第18話 ルージュさんの超初心者向け弾幕講座

「弾幕シューティングを勉強したくて、このゲームをやってみようかと」

「おお、格ゲーじゃなくてシューティングか! シューターとは嬉しいじゃない!」


 テンションが高い。『シューター』というのは耳慣れない言葉だったが、言葉の響きから、恐らく『シューティングゲームを嗜む人』ぐらいの意味だろう。


「いえ、そういうのではないんですが、弾幕シューティングについて勉強しようかと」

「ほうほう、TRPGのみならず新しいものを学ぶ姿勢は善き哉! して、どうして勉強しようと?」

「部活の仲間が創ってて、それをちゃんと遊べるようになりたいと」


 グイグイ来られて、ついつい答えてしまう。


「ほぉほぉ……なるほど。ということは、その部活の仲間というのは、女の子だね?」

「え? そ、そうですけど、どうしてそう思ったんですか?」

「男の子が頑張るのは女の子のためって相場が決まってるからね! ラブコメとかじゃ定番でしょ?」

「いや、俺は別にラブコメをしているわけじゃないんですが」


 押されるがまま答えていたものの、なんだか気恥ずかしくなってしまった。これだと俺が、ひ……雪花をなんというかかんというかで言葉にしづらいのでぼかしておこう。


「うんうん、なんだかラブコメだけに白米が欲しくなる感じだけれど、それはさておき」


 意味のわからないことを口走り。


「弾幕ってことはこっちの蜂ね。見せてもらっていいかしら」

「見るほどのものではないですが」

「いいからいいから」


 完全にルージュさんのペースだが、プレイするのが目的だったのだから問題はないだろう。


 コインを投入して、スタート。


 前回の雪花のプレイから学んだのは、当たり判定が自機の見た目よりもはるかに小さいのと、動きすぎないことだった。


 画面の端からちょっとずつ動いていくと、確かに自分を狙ってくる弾は直前までいた位置に飛んでいくので躱せるのだが、画面は有限だ。すぐに追い詰められてしまう。


「あ……」


 被弾して自機は爆発し、次が出てくる。


「なるほどなるほど……あ、そこで一回大きく右に動いてから、左に動いてみて」

「え?」


 言われるまま、少しずつ右へ。残り三分の一で右へ大きく動くと。


「隙間が、できた?」

「そうそう。敵弾は自分を狙ってくるのはわかってるっぽいね。なら、大きく動けば前の弾と次の弾の狙う場所が大きく空くのは道理ってこと」


 なるほど。


「もちろん、動きすぎたら敵弾が散って逃げ場がなくなっちゃうけど、しっかり集めておいて、一度バラしてまた集めてってやればまぁ、なんとかなる。なんというか、そう、チョンチョンチョンチョンチョングーン、ぐらいのペースで動けば、逃げ道を作りつつ動けるってものよ」


 名状しがたい擬音ではあるが、なんとなく言いたいことはわかる。


 そうか、これが「動きすぎないことを意識しすぎてる」という雪花の指摘の答えか。『狙ってくるなら誘導すればいい』という観点がなかった。そう考えれば、時には大きく動く必要性もある。そういうことだろう。


「因みに今のがシューティング用語で『切り返し』っていうテクニックだから、覚えとくといいよ」


 用語があるならそれを調べることができる。帰ったら『切り返し』で調べてみよう。


 実際、チョンチョンチョンチョンチョングーン、を意識すると大分敵弾を躱す要領がつかめてきた。


 だが、にわか仕込みだ。


「さすがに、それだけでクリアできるほど簡単じゃないけどね」


 ボスの弾幕になすすべなくゲームオーバーとなった。

 それでも、ボスまでこれたのは初めてだった。


「ありがとうございました!」


 プレイ中、お礼を言う余裕がなかったので、立ち上がって頭を下げる。


「おやおや、礼儀正しいじゃないの。どういたしまして。でも、そんなかしこまらなくっていいよ。基本的なことしか教えてないんだから」

「いや、基本を知らないので『切り返し』という言葉を覚えただけでも、大きな収穫でした」

「そうかそうか……そのレベルなのね」


 そこで一度思案して。


「よっし! なら、もうちょっと用語を教えちゃおっかねぇ」

「いや、流石にそこまでしてもらうのは……」


 ほぼ初対面の人に一方的に教えてもらうばかりというのも気が引ける。


「ふ~む。あたしも気をつかわれるのは本意じゃないし、そうね。ギブ・アンド・テイクといきましょう! あたしの出す条件を呑んでくれたら笑太君はあたしの教えを受けられる、っていうのでどう?」


 なんだろう、そこまでして教えたいのを断るのも失礼だったのか?

