第8話 サイコロが生み出す物語の衝撃
「それじゃぁ、バンドに入った順番を決めよう。サイコロを一つ、握ってくれ」
「え、サイコロを?」
「そうだ。例外も色々あるんだが、TRPGってのは基本はサイコロで色々決めるもんだと思っていい」
「ええと、どうすれば?」
「サイコロってのは、振るもんだ」
「確かにそうですね」
間の抜けたことを言ってしまったが、気を取り直してサイコロを振る。
俺の出目は三。kurikoちゃんが一、ゴージャスさんが五、囲炉裏さんが四だった。
「出目の小さい順にバンドに参加したことになる。ということで、kurikoちゃんが最初だからバンドの創始者。で、笑太君、囲炉裏さん、ゴージャスさんのキャラクターが順番にバンドに入ったってことになる」
なるほど。単純に出目の順番か。わかりやすい。
「で、次にバンドに入った経緯を決めようか。じゃぁ、所属した順番に振っていこう」
kurikoちゃんの振ったサイコロの目は四。
「なら、kurikoちゃんのキャラは『恩返し』、何かしらの恩を感じてバンドを結成したことになるな。どこかのバンドの音楽に救われたので、自分も音楽で人を救いたいとか、そんな感じかな」
「お、それはゲームのコンセプト的にもわかりやすくていいッスね」
などと言いつつ、何やらキャラクターシートの余白にメモしながらキャラのイメージをまとめ始めている。
え、これだけで、もうキャラができていくのか?
驚いていると。
「次はパイセンっすよ!」
「あ、ああ、そうか」
慌ててサイコロを振る。
出目は一。
「なら、『逃げられない』だな。やむにやまれぬ事情でバンドに入るしかなかった」
「それだったら、パイセンのキャラはあたしのキャラの幼馴染みにするとかどうッスか? 幼馴染み権限で無理矢理バンドに引っ張りこまれたとか」
「うんうん、いいんじゃない」
「そういうことなら、私のキャラは……」
kurikoちゃんの言葉を起点にゴージャスさんと囲炉裏さんが設定を提案し、一気にキャラクターの外堀が埋まっていく。
二回サイコロを振っただけで、既に物語のようなものが生まれていた。
「こんな簡単に、キャラが決まっていくんですね」
「そうだとも。このゲームは、『サイコロ・ファンクション』と呼ばれるものの一つでね。『サイコロの目の決定によってお手軽に物語が生まれていく』ってのがコンセプトなんだ。だから、キャラクターもサイコロを振って対応する表の内容を参照すれば大筋は決まってくる。零から作るより、ずっと簡単だろう?」
「はい。そう、ですね」
正直、戸惑っていた。
サイコロ・ファンクション。『出目を変数とした物語関数』とでもいうべきものか?
俺は小説のキャラを創るのに、何日も何日も悩みに悩んでようやく形になるというのが常だ。
なのに、こんなあっさりと「幼馴染みのバンドに引っ張りこまれたキャラクター。担当はベース」という設定ができあがった。これだけ決まっていれば物語の骨子としては充分だろう。
続いて、囲炉裏さんとゴージャスさんのキャラクターがバンドに入った経緯が決定されていく。
囲炉裏さんのキャラクターは『閃き』の出目が出たので「このバンドにビビッと来たので入った」ことに、ゴージャスさんのキャラは『生まれ持っての才』が出たので「才能を見こまれて引っ張りこまれた」ことになった。
なんだろう? 俺は、何をやらされているんだろう?
どうして、こんなに簡単にキャラクターの骨子を決めることができるんだ?
