第6話 テーブルスペースでやることとは?
「穂村パイセン、こっちッス!」
日曜の午前十時半。
自宅から三十分ほど電車に揺られて待ちあわせ場所の駅に着くと、改札を出て正面のコンビニ前に三田の姿があった。下はベージュのズボンで、薄手の桃色のシャツに白いカーディガンを羽織っている。「初夏らしい爽やかな装い」とでも描写すればいいんだろうか? 正直、女子の私服はよく解らん。
「で、どこに行くんだ?」
待ちあわせ場所と時間は指定されたものの、
「楽しい場所ッスよ。きっとパイセンに足りないものを見つけられると思うッス!」
と言うだけで教えてくれないのだ。お金がかかるとは聞いていたので入場料か利用料がかかる施設に行くのだろうとは思うが、範囲が広すぎてまったく予想がつかない。
「降りるッスよ」
二階に当たる改札を抜けて東側に出ると、ちょっとした広場のようになっていた。三田に先導されるままそこから北側へ抜けるエスカレーターを降りていく。行き先を知らない俺は、三田のあとをついていくほかない。
地上階に降りたところで、
「あ、信号青ですね。渡っちゃいましょう」
目の前の道を渡って、飲食店などがチラホラと並ぶ舗道を北へ向かっていく。途中で道が東へ折れていてそのまま道なりに進む。並んで歩く三田の足取りは軽い。
「ふふっ、穂村パイセンの反応が楽しみッスよ」
「一体俺は、どこに連れていかれるんだ?」
「まぁまぁ、もうすぐッスから」
事前に心の準備ができていなくて正直不安ではあるが、ここは三田を信じよう。あれだけ言って何も得るものがない、ということはないだろう。
しばらく道なりに歩いたところで、
「ここッス」
と言って立ち止まったのは、小規模なテナントビルだった。
「え、ここ? 入って大丈夫なのか?」
目立った看板もなく、一体何があるのか見た目ではまったく解らない。なんというか、あまり学生に縁のなさそうな場所だ。
「条例の関係で十六歳未満は無理ッスけど、あたしはもう誕生日過ぎてるから大丈夫ッスよ」
確かに高校一年生で誕生日を越えれば十六歳になる計算だが。
「待て、年齢制限のある場所。まさか、いかがわしい場所……なわけはないな。十八歳ではなく十六歳で条例の制限となると、ゲームセンターとかそういうところ、か? いや、ゲームセンターも閉店時間に関係なく帰らないといけない時間制限であって昼間なら入れないわけではなかったような?」
あまりにも解らないことだらけなので、思考ダダ漏れで返してしまう。
三田はアンダーリムの奥の瞳を楽しげに細め、
「穂村パイセンって、物知りッスよね」
にこやかに三田は言う。
「以前書いた小説のネタとして調べただけだ」
「ああ、そうなんスね。でも、うん。だったら、やっぱり何も教えなくて正解だったッスね」
勝手に三田は納得して頷いている。
「目的地はここッスよ」
三田は雑居ビルの入り口にある入居者のプレートを指差す。看板は出ていなくても、こういうのはあるのか。
指差されているのは五階。
「玄米テーブルスペース?」
そう書かれた、緑の背景に白抜きで稲穂と机とサイコロを重ねあわせた意匠のロゴがプレートには刻まれている。
「穂村パイセンの推理、いい線いってたってことだけは言っておくッス」
言われても、ピンとこない。
「テーブルスペースで、ゲームセンターがいい線? となるとテーブルゲーム。トランプとか、か? ん、サイコロもあるし、お金がかかるってことは……まさかカジノ?」
トランプは言わずもがな、サイコロは、日本の伝統的な賭博の道具だからな。
「網羅推理として思いつきを口にしてるだけだとは思うッスけど、さすがにあたしもカジノに部活の先輩を誘っていくほど豪胆じゃないッスよ」
「そりゃそうか」
「ともかく、ここまで来たんスから、あれこれ考えなくても行けば解るッスよ」
そうして、道から少し奥まったビルの入り口の狭いエレベーターに乗りこんで五階へと。
エレベーターのドアが開くと、左と正面が壁で、人一人が通れる程度の狭く短い通路が右に伸びていた。正面の壁の前に看板がおかれていて通路の先には暖簾が掛かっている。どうやらそちらが入り口のようだ。
暖簾を潜ると、店内は無骨なビルの外観と異なり、淡い色あいのカーペットが敷かれた清潔な印象のスペースが広がっていた。間違えても、カジノではないだろう。
正面にはカウンタがありスタッフとおぼしき女性が受付をしていた。入ってすぐ右手に靴箱があり、スリッパが用意されている。土足ではないようだ。
「おはようございまス!」
挨拶して三田が靴を靴箱にしまってスリッパに履き替えていると。
「あ、紅理子ちゃん。いらっしゃい」
正面のカウンタに座る女性が、気さくに声をかけてきた。どうやら顔見知りらしい。