 でも、ギブ・アンド・テイクの方がこちらとしても気が楽なのは事実。


「条件次第ですが……どんな条件ですか?」

「条件は、あたしの卓に入ること! よし、善は急げ! 次の土曜はどう?」

「空いてますが」


 ついつい勢いで正直に答えてしまった。


「決定! そうなると、知ってる人の方が安心だろうし……」


 ズボンのポケットからさっとスマホを出して、ポチポチ打ち始める。


「え?」

「うんうん、ゴージャスちゃんも囲炉裏さんも行けるみたいね」


 さっさと人を誘っていたようだ。というか、返事早いな。


「これで面子はなんとかなるね! テーブルも予約したから、次の土曜十一時に玄米テーブルスペースでね」


 あっという間に土曜の予定を埋められてしまった。

 勢いのある人だが、さすがにここまで流されると、


「って、まだ条件を呑んだ覚えはないんですが」


 ひとこと言っておきたくはなる。


「え? あたしとTRPG遊ぶの、いや?」


 上目遣いで哀しげな視線を向けてくる。

 あざといが、女性にこんな顔をされると心がざわついて仕方ない。


「いえいえ、そんなことはありません。別にまたTRPGを遊べるなら願ったりで嬉しいです。ただ、あまりに話の流れが一方的だったんでひとこと言っておかないとフェアじゃないと思ったというかなんというか」


 実際はありがたく思っていたので、素直な気持ちを告げて取り繕う。


「ああ、そうね。ちょっと強引だったかしらね」


 表情を一転させて、テヘペロという感じの表情でそんなことを宣い。


「さて、これで交換条件は成立! あたしは卓ができて嬉しい! 笑太君も弾幕シューティングの勉強ができて嬉しい! Win-Winだ! では、さっそく教えたげるね」


 なんなんだこの人は……と思わないでもないが、Win-Winなのは事実だ。

 ここは、学ぶべきを学ぼう。


「はい。お願いします」


 再び頭を下げる。


「だからそんなかしこまらなくていいって」


 そうして俺は、ルージュさんから基礎の基礎として、弾幕シューティングの弾の種類について教えてもらった。


 『奇数弾』『偶数弾』『固定弾』『ランダム弾』というものだ。弾幕は基本的にはこの四種類の組みあわせらしい。


 奇数弾と偶数弾は自機の場所を中心に狙って等間隔に撃たれる弾で、奇数だと真ん中の弾が自機に向かってくるので『動かないと当たる弾』、偶数だと真ん中が弾の隙間になるので『動かなければ当たらない弾』ということだ。


 固定弾は、自機の位置に関係なく固定の弾道を、ランダム弾はその名の通り法則性のないランダムな弾道、というのが端的な解釈だ。


 言葉で理解するとなんとなく弾幕が身近になったような気がして、これならもう少し雪花の弾幕と戯れることができるんじゃないか? という期待も生まれてくる。


「うんうんいい表情だねぇ。女の子を喜ばせることができそうだと期待する男の子の顔だ!」


 思わぬ収穫の喜びが顔に出ていたらしい。


「え、いや、別に、そういうのじゃ……」

「善き哉善き哉! っと、いい時間ね。夕飯の支度しないといけないから帰るね! じゃ、また土曜に玄米テーブルスペースで!」


 俺の言葉を流しシュタっと手を上げてタッタカと走り去る。

 なんともハイテンションで慌ただしい人だった。


「俺も、帰るか」


 のんびりし過ぎてすっかり暗くなった中、家路に着く。

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