第15話 紅理子ちゃんなりのTRPGシナリオ論
「結果オーライだぜ。今日はご飯を一段と美味しくいただけそうだ」
「いえいえ、あたしの計算通りッスよ」
「そういうことにしといてやろう」
「では、解散ッスね!」
「そうだな」
俺が島の席に戻ったところで部長の話も終わったようだ。
というか、俺とひ……雪花が作品と向きあっている間、ずっと話が続いていたのか? だとすると結構長かったのではないだろうか?
部長の下に集っていた部員たちはぞろぞろと席に戻ってきて、何事もなかったかのようにいつも通りの活動を始めていた。
俺はそんな様子を怪訝に思いながらも、雪花の指摘について原稿を確認しながら反芻していた。
「今度は物語、か」
キャラクターを動かした結果、キャラクターの動きは活きて想像していなかった物語にはなった。
だが、想定外が物語として面白いかどうかは別問題、ということだ。
『キャラクターにあわせて物語を変える』という、言葉にすれば単純なことに気づけたのはいいのだが、変えすぎたのだろう。元々、筋立てはいいと言われていたのに、そこを切ったのだから、致し方ない。
あちらを立てればこちらが立たず。そう簡単にいけば苦労はしない。そんな風に考えていると。
「鐘太パイセン、あたしも読ませてもらっていいッスか?」
いつの間にか俺の隣の席にやってきていた紅理子ちゃんだった。
「勿論」
「流石に氷室パイセンより前に読ませてもらうのはおこがましいッスから我慢してたんスけど、楽しみにしてたんスよ」
嬉しいことを言ってくれるな。原稿の確認は家でもできるし、読んでもらっていいだろう。
「どうぞ、紅理子ちゃん」
原稿を差し出せば、
「ありがとうッス!」
嬉しそうに受け取って、パラパラとめくり始める。
「元のデータは家にあるから、無理に部活中に読んで返さなくても、持って帰ってくれていいぞ」
先日もだが、いつも無理矢理最後まで読んでくれていたので、念を押しておく。
「あ、それならお言葉に甘えてお借りするッス! でも、せっかくなので、さわりだけでもここで読ませてもらうッスよ」
今日は席に戻っていかない。というか、荷物を持ってきているようだ。俺の隣で読もうという腹づもりらしい。何度か読んでもらったことはあるが、こういうのは初めてかもしれない。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッターンカチカチカチカチカチカチカチッターンカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッターン……。
なんだか今日は妙にひ……雪花のタイプ音が耳につく気がするのは、静かだからだろう。文芸部の活動としては、黙々と読んだり書いたりしていればいいので、別に静かなのは珍しくない気もするが、どうにも耳につく。
何か会話をしてまぎらわせるか。
紅理子ちゃんにはTRPGの件ではお世話になったし、これまで作品を読んでもらってはいるのに彼女の作品を読んだりはしていないんだよな。その辺り聞いてみるか。
「読みながらでいいが、ちょっといいか? そういえば、紅理子ちゃんは文芸部でどういう作品を書いてるんだ?」
「ああ、そういえば言ってなかったッスね。あたしが書いている、というかまだ書けてないんで『書こうとしてる』のは、TRPGのシナリオッスね」
原稿をめくる手は止めず、答えてくれた。
「TRPGのシナリオ、か」
先日プレイしたものは、物語の骨子としては『失恋した同級生の悩みをバンドの演奏の力で解決する』と一行でプロットが表現できるものだった。
同級生の悩みの本質的なものが、裏返されたカードとして用意されていて、それを表にしていくことで同級生の悩みを深く理解していく、という形でゲーム的な筋道は示されていた。
とはいえ、表にするための調べ方はプレイヤーがキャラクターの特技にあわせて提示して、サイコロによって成功失敗が決まるものだ。シナリオ作者がどうやって調べてくるか事前に分かるものではないし、サイコロの出目が悪ければ最後まで表にならないこともありえる。
幸いあのときはすべてのカードが表になって悩みの本質がわかった状態でクライマックスを迎えたが、全然悩みの本質を知らずにクライマックスを迎えてしまうことだってあるだろう。
「なんとなく小説とは異質なものになりそうなのはイメージできるが、TRPGのシナリオはどうやって書くものなんだ?」
興味を惹かれたので尋ねてみることにした。
「そうッスねぇ。小説と同じく、決まった書き方なんてものはないんで、あくまであたしの私見ッスけどね」
そう前置いて。
「小説との対比で言えば、『物語のプロットを分岐を含めて用意したモノ』っていうのは言えるッスかね」
「分岐を含めたプロット、か」
確かにそこはポイントになりそうだ。
キャラクターの行動によってまったく違う物語になるんだから、そこは想定しておくべきだろう。これは、俺がまったく想定できていなかったものでもあるな。
今回、キャラクターを入れ替えた書き直しによって物語は分岐したことになるが、その結果、行き当たりばったりでまとまりのない物語になってしまったというのが現状だろう。
「コンピューターゲームでもシナリオに分岐はあるッスけど、何せTRPGは分岐の制御もアナログッスからね。選択肢や条件を用意して分岐させるっていう部分は同じッスけど、事前に用意した選択肢や条件しか選ばせないような制御はできないッス。理論上、選択肢は無限に存在することになるんで事前にすべて分岐を用意するのは不可能ッスね」
それは、そうなんだが、
「それだと、どこまで書けばいいんだ? 無限の選択肢なんて書きようがないだろう」
「そこも色んな書き方があるッスけど、基本は『全部は書かない』んスよ」
「全部は書かない?」
「従来の鐘太パイセンの小説の書き方のように物語の流れをガッチリ決めるってことはそもそも不可能ッスからね。必ず隙間ができるッス。あたしの周囲の人の意見ではあるッスけど、そこを見越して、むしろセッションに参加しているゲームマスターとプレイヤーで隙間を埋めて楽しんでもらうぐらいのスタンスでシナリオを書くってことが多いみたいッスよ」
理屈は解るが、そんなに毎回上手くいくものだろうか?
「それだと、隙間を埋め損なって話が破綻したりもするんじゃないか?」
「するッスよ」
俺の危惧を、紅理子ちゃんはあっさり肯定して。
「そもそも小説とは前提が違うんスよ。TRPGっていうのは物語を綺麗にまとめるのが目的じゃないッス。破綻しようがなんだろうが、その日みんなで生み出した物語が楽しければそれでいいって遊びッス。少なくともあたしはそう思ってるッスよ」
「なるほど、な」
先日のセッションは上手くターゲットの悩みを解決できたが、できなかったらできなかったなりの物語が生まれて、それもまた楽しめたのかもしれない。
「そういう意味では、TRPGのシナリオって遊んでもらわないことには物語として成立しない未完成の物語とも言えるッス。あくまで提示するのはプロットだけで、詳細はセッションに参加する人で埋めてくださいねって感じッス」
「俺のまったく想像もしてなかった創作の世界だな。小説はどうやったって分岐のない一本道になるからな」
蒙が開けた思いだったが。
「一つの真実に収束するのが本分のミステリ好きの鐘太パイセンがそう感じるのはわかるッスけど、一本道の小説だからこそ擬似的に分岐を用意して話に彩りを加えるなんてことはよくあるように思うッスよ」
「そう、か?」
紅理子ちゃんから返ってきた、やんわりとした否定の言葉に開けた蒙の見直しを余儀なくされた。
「たとえば、タイムリープなんてSFの定番ネタッスけど、『あの日、こうしていればよかった……』っていうのを時を越えてやり直すのは、ゲームではリセットして選択肢を選び直すことに相当するッスよね。つまり、分岐ッス」
「そういう観点か」
言われてみればそうだ。己の不明を恥じねばならんな。
「あとは、ラブコメなんかで急にヒロインと仲良くなったなぁ、と思ったら主人公の妄想でした! みたいな演出も、本来の時間軸とは異なる妄想の時間軸を描くという意味では、一種の分岐と言えなくもないッスね」
「それは面白い観点だな。分岐というか『可能性を描写する』っていう方が適切な感じだが。小説としては一本道には違いがないからな」
「そうッスね。小説は決まったページ数で結末に辿りつくことになるッスから有限の可能性の一つの組みあわせしか描写できないッス。そういう意味では一本道には変わりないッスね。それでも、小説で描かれる物語が一本道かといえば必ずしもそうじゃないってことッス。『物語の分岐』は描こうと思えば描けるもんだと思うッスよ。一方で、TRPGのシナリオはその可能性が無限になるので描き切ることはできないんで、その辺を考慮しておかないといけないってことッスかね」
紅理子ちゃんのまとめで、大分腑に落ちたというか、TRPGで生み出される物語と小説の物語の根本的な違いと、小説に取り入れられそうな要素を認識できた気がする。
耳につくひ……雪花の打鍵音をまぎらそう程度に切り出した話だったが、期せず有意義な会話となったな。
「ありがとう。色々と参考になったよ」
「どういたしましてッス!」
俺の小説を読みながら、紅理子ちゃんは明るく応じてくれた。
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