マスターシーン② その頃の紅理子

「鐘太パイセン、やっぱりすごいッスね」


 書き直した作品を読んでいて、つくづく思う。最初読んだときからキャラクター以外は最高だと思ったのだ。自分の嗜好にあうというか。


 だから鐘太がいつまでも前に進めないでいるのがもどかしくて、ブレイクスルーになればとTRPGに誘ったのだが。


「ここまで変わるんスねぇ」


 前までの作品ではキャラクターに愛着が持てず、正直、登場人物が誰でもいいような感じだったのだが、今回はこのキャラだからこその物語になっていて愛着も持てる。


 鐘太の書いた作品は、変身ヒロインものだった。


 コンプレックスを持った主人公の女の子が、正義のヒロインとなって人助けをしていくことでコンプレックスを克服していく、という、ありがちといえばありがちなテーマの小説だった。


「元は、コンプレックスの克服の理屈は上手いことつけてるし、伏線もしっかり張ってたんスが、理屈っぽ過ぎてキャラクターの感情が嘘くさかったんスけどねぇ」


 人間、理屈が通ったからと素直に納得するものじゃない。


 だが、鐘太の書く小説のキャラクターは理屈を通すと感情もその理屈に沿って変わっていく、という感じだったのだ。そこが最大の難点だった。


 話の筋立ても仕掛けもよくできているので物語全体としては綺麗にまとまっているけれど、その中にキャラクターが完全に埋もれている形だった。別に誰でもいい。誰が主人公でも同じ話になりそうな、そんな印象だった。


 なのに。


「今回は、理屈を素直に認められなかったり、筋が通らないことに納得してしまったり。物語の

中で、ちゃんとキャラクターが考えて答えを出してるように感じられるんスから」


 これなら、主人公の性格次第で話は全然変わってくる。


 TRPGで偶発的に生まれる物語を体験して衝撃を受けたのはわかる。元々の鐘太の創作手法とは真逆だから、それを期待してTRPGに誘ったのだから当然だ。


 だが、それでも。


 その衝撃を受けて、一日でここまで直したというのだから想像以上の成長だ。自分が与えたきっかけに、これほどのレスポンスが返ってくると誇らしい反面、不気味ですらある。


 とはいえ。


「鐘太パイセン、このテーマの作品を氷室パイセンに読ませるって、わかっててやってるんスかねぇ?」


 この物語の主人公の抱えていたコンプレックスは、胸が薄いことだ。


 そんな彼女が、『胸が薄ければ薄いほど強くなる』というネタのようなスーツを与えられて正義のヒロインとなる。そうして人助けをしている間にコンプレックスを克服して自分に自信を持っていく、というような内容だ。


 自分のサイズがサイズなので、あまり他の女子、それも先輩に言うのは意図せず嫌みになりかねないのでよろしくないが。


「氷室パイセン、全然ないッスもんねぇ。それをわかってないのかわかっててやってるのか……」


 口に出してみたところで、紅理子は本命と思える理由に思い至る。


「氷室パイセンを意識しているのか、ッスね」


 この作品に限らず、これまで読んだ鐘太の作品のヒロイン、基本的に薄型めがねっ娘だったのは偶然だろうか?


 とはいえ、そこは外野が口出しするところではないだろう。下手に干渉して『楽しい文芸部活動』が脅かされてはならない。レギュレーションを守るのである。


 そこでスマホがメッセージの着信を告げた。


「……って、なんで唐突に卓のお誘い?」


 TRPGはテーブル=卓を囲んで遊ぶものなので、TRPGを遊ぶことを単に『卓』と呼んだりする。要するに『卓のお誘い』というのは、『TRPGを遊ぶお誘い』ということである。


「まぁ、この面子なら喜んで参加するッスけど」


 早速返信をする。


「あ、でも、うん。また部活で二週連続で週末遊ぶとかだのなんだのという話になると面倒だし……あたしが参加することは鐘太パイセンには黙ってて。当日のサプライズってことで」


