第12話 ちょっと迂闊な『楽しい文芸部活動』
月曜日。
登校直後から、書き直した作品を氷室に読んでもらうのが楽しみでしかたなかった。
授業をつつがなく乗り切って意気揚々と文芸部の部室にやってくれば、最奥の定位置に既に氷室がいることを確認して気持ちが逸る。
他の部員が居並ぶ島の空席に荷物を置き、鞄から家で印刷してきたクリップで留めた原稿の束を取り出す。
氷室は特殊文芸のために私物のノートパソコンを持ちこんでいるのでデータでも構わない。それでも紙で読んで欲しいと思ってしまうのは、家が古書店で紙の本を読み続けてきたからか。
ともあれ、いよいよだ。
氷室の席へ向かおうと席を立とうとした瞬間。
「お、その紙束、新作ッスか!」
俺の席にポニーテールやらを揺らして駆け寄ってくる影。
「確かに土曜は刺激的な一日だったとは思うッスけど、そこから日曜だけで書き上げたってことッスか?」
紅理子ちゃんだった。俺の横に立って覗きこんでくる。原稿に興味津々なようだ。
思えばこの原稿がここにあるのは紅理子ちゃんのお陰も大きい。TRPGという刺激を与えた結果に興味を持つのも当然か。
正直、一刻も早く氷室に読んでもらいたいのではあるが、ここは無碍にせずちゃんと応じるべきだろう。
上げかけた腰を落ち着け、
「いや、新作というか、先週書いたのを物語の骨子は変えずにキャラクターを入れ替えて改稿しただけだよ」
と答える。
「いやいや、それでも長編一本を一日で書き直すのは大したもんッスよ!」
「そ、そうか」
なんだか褒め殺しのような流れで、悪い気はしないが辟易ともする。
「そうッスよ! 今日こそは、氷室パイセンもいい評価をくれるんじゃないッスか? 一皮剥けた鐘太パイセンの処女作ッスからね。ご武運を祈るッスよ、鐘太パイセン!」
面映ゆくなってくるが、俺が早く読んでもらいたがっているのも察してくれているのか、送り出すように話を終えてくれた。
ならば、この流れに乗ろう。
あと、鐘太パイセンと呼ばれて約束を思いだした。そうだな、名前で呼びあうことにしたんだった。
なら。
「ありがとう、紅理子ちゃん」
キチンとお礼を返すのが礼儀だろう。
紅理子ちゃんへの対応を終え、今度こそ席を立って氷室のいる応接セットへ向かおうと俺は椅子を引いて立ち上がった。すると、なぜか同時に椅子を引く音があちこちから響いてきた。
見回せば、他の部員が一斉にこっちへ向けて椅子を動かしたからだったのだが、一体なんなんだ?
と。
「紅理子ちゃん、ちょいとこっちへこようか」
まだ俺の側に立っていた紅理子ちゃんのもとに、くだけた口調の三つ編みお下げに大きなレンズの銀縁眼鏡をかけた女子がやってくる。「どこから見ても文学少女だろう?」(本人談)という自覚的文学少女にして、当部活の部長を務める三年の天川先輩である。
「おやおや、部長、なんの用ッスか?」
紅理子ちゃんは落ち着いて返事をしていた。
部長は基本的に部室内全体が見渡せる島のお誕生日席に陣取って「みんなの活動を見守ってやるぜ」と構えてはいるが、わざわざ部員に干渉してくることは珍しい。
何か、今の会話におかしなことがあっただろうか?
土曜にTRPGを教えてもらって刺激を受けたお陰で新作を書き上げられたので、その件のお礼を言っただけの会話だったが。
確かに、鐘太パイセンと呼ばれたので、約束通り紅理子ちゃんと呼びはしたが……って、これか。
週末に誘われたことは文芸部内では周知の事実。
休みが明けたら名前で呼びあっている。
思いっきり意味ありげだな。迂闊にもほどがある。
「恍けてもだめだ。色々と事情聴取させてもらうぜ。わたしたちの『楽しい文芸部活動』のために、な」
「なるほど。『楽しい文芸部活動』のためなら、しょうがないッスね」
紅理子ちゃんは部長の言葉に納得したように、入り口付近のお誕生日席へと連行されていった。他の部員もぞろぞろとそちらへ向かうので、俺も行った方がいいのかと思ったのだが。
「おいおい穂村君。君にはすぐにでもやらないといけねぇことがあるんじゃねぇか? 気にせず、君は君の楽しい文芸部活動を続けてくれたまえよ」
芝居がかった口調で文学少女部長に制止されてしまった。
どういうことだ?
もしかして、不純異性交遊を疑われているのか? そういうことがあれば、部活に何かしら制約が入るかも知れない。文芸部活動の危機と言えるだろう。また、もしもそういうことがあった場合は、まずは女子に話を聞く方がよいと判断して俺は遠ざけられた、とか?
少々無理のある推論だとは思うが、部長直々に命じられてはどうしようもない。
明らかに俺に聞こえないようにひそひそ話をしているのは気になるが、俺は俺のやるべきことをやろう。
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