普段の俺なら数日かかる作業がものの数分で終わってしまったことに戸惑うばかりだ。
そこから、トールさんの説明に従ってゲームに使用するデータを埋めていく。
決まったパラメータを書きこんだり、演奏に対して重視するものが『論理』か『感情』か『技術』かを選んだり、六つの分野に分けて十一個ずつ提示された単語の中から一つずつそのキャラに相応しい特技となるものを選んだり。
十一個ということは、サイコロ二つの出目に対応しているので、悩むならサイコロを振って決めてしまうこともできる。
俺が特に考えこむ傾向にあるキャラクターの名前さえ、このゲームではサイコロを振れば決まってしまった。
出目で決まる関数によって、あっという間にキャラクターができあがる。
俺のキャラクターは高校一年生男子、ベーシストの
ここまでの設定を受けて、全員一年生で揃えてはと囲炉裏さんの提言があり、ゴージャスさんも了承。更には全員一年生なら、軽音部も自分たちで結成したということにしようという話も出てきた。GMのトールさんによれば、軽音部が最初からあるかないかは決まっていないから自分たちで創ったことにしても問題ないという返事。
最終的に、囲炉裏さんのキャラは直感で軽音部への入部を決めていたのに軽音部がないことに絶望したものの、軽音部結成を画策する御崎の噂を聞いてこれ幸いと飛びついてきた女子高生ギタリストの
そんな四人でバンドを結成することになった。
キャラクターを作成し始めてから三十分と経っていない。
なのに。
既に何かしらの物語性を秘めた四人のキャラクターができあがっていた。
文芸部で一年以上ぶったたかれても折れずに小説を書き続けてきた身としては、ここまで設定ができていれば御崎を主人公としてバンドを結成する短編ぐらいなら書けてしまいそうなレベルのキャラクター設定だった。
正直、衝撃的だった。こんな方法が、あるのか?
kurikoちゃんを見ると、俺の反応を楽しんでいる様子。
なんとなく彼女の意図は見えた気がする。キャラクターに関して伸び悩んでいる俺に、この衝撃を味わわせたかったのだろう。これは予備知識を持たず、まっさらな気持ちで向きあったからこそ味わえた衝撃だ。
「それじゃぁ、ゲームを始めていこうか」
打ちのめされてばかりもいられない。俺たちのバンドは、悩める同級生に向きあって心を救ってあげないといけないのだから。
TRPGのセッションが始まると、もう、プレイヤーはいなかった。みんな、キャラクターだった。
とはいえ演劇部のように全員がなりきってキャラクターを演じているかといえば、そうでもない。いや、囲炉裏さんが裏声で女子高生を熱演していたのはともかくとして、あくまで「キャラクターの主観で考えて行動する」ということだ。
これも、新鮮だった。
それでいて、キャラクターの立場で「こういう行動をする」と宣言をしたとしても、サイコロの出目次第で失敗することもあるのだ。そこが、単にキャラを演じる即興劇ではなくゲームであることを意識させる。
キャラクターの持つ特技にあわせて時にこじつけて行動し、演奏のスタイルで補助をし、最後の演奏ではサイコロの目に翻弄されつつもギリギリで心の壁を砕いて。
無事に、失恋で心を閉ざしてしまった同級生の心を救ってあげることができたのだった。
「いやぁ、よかったッス」
kurikoちゃんはターゲットに感情移入して涙ぐんでさえいる。俺も、カタルシスを感じていた。
事前にプロットを組むこともなく。
キャラ設定をあれこれ試行錯誤することもなく。
ただサイコロを振っていくだけでキャラクターが生まれ。
キャラクターの設定に沿って行動していくだけで。
時にサイコロの出目に翻弄されるのもアクセントになり。
カタルシスのある物語が、生まれたのだ。
「どうだった、初めてのTRPGは?」
無事に目的を達成してセッションを終えた俺に、トールさんが聞いてきた。
「楽しかったです」
素直に、そう言える心持ちだった。
「そりゃよかった!」
嬉しそうにトールさん。他のみんなもニコニコと笑顔だ。いや、kurikoちゃんだけはニヤニヤといった感じか? それでも、笑顔には違いない。
みんなが笑顔になれる時間だったことは、疑いようもない。
こうして衝撃的で楽しいTRPG体験の時間は、笑顔の内に終わることとなった。
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