第5話 弾幕シューティングへのスタンス
「さて、どうだったかしら?」
一息ついて、氷室が尋ねてくる。
「正直、最後のボスは何をやってるか解らなかったが……そうだな。自機も弾も見えている大きさよりも当たり判定は小さいんだな。あと道中を見ていると、敵の弾は自分を狙ってきているから、動き回らずに小さく動くと大量の弾が纏まって避けやすくなる、ぐらいか」
なんとか、それぐらいは解った。
「上々よ。それだけ解れば一歩は前進できるわ」
そうして、席を立つ。
「どうぞ」
無表情に促される。
そうだった、元々、俺もこのゲームをやってみようと思ってきたのだ。
椅子に座ると、ほのかに温かい。氷室雪花という冷たさを感じさせる名前の女子の、温もり。修辞学的には楽しいが、ここを掘り下げるのはよろしくないので深く考えないでおこう。
百円玉を一枚投入し、早速プレイを開始する。
「動きすぎないように……」
意識して進めるが、そもそも基本がよく解っていない。
見よう見まねもできないというか、さっきは二面から見ていたのだから一面の参考にはならないことに今更気づく。
ボムを撃って生き延びることは先ほどの氷室のプレイでなんとなく見えたので、どうにかこうにか逃げ回る。
結果としては、道中→中ボス→道中→ステージボスという流れの中のステージボス前の道中で、一面もクリアできずにゲームオーバーになってしまった。
それでも中ボスを越えられたことで、なんだか前よりは弾幕が怖くなくなった気がしないこともない。
「ボムを全部使い切ったのは悪くないけど、動きすぎないことを意識しすぎてボムが必要な状況に追い詰められることが多過ぎるわ」
俺のプレイを見た氷室は、そう端的に告げた。
「なら、何かコツとかあれば教えてもらえると嬉しいんだが」
ついつい、そんなことを言ってしまうが。
「わたしがするのは『指摘』まで。指摘を受けてどうするかは相手の問題だから『助言』はしない。穂村君はよく知っているはずでしょう? このスタンスはゲームでも変えるつもりはないわ。もちろん、これはわたしのスタンス。穂村君が必要だと認めて別の誰かに教えを請うことを妨げはしないけれどね」
「流石に、俺の周囲に氷室ほどの腕前の人はいないな」
別の人に助けを求めるのは無理だ。となると、自力で頑張るしかないだろう。
「予習に熱心なのは悪いことじゃないけれど、わたしの作品と向きあう分にはこのゲームを上手くなる必要はないわよ。わたしが創っているのは道中もないボス戦だけのゲーム、それもひたすら弾幕を躱すゲームになる予定だもの。弾幕がどういうものかだけ知っていれば、十分よ」
助言はしないが、条件的なものは教えてくれるらしい。
「それでも自分の手の届く範囲のことは知っておきたいんだ。謎を謎のままにしておきたくないというか、謎に挑むとしても万全の準備をしておきたいというか」
「そういえば、穂村君はミステリが好きだったわね。そのときに謎解きのカタルシスがどうのと言っていたのを覚えているわ」
氷室にはそういったことを話したことがあった。『ミステリー』と書かず『ミステリ』と書くだけで、ミステリに何かしら思い入れがあると伝わる人には伝わるらしい。
俺よりも沢山本を読んでいる氷室は『伝わる人』に属していたようで、俺の小説の中の『ミステリ』表記を目敏く見つけて「穂村君はミステリが好きなのかしら?」と問われたのが話した切っかけだ。
端的には、『謎が明らかにされるカタルシス』というミステリの醍醐味こそが、俺が物語に求めるものだという話だ。
謎の範疇は広い。犯人逮捕やトリックを見破るだけでなく、探していた家族が見つかったり、結ばれるべき者同士がいがみあう理由が明らかになって結ばれたり、そういったものを含めてのことだ。ミステリというのは殺人事件ばかりでなく『日常の謎』を扱ったものも多数あるからな。
『謎解きのカタルシス』はミステリというジャンルに限らずどんなジャンルの物語であっても含まれる要素だ。例えば『主要な登場人物の意外な正体』なんていうのは、大概のジャンルで通用するし、実際の多くの作品で利用されているモチーフだろう。
そういう仕かけに気づくとニヤリとするし、与えられた伏線から先読みした通りの仕かけだったりすると、とても気持ちがいい。
俺は、物語で人を笑顔にしたいと考えている。
物語で人を笑顔にするといえば、ギャグやユーモアでの笑いがまっさきに挙げられる。それは定番であり大事な物語要素だ。辛く苦しい時に底抜けに馬鹿馬鹿しい物語に笑顔をもらう、なんてこともあるだろう。
だけど。
謎が解けて問題が解決することで、あるべきところにあるべきものが収まる。
そのカタルシスも、人を笑顔にすると思うのだ。なんというか、ホッとして気を緩めることができるというか、そういう感じで生まれる笑顔だ。
俺は、そういうカタルシスを目指して物語を紡いているのである。それが、人を笑顔にすることだと信じて。
意図的に謎を生むには多くの知識が必要だ。そのためにも手の届く範囲のことはできるかぎり興味を持って手を伸ばして知っておきたい。なんでも予習をしっかりする性分なのは、こういった物語に対する想いも多分に影響している。
そんな俺のミステリへの思い入れを、以前、氷室にしたことがあるのだ。
俺の話を聞き終えた氷室の反応は、
「中々興味深い考え方ね」
そんなどう受け取っていいのかわからない端的な言葉だけだったのだが、たった一度交わした会話の内容をこうやって覚えていてくれたのは素直に嬉しい。
「別に知ろうとすることを妨げようとは思わないけれど、さっきも言った通り、知るのならこのゲームではなく『弾幕シューティグ』というジャンル全体をターゲットにした方がいいわよ。これは助言ではなく、一人の弾幕シューティグ好きとして弾幕シューティングに親しんでもらうための宣伝文句と思って欲しいのだけれど」
助言はしないというスタンスを通しながら、実質的にはアドバイスをくれたようなものだ。誤魔化しとも取れる弾幕推しの発言にも、嘘はないのだろう。
彼女が弾幕シューティングが好きなのは間違いない。そうでなければ、特殊文芸の成果物として弾幕シューティングを創ろうとまではしないだろうから。
「なら、『弾幕シューティング』というものの基本を調べて、氷室の作品の続きをプレイさせてもらうことにするよ」
「ええ、それぐらいのスタンスでいてくれた方が嬉しいわ」
まったく表情も口調も変わらないが、言葉で嬉しさを表現してくれる。その想いには応えたい。
その前に俺も自分の創作を頑張らないといけないがな。何よりキャラクターをなんとかしなけりゃな、と俺が今後の課題をあれこれ考えていると。
「それじゃ、わたしはそろそろ帰るわ。また部活で」
無表情で手を振り、彼女はゲームセンターを出てさっさと帰っていった。
素っ気なさに寂しさを感じないでもない。とはいえ、わざわざ一緒に帰るような理由もない。
それ以前に、電車通学の氷室は駅に向かうが、徒歩通学の俺は家に帰る。駅は店を出て左、俺の家は右。出た途端に逆方向に行くのだから、店内で別れようと店外で別れようと大差ない。
こうして理由が明確になれば、寂しさは消える。今の状況は、あるべきものがあるべきところに収まっただけなのだから。
「さて、帰るか」
氷室に少し遅れて、俺は家路についた。
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