「はい、めでたく先週十六歳になったんで、ようやく来ることができたッス! 年齢制限OKッスよね」
「うん。大丈夫大丈夫」
「では、今日からよろしくお願いしまス!」
元気よく頭を下げ、利用料金の支払いを行っていた。年齢制限は本当だったらしいが、今の会話からすると。
「え? 初めてくるところ、なのか?」
思わず聞いてしまうと。
「ああ、大丈夫ッス。ここに来るのは初めてでも、店のスタッフ含めて今ここにいる人たちも知りあいばっかなんで」
「そ、そうか」
いや、三田が知っていても、俺は誰も知らんぞ。
とはいえそれを言ってもどうしようもない。俺も、三田に習って靴を脱いでスリッパに履き替え。
「おはよう、ございます」
ぎこちなく挨拶すれば。
「いらっしゃいませ。ゆっくり遊んでいってくださいね」
受付の女性が丁寧に対応してくれる。
どうやら何かを遊ぶところではあるようだが、未だに何をするところかは解らない。聞けば教えてくれそうだが、ここまできたら三田が教えてくれるまでは聞かないでおこう。
決意新たに料金を支払って受付を済ませる。領収証が名刺サイズのカードなのが、味があるな。
改めて店内の様子を見渡してみると、受付のすぐ後ろが壁で左右にスペースが広がっていた。
受付左側にパーティションで区切られてテーブルが二つ。受付右側には少し開けたスペースがあり、その奥には左側と同じように、パーティションで区切られてテーブルが受付に向かって奥側に一つ、手前側に二つある。
また、パーティションの手前の開けたスペースの奥側には繁華街の老舗ラーメン屋で見かけるような一段高くなった畳のスペースがあり、そこには四人がけのこたつテーブルが置かれていた。
都合、六つのテーブルがあることになる。『テーブルスペース』という表現そのままの場所であるのは間違いない。先客もいるようだ。
受付右奥側のテーブルには、真っ赤な服を着て真っ赤なベレー帽を被った女性が誕生日席に座って何やら色々と荷物を広げていた。その他の席にも人がいるようだが、パーティションの影でよく見えない。何やら『さんち』がどうのという言葉が聞こえてきたが、土産物でも配っているのだろうか? 『名状しがたい』とも言っているから、レアな土産物、か?
左の奥には、俺の父親ぐらいの年代と思しきがっしりした体格の男性が、同じく誕生日席に座って荷物を広げていた。他の席にも人がいるようだが、こちらもパーティションの影になっていて見えない。
「あ、パイセン、こっちッスよ!」
俺が店内を見渡していると、三田が受付左側に向かうのでそれについていく。
「おはようございまス!」
向かったのは、奥側のがっしりした男性がいるテーブルだった。彼女の態度からすると顔見知りのようだ。誕生日席に座る男性を基準にして、奥側にはラフにベージュの開襟シャツを着崩した大学生っぽい女の人が、手前側には年配の紳士然とした身なりのいいスーツ姿の男性がテーブルについていた。
「おう、おはよう」
「おはよー!」
「おはようございます」
それぞれが三田に挨拶を返したところで、
「あ、それで、この人が言ってた初心者さんッス!」
俺を皆に紹介してくれた。
「おはようございます」
とりあえずぎこちなく挨拶をしたものの、そもそも何をしにきたのかも解っていない。
「初めて、ね。お姉さんがリードしたげるから安心なさい」
大学生ぐらいの綺麗な女の人が、テーブルに座ったままこちらへ身を乗り出すようにしつつ艶めかしい雰囲気を出して言うものだから、ちょっとドキリとする。着崩したシャツの胸元が色々と目の毒だ。
「はいはい、ゴージャスさんはよけいな色気は出さないでくださいッス。パイセンは免疫ないから困ってるじゃないッスか」
三田がフォローしてくれるが、後輩にそういう風に扱われるのはなんだか恥ずかしいものがあるな。
「ふふっ、可愛いじゃないの」
俺が羞恥で縮こまっていると、恐らく意図的にだろうが色っぽい視線をこちらに向けてくる。
「まぁまぁ、彼も戸惑っているようですから、その辺にしてあげなさい」
そこに、渋い声が割りこんできた。色っぽいお姉さんと向かいあわせで座っていた紳士だ。
「はぁい」
女性は素直に従って座り直す。
「さて、立ちっぱなしもなんだ、席に着いてもらえるかな」
お誕生日席の男性が促す。誕生日席、会議とかだと司会の位置についているということは、彼がこの場の責任者(?)なのかもしれない。
「じゃぁ、パイセンはそこに、あたしは奥に入ってゴージャスさんの隣に行くッス」
俺は、促されるまま誕生日席と紳士の間の席に座る。三田は、奥に入って色っぽいお姉さんの隣、俺の正面に座った。
「ゴージャスって、その人の、名前?」
さっきから気になっていたことが口に出た。
「ん? そう、あたしがゴージャスよぉ」
これまた色気のある声音の回答とともに芝居がかったしなをつくって返されたものだから、免疫のない俺はドギマギする。後輩の指摘の正しさは素直に認めよう。
ともあれ、こういう形で名乗るということは。
「もしかして本名を名乗ったり呼んだりしない方がいいのか?」
三田の方を見る。
「そうッス。さすがはパイセン! 慧眼ッス!」
腕組みで感心したようにうんうんと頷く。どちらが先輩か解らない大物っぽい仕草だ。
とはいえ、ここが何をする場所かさえ解っていない俺にとって、この場所に関することは三田が先輩だから偉そうにされたところでそれをどうこういう資格はない。さりげなく、ここに入ってから『穂村パイセン』が『パイセン』だけになっていたのもヒントになってはいた。
だから俺が『彼女の出した謎を明らかにした』、というようなシチュエーションと言えなくもない。そう考えればこちらも気分がいいので、気にしないでおこう。
ついでに、胸の下で腕を組まれると普段意識しないようにしている特大の部位が強調されて目の毒なのも、気にしないでおこう。
「ここは同じ趣味を持った同士が、日常の柵から外れて楽しむ場所なんスよ。なんで、ここではSNSで使ってるハンドルネームで呼びあうのが通例ッスね」
三田の説明は納得のいくものだった。
が、そもそも、その『趣味』ってなんなんだ? ここまできて言わないのは、わざと勿体つけているのだろう。
案の定、三田は『趣味』の説明はスルーしたまま話を続ける。
「だから、パイセンはあたしのことは、アルファベット小文字で、k《ケイ》u《ユー》r《アール》i《アイ》k《ケイ》o《オー》、と書いてkuriko《クリコ》って呼んでください」
唐突に、名前呼びを要求された。
「え、それは……いや、そうか」
そもそもローマ字表記にしただけの本名だと思ってツッコもうとしたが、すぐに思い直す。
kurikoが彼女のハンドルネームということだろう。ならば、俺が本名だとツッコんでしまうと他の方に対してそのハンドルネームが彼女の本名であることをバラすことになりかねない。
「では、よろしく頼む、kurikoちゃん」
「へ……あ、はい! よろしくお願いするッス」
普段は名字を呼び捨てにしているものの、ハンドルネームと解っていても女子の下の名前を呼び捨ては気恥ずかしい。かといって後輩に「さん」づけも改まっているから「ちゃん」づけにしてみたんだが、なんか妙に照れているようだ。ちょっと新鮮な反応だった。
「っと、それで、パイセンはどうお呼びすればいいッスか? というか、せっかくなんで、その名前で名乗ってもらえればと」
少し赤みがかった顔で、取り繕うように早口で三田改めkurikoちゃん。
ふむ。SNSをやってはいるが、俺も本名と似たようなものだったりする。だからこそハンドルネームに本名を使っていても「それが本名だ」と言わなきゃ解らないということに気づいたのだ。
ということで。
「
と名乗った。kurikoちゃんに習って表記の説明も忘れずに。
「笑太君、でいいかな?」
がっしりした体格の言葉に。
「はい、大丈夫です」
即答する。むしろ、本名と音が同じなので解り易くてありがたい。
「丁寧にありがとう。では、こちらも名乗っていこう。まず、俺はトールだ」
がっしりした体格の男が名乗る。
「改めて。ゴージャスよ。よろしく、ね」
パチリ、とウィンクをしながらゴージャスさん。
「わたしのことは、
渋い声で、細い眼に優しい笑みを浮かべて老紳士。
『トール』さんは、徹さんとかの名前か? 『ゴージャス』さんは、なんというかゴージャスな感じは、する? 『囲炉裏』さんは、人の輪の中にあって温かい、とかそういう意味、か?
と、こうやって名前からよけいなことを考えて詮索するのはよくないな。創作のキャラクターの名前じゃないんだから。
ともあれ、こうして場にいる人と名乗りあったことで、少し緊張が解れてきた。
ならば、そろそろ。
「それでkurikoちゃん。そもそも、ここは何をするところなんだ?」
核心を尋ねることにしよう。
「ふっふっふ、それはッスねぇ」
三田改めkurikoちゃんは芝居がかった前置きで最後の勿体をつけて。
「テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム。略して、TRPGッスよ!」
高らかに宣言する。
ようやくkurikoちゃんの口から応えが返ってきた。
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