◆メインフェイズ◆

第4話 レトロゲーセンのある通学路

 部活の帰り道。


「少し、弾幕シューティングの練習をしていくか」


 新しい氷室の作品の件だ。別にクリアできなくてもいいとは言っていたが、少しはできるようになっておきたい。


 徒歩通学の俺は、帰り道の途中にある商店街に立ち寄っていた。


 古い商店街らしく、シャッターが閉まっていたり、マンションや介護施設などになって商店が減ってはいるが、それでも、昔ながらの店が細々と生き残っている。


 その中に、小さな小さなゲームセンターがあった。


 軽快な音楽を鳴らすクレーンゲームもない。

 色々デコレートしたりできる写真を撮る機械もない。

 監視カメラがあるだけで店員もいない。


 六畳ほどのスペースにあるのは、背中あわせの昔ながらのゲーム筐体きょうたいが二組だけ。


 この店を教えてくれた人間によれば、近場に大規模なレトロゲームの聖地とも言えるゲーセンがあり、ここにあるゲームはすべてそちらにもあるということだ。なので、わざわざここに来る人間はほぼいないらしい。


 俺がこの店の存在を知った一年少し前から今まで変わらず存続しているのだから、まったく誰もこないということはないのだろうが。


 穴場を通り越して墓場になりそうなレトロゲーセンだが、俺のような素人が誰にも見られず練習するにはちょうどいい場所なのだ。


 この店を知ってから、設置されているゲームはまったく変わっていない。


 背中あわせの一組は、格闘ゲームブームの先駆けになったゲームの対戦台。


 もう一組は、シューティングゲームが二種類。一つが有名な弾幕シューティングゲーム。もう一つは多彩なショットをスコアを稼いでパワーアップさせていく独特なゲーム性のシューティングゲームだ。


 そういうわけで、弾幕シューティングの方をプレイして少しでも感覚を掴んでみようかと思っていたのだが。


 先客がいた。


「あら、穂村君」


 俺にこのレトロゲーセンを教えてくれた当人、氷室だ。


「もしかして、練習しにきたのかしら」


 喋りながらも、無数に降り注ぐ弾を軽快なレバー捌きで避けながら危なげなく敵を撃破していた。


「わたしの作品に向きあうために早速ここにきたのだとすると、嬉しいわね」


 その通りなのだが、なんだか素直に答えるのは気恥ずかしい。

 それに、彼女の口ぶりだと俺が来るのを期待して待っていた、ということにならないか?


「勘違いしないでね。別に穂村君が来るのを期待していただけじゃないわ」


 俺の心を読んだように、何かのテンプレのようなことを平坦に口走る氷室。いや、語尾が『だけじゃないわ』だとテンプレのようでそうではない、か。


「新作をよりよいものにするために、久しぶりにこの弾幕シューティングゲームをやりにきたのよ。パソコンに移植されたものは家にもあるけど、やっぱりゲームセンターの筐体にお金を入れてプレイするのは格別だから」


 俺が先の言葉の引っかかりを解消する間もなく、氷室は言葉を続けていた。


 氷室がプレイしているのは、蜂が登場する有名な弾幕シューティングゲームだ。弾幕シューティングに詳しくなくても、『蜂』と言えばこのゲームというぐらいには知名度の高さだ。コマンド選択式のRPGなどのコンピュータゲームはそこそこ遊んでいるていどの温いゲームプレイヤーの俺でも、タイトルぐらいは知っていた。


「せっかくだから、クリアするまで見てるといいわ。自分で到達していないステージを人がプレイしているのを見るのは邪道っていう面倒臭いゲーマーもそれなりにいるけど、穂村君はそういうタイプじゃないでしょう? むしろ予習をキッチリするタイプよね」


 その通りだ。事前に確認できることは、キッチリ確認しておきたい。だからこそ、氷室の作品と向きあうために、氷室に教えてもらったここにやってきたのだから。


 それに。


「そもそも、一度は見ているからな。もう一度、こうして見れて嬉しいよ」


 俺にこの店を教えてくれたとき、同じようにこのゲームをプレイして見せてくれたのである。


 あのときは、


「何をしているか解らん」


 というのが素直な感想だったのだが、ここで一度見たことは確かに覚えている。


「覚えていてくれて嬉しいわ」


 まったくそうは聞こえないが、なんとなく画面内の自機が無駄にはしゃいだ動きをしたのは彼女なりの感情表現か? それでも敵弾を避けきるのが彼女の腕前だ。


 しばし、彼女のプレイを眺める。


 俺が来たのが二面の半ばだった。

 激しい攻撃の中を、自機を右に左に動かして細かい隙間を抜けて行く。

 敵の出現地点を完全に把握しているのか、避けた先に敵が現れ要領よく破壊も続けている。


 正直、それぐらいしか俺の知識では描写できない。


 敵も戦闘機や戦車や砲台などのメカ相手のゲームで、ボスもメカメカしい戦闘機というか戦艦というかの姿なのだが、女の子の形をした巨大ロボットに変形したりもする。


 激しく硬派なゲーム性の中に、そういった巨大少女のモチーフが現れるのは面白い。


 弾幕を描写できないので、そこぐらいしか語れないのだが。


 何とか見ていて解るのは、動きすぎないことと、自機も敵弾も見た目よりは当たり判定が小さく、見た目は絶対無理な弾の隙間も抜けられている、ということか?


 そうして、どれだけの時間が過ぎたのか。


 五面のボスを倒した後に何やらデモが入って「死ぬがよい」とか言われたりしつつ。

 明らかに殺しにきているとしか思えない巨大な蜂をモチーフとしたと思しきボスを撃破し。


 氷室は、小さな蜂の形をしたボスと対峙していた。


 これが、真ボスだ。


 『真』というだけあって先ほどの殺しにきている弾幕よりもさらに濃い弾幕が展開されている。恐らく、『人類に挑戦する』という発言はこのメーカーの人に違いない、そう思わせる弾幕だ。


 放射状に画面全体にばらまかれる青とピンクの弾に、ボスから射出された装置から発射されるレーザー。隙間があるのかないのか解らないが、やられていないから隙間を抜けているのだろう。目が追いつかない。弾とレーザーで画面が埋め尽くされていて凝視するとクラクラする。


 少し目が慣れてくると、紫色のレーザーと同系色の楔型の半透明弾が並ぶと孔雀の羽のようで美しくもあった。当たるとやられるのだから剣呑ではあるが。孔雀の羽に混じって、更に大小の丸い青弾もばらまかれはじめて、もう何が何やらわからなくなってくる。


 氷室は慌てた素振りもなく普段通りの淡々とした所作で。

 なぜ当たらないのかわからない軌道を自機に描かせ。

 時にパワーアップを利用して攻めたて。

 必要とあらばボムを放ち。

 最後は正面からショットを撃ち込み。


 真ボスを撃破した。


 エンディングのデモが流れ、歴史改竄をテーマにした中々ヘビーなストーリーが展開されると、ぶっちぎりのハイスコアでランキング入力画面が表示される。


 ほどなくランキング1位には、


Y.H


 と。


 氷室Himuro雪花Yukikaのイニシャルが記録されたのだった。

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