第19話 弾幕講座の効果

「驚いた。いきなり上手くなったわね」


 全然表情も変わらず平板な口調だが、俺のプレイに対してひ……雪花はそんな感想を述べてくれた。


 水曜日の文芸部室。月水金が公式の活動日なので昨日は休み。雪花から見れば、昨日の今日で腕前が変わったように見えるのだろう。


「月曜の部活の後に、なんかすごい上手い人と偶然会って色々と教えてもらったんだ」

「そうなの。でも、何を教えてもらえばこれほど変わるのかしら?」

「切り返しと、奇数弾、偶数弾、固定弾、ランダム弾」

「なるほど。基本中の基本ね。この最初の弾幕は奇数弾と気づいてしまえば上下に切り返してれば簡単に避けられるように設計してたから、腑には落ちるわね」


 これまでまったく手も足もでなかった弾幕だが、左右から無数に飛んでくる弾がすべて奇数弾だと気づいたのだ。左右に避けると発射地点に近づいて密度が濃いので厳しいが、画面の中央で上下に避けると、比較的簡単に避けられたのだ。


「でも、本当、吸収がいいのね、鐘太は」


 どうやら褒められているようだ。


「正直、無理かもしれないって思ってたけど、こうやって弾幕をクリアしてもらえるなら、人類に挑戦するのは辞めておこうかしらね」

「それがいいと思う。俺も、どうせならクリアできる方が楽しいから」


 今日、最初の弾幕をクリアできてすごく楽しかったのは事実だからな。


「そう言ってもらえるとありがたいわね。ちょっと思いついたこともあるし……そうね、鐘太に挑戦するつもりで弾幕を創ることに方針変更するわ」

「お手柔らかに、頼む」

「それは保証できないわ。でも、クリアできなくてもいい、という方針は撤回するわ」

「それで十分だ」


 ちょっとクリアできた程度で調子に乗っているかもしれないが、接待のような難易度だとそれはそれでアンフェアだからな。その辺りを理解して言ってくれているなら、嬉しいことだ。


「今のが一つ目で、全部だと、えっと」


 考えているネタがあるのか、それを無表情に指折り数えて。


「八つの弾幕になるはずだから、楽しみにしておいてね、鐘太」

「楽しみにしておくよ、雪花」


 他愛ない会話だが、呼び方が違うと、その、なんか照れくさい。


「わたしの方針は決まったけれど、鐘太の方はどうかしら? 次の作品」

「いや、それが……中々ネタが決まらなくて」

「そう。わたしが口出しするようなところでもないから、とやかくはいわないけれど。一皮剥けた鐘太の次回作を楽しみにしているのは、まぎれもない事実よ」


 なんだか、すごく嬉しいことを言ってくれる。無表情でも、言葉から伝わってくる。


「わかった。頑張って考えるよ」


 そうして、俺は島の席に戻る。名残惜しくもあるが、ずっといると雪花の特殊文芸を物す活動の邪魔になるからな。


 すると。


「鐘太パイセン、今日もお楽しみでしたね」

「いや、確かに楽しんだが……」


 なんだか変なノリの紅理子ちゃんが、ポニーテールやらを揺らしながら駆け寄ってきた。


「そうそう、これをお返ししようかと」


 差し出されたのは、月曜に貸した俺の作品の原稿だった。


「で、どうだった?」


 返すということは、読み終わったということだ。

 さっさと感想が聞きたくなるのは、書くものとしての自然な行動だろう。


「いやぁ、あたしがきっかけを与えたと思うと誇らしいッスね」


 胸を反らして自画自賛のようなことを言うが、事実なので誇っていいだろう。


「そこは、本当に紅理子ちゃんのお陰だよ。ありがとう」

「いえいえ、なんか、そんな風に言われると照れくさいっすね」


 言って、俺の隣の席に座る。腰を据えて話す気になったようだ。


「感想ッスけど、鐘太パイセンの小説で、初めてキャラの名前覚えたッスよ。主人公の名前は千沙菜ちさなッスね」


 なんとも微妙な評価だったが「正直、誰にも感情移入はできない」とまで言われていたところから考えると、いい評価だと受け取っておこう。


「なんというか、キャラクターが装置じゃなくて人間になったって感じッスかね」

「手厳しい意見だな」

「でも、事実だと鐘太パイセンは認めてるッスよね?」

「その通りだ。よく俺の作品を理解してるな」

「そりゃ、好きッスからね!」


 ガタリ、と椅子が動く音がする。同時に、なんだかパソコンのキーを叩く音もカチカチカチカチッターンと派手に聞こえた気がした。


「鐘太パイセンの作品が、ッスよ!」


 周りに訂正するためか、一際大きな声で紅理子ちゃんが口にしたことで、場の空気は元に戻る。


 俺は、比較的冷静に受け止めていた。正直「またか」という感じで。意図的か素かは解らないが紅理子ちゃんのラブコメ定番の誤解を招く表現にも、大分慣れてきたな。


 そうして、色々と有意義な感想を紅理子ちゃんからいただいたところで。


「そういえば、ずっと気になってたことがあるんスけど」


 と、紅理子ちゃんが切り出してきた。


「氷室パイセンって、小説は書かないんスかね?」


 今更の疑問だった。


「入部してから、一文字も書いてないよ。嵩都高校文芸部が誇る特殊文芸作家だからな。特殊文芸一筋だ」


 入部以来、ずっと読んでもらいつつ作品に触れてきたからな。間違いない。


「いや、それは解ってるんスけど、中学のときとかに書いたことはないのかな、とかは気になるんスよね」

「ああ、そういうことか……そういえば、聞いたことがないな」


 特に過去を聞くような場面もなかった。


「気になるんだったら、本人に聞いてみればいいんじゃないか、そこにいるし?」

「それはそうなんスけど……なんか、聞きづらいんスよね」


 まぁ、そうか。

 元々、俺以外からは敬遠されてるような感じで孤立しているからな。


「なら、俺から聞いてみようか?」

「ああ、大丈夫ッス! 鐘太パイセンを煩わせるようなことでもないッスから」

「そう、か?」


 何か妙な感じもするが、無理に聞くことでもないだろう。


「でも、どうして急にそんな疑問を持ったんだ?」

「そりゃ、文芸部にずっとプログラミングしている人がいたら、その人が小説を書たらどんなの書くかとかは気になるッスよ」

「なるほど、それはそうか」


 言われてみると、俺も特殊文芸作家の雪花が小説を書いたらどんなものを書くのか、興味はある。


「でも、当人が特殊文芸作家であることを望んでいる以上、よけいな詮索をしたり、無理に書かせようとしたりは、すべきでないだろうな」

「やっぱり、そうッスよね」


 少々未練がありそうだが、紅理子ちゃんも納得したようだった。


「それじゃ、あたしは戻るッス!」


 紅理子ちゃんは元いた席に戻り、スマホで何やら読み始めていた。


 俺も、残りの時間は持参していた文庫本を読みながら、次作のネタをゆるゆると考えて過ごすことにした。楽しみにしてもらえているのが解っていると、俄然やる気が湧いてくる。


 だが、やる気が湧いてもネタが湧いてくるかは別問題だと思い知る残り時間だった。

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