそういう職業はないのだが『エンターテイナー』というのがあったので、それに準じるならOKというルージュさんの返事だった。こういったところもアナログで楽しい。
紅理子ちゃんが怪奇に強いジャーナリスト、ゴージャスさんが怪しげな依頼も請け負う私立探偵、囲炉裏さんが兄の病気を治すために医者を目指す医学生(女子)となった。取り留めのないメンバーだが、このゲームのキャラクターは『探索者』と呼ばれて好奇心でなんにでも首を突っこんでしまう人たちということだった。
なので、人捜しの依頼を受けた私立探偵が、協力者として情報通のジャーナリストを呼んだらその友人のミュージシャンと医学生が興味本位でついてきた、というような導入になった。それで物語が成立してしまうのだから、面白いものだ。
尋ね人が消えたとされる人里離れた港町に向かって調査を開始し、夜な夜な海から何かがくるのを発見したり、それを見たら正気度が下がって一時的狂気に陥った医学生が「お兄ちゃんはあたしのものよ!」と脈絡のないことを叫び続ける一幕もあったり、尋ね人の日記が見つかってヤバイところに行ったことが判明して、居場所を特定したら怪しげな儀式をする教団がいて追い駆け回されたり。
その場その場でキャラクターとして考えて一つ一つの行動をして物語が綴られていく流れには、以前遊んだ『サイコロ・ファンクション』のように物語関数の値をサイコロで決めてサクサク物語が生まれていくシステマチックさはなかった。
ゲームマスターが用意したシチュエーションに対してその場にいるキャラクターが相談して何かしらの行動をし、調べ物をするなら『図書館』の技能で判定したり調査のために施設に忍びこむなら『隠密』の技能で判定したり必要に応じてゲームマスターが判定を求めてシーンが進行していった。一種泥臭くも非常に自由度が高いシステムだ。
それでもやはり『このキャラクターたちだけの物語』がその場で生み出されていくのには違いなく、新鮮な感覚だった。
最終的に、尋ね人をあと一歩のところで救えず儀式の生贄にされてしまったのだが、日記と共に隠してあった遺留品の本を依頼人に届けて『居場所は突き止めた』ということで報酬はもらうビターエンドという感じだった。
ただしその遺留品の本、値打ちはありそうだが読んだら明らかにヤバイのを処分に困って依頼人に渡したという面もあった。こういう強引でダーティーな感じのラストが許されるのもTRPGの醍醐味なのだろう。
終わってみれば、みんな笑顔だった。ならば、ミッションの達成が微妙でも、セッションは成功だったのだ。
「どうだったかな?」
ルージュさんの言葉に。
「楽しかったです」
と即答できるセッションだった。
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