第2話 穂村鐘太と氷室雪花の文芸部活動②

「どうかしら?」


 一分と持たずにゲームオーバーとなった俺に、いつもの無表情で氷室が問うてくる。漠然とした問いの意図は表情からはうかがい知れないが、彼女は俺の作品に真摯に向き合ってくれている。


 ゆえに。


「さっぱり解らないな。前までに比べて、段違いに弾幕が濃くなってるじゃないか」


 俺も忌憚なく応えるまでだ。


「これまでは練習だったから、弾の数を絞っていたのよ。でも、最近になって沢山の弾を出しても処理落ちしないアルゴリズムを思いついたから、ちょっと頑張ってみたの」

「それにしても、いきなり弾数を増やしすぎじゃないのか?」

「弾幕シューティングを作る人間は、人類に挑戦しないといけないのよ」


 どうも、有名な弾幕シューティングゲームメーカーの偉い人がそういうことを言っていたらしいが、俺にはまったくついていけない世界だった。


「一年生の時に色々と練習で単発の弾幕を作ってみたて大分コツはつかめたわ。だから、今回は今の弾幕を起点にして、幾つかの弾幕を繋げたもう少しゲームらしいものを創る予定だから、楽しみにしておいて」


 表情は読めないが、言葉の上では得意げにそんなことを言う。教本やネットの情報に頼らず、見よう見まねのフルスクラッチで作っているというのだから、顔にも声色にもでなくとも、それを誇るのもさもありなんだろう。


「楽しみにはしておくが、今の弾幕からしてクリアできるとは思えん。続きを創っても、いつまでも先に進めず二つ目以降の弾幕を楽しめないと思うんだが……」

「クリアできなくても、遊んでもらって忌憚ない感想が聞ければ、それでいいのよ」


 元々、俺が読んでもらうばかりでは悪いからと得意でもなんでもない弾幕シューティングをプレイさせてもらったのが始まりだった。俺が瞬殺されて全然クリアできなくとも彼女が納得しているならよいとは思うのだが、なんだかモヤモヤはする。


「でも、わたしの文芸作品をプレイするのではなく『読んで』もらえたら、もっと文芸部の活動らしくなるのでしょうけれど、それは無理なのよね」


 淡々としてはいるが、心持ち顔を伏せて氷室は続ける。


「そうだな。俺は、氷室の文芸作品をプレイすることはできても、『読む』ことはできない」


 氷室雪花は文芸部員である。

 ゆえに、弾幕シューティングを創っている。


 飛躍があるというかどう繋がるかも微妙なところだが、そこを繋げてしまったからこそ文芸部に籍を置いているのだ。


「いいのよ。わたしが嗜むのは『特殊文芸』なのだから」


 起伏のない口調で、決め台詞的なことを言う。これもいつものことである。


 氷室の文芸作品を読める人間は、残念ながらこの文芸部にはいない。

 そもそも、彼女の特殊な文芸を紡ぐのは日本語ではないのだ。


「文芸部は、文章による表現を行う部活と聞いております。わたしは、幼い頃よりプログラミングを嗜んでおります。プログラムとはプログラミング言語によって紡がれた文によって表現されるものです。よって、特殊な形としてプログラムを文芸として認めてもいいんじゃないでしょうか? わたしはプログラムを物す特殊文芸作家として、この嵩都高校文芸部に入りたいと思います」


 というのが、彼女が入部するときの自己紹介での談だ。


 嵩都高校では何かしら部に入ることが義務づけられているため、屁理屈をつけてどこかの部に潜りこむというのはそれほど珍しくもないが、彼女のそれは少々趣が異なるだろう。情報科学系の部活は他にあるにも関わらず、わざわざ文芸部にやってきたのだから。


 当然、そういうツッコミが入ったのだが。


「わたしはプログラムを情報科学ではなく文芸の範疇だと認識しております。それに何より、読書が好きです。技術書も読みますが、小説詩歌エッセイなんでも読みます。活字中毒といっても差し支えありません」


 この発言に対し、口先だけのものでないか確かめるため多数の部員が自分の好きな作品や適当な作品を挙げて彼女に読んだかどうかを問うてみた。


 その結果、挙げられた作品すべての内容について何も見ないで概要を説明しきったのである。活字中毒といえるだけの読書量なのは事実だった。


「ですので、『他の方の作品を読む』という形でも文芸部の活動には貢献できると自負しております」


 大量の読書実績のある彼女の言葉には筋が通っており説得力もあった。確かに、そういう活動もするのであれば情報科学系の部活ではなく文芸部に入る必然性がある。実際、俺は今もこうして彼女に自作を読んでもらっているしな。


 しかし、現在に至って彼女に作品を読んでもらっているのは俺だけだ。


 入部後しばらくは、部員の多くが彼女に作品を読んでもらっていた。だが彼女は、先輩相手であろうが先ほど俺が受けたような歯に衣着せない指摘を行ったのだ。


 彼女に書評を求める人間は次第に減っていき、三か