 とつけ加えておく。


「これでよし」


 何でそういう話になったのかは気になるものの、それは後で確認すればいいだろう。どういう形であれ、TRPGで遊ぶ機会があるというのはありがたいものである。


「と、そういえば『スペシャルな物語を、君へ』、今になって見つかるとか、あったりしないッスかねぇ」


 この作品については文芸部に入ってからずっと気になっていることがあった。それもあって鐘太に興味を持ってもらえたら何かしら協力してもらえるかという下心もあって話題に出したのだが、失敗に終わってしまった。


 今の鐘太は自分の作品のことを第一に考えるべきときだ。それはそれでよかったのだろう。


 この作品については紅理子自身の問題だから、無理に巻きこむ権利はない。自分でなんとかするしかないのだ。


 そのためにも、もう一度読み返して色々と気になっていることの確証を得たい。何しろ、三年も前に読んだ小説の内容だ。記憶違いや勘違いなんかもあるだろうから。


 しかし、ネット上から消えて久しく、確認の術もない。


 鐘太を巻きこめず自分でなんとかするしかないと気持ちを新たにした夜に、希望的観測が口をついてくるのもしかたないだろう。


 気まぐれにスマホで検索をかけてみる。


 口をついた言葉が希望的観測であることを自覚している紅理子は、まったく期待していなかった。


 なのに。


「嘘……なんで、あるッスか?」


 これまで、検索しても『スペシャル』とか『物語』とか『君』の単語に纏わるモノが引っかかるばかりで、『スペシャルな物語を、君へ』というタイトル全体での検索をかけると結果は0件だった。一ヶ月前にも検索してみたが、0件だった。


 今は違う。


 一件、結果が返っている。


 この一ヶ月の間に誰かがアップしたということか?


 ヒットしたのは『スペシャルな物語を、君へ(南日なんにち乃々のの).zip』というファイル。海外のアップロードサイトのようだ。


 作者名は南日乃々で間違いない。別人の同名作品ということもなさそうだ。


 かつて大好きだった作品の誘惑には勝てなかった。サイトを開き、ZIP形式で圧縮されたファイルをダウンロードする。


 こういうサイトは気を惹くタイトルのZIPにウィルスが仕込まれているようなこともあるが、スマホに常駐するウイルスチェックソフトの検索結果は問題なし。流石に、三年も経ってこのタイトルで罠を張る意味はないのだろう。


 そう考えると少し残念に思ってしまうのだから、ファン心理は複雑だ。


 安全を確認できたところで解凍すると、三十五個のテキストファイルが出てきた。ファイル名は、第一話.txt ~第三十五話.txt 。


「作者名だけでなく、話数も一致するッスね」


 続きが出なくなった最後の話数だから、そこは三年経っても覚えていた。第三十五話が最後だ。


「確認したいのは最後の方ッスけど……」


 紅理子も文芸部に入る程度には読書を嗜む人間だ。どうしても、最初から読み直したい衝動を押さえられない。


「せっかくだから、ゆっくり読むッスかね」


 奇しくも『スペシャルな物語を、君へ』が突然消えた教訓から、ネット小説で気になったものはダウンロードして読むようになった。そのため、小説を読むのに適したリーダーソフトは入っている。縦書きでルビもついた形で開かれるので、快適に読書できるのだ。


「ああ、そうそう、こういう始まりだった」


 懐かしさを胸に、読み始める。


「紅理子! 遅くなったけど、ご飯だよ!」

「あ、すぐ行くッス!」


 母親に食事に呼ばれるまで、読み耽ってしまっていた。


 因みに、紅理子の口調は好きな作品のキャラに影響されてのもので、先輩同輩後輩家族関係なく中学時代からこの調子だ。自分でも、原点を忘れるほどに自然になっていた口調である。


 今、スマホに開かれていたページには、デジタルなゲームにしか興味がない先輩に小説を読んでもらおうと苦心する後輩、つまりは主人公の台詞が表示されていた。


「小説ってのは、読むだけで色んな世界が体験できるんスよ! ゲームみたいにテクニックも要らないんス! だから、冬乃ふゆのパイセンもちょっとは読んでみて欲しいッス」


 とのことだ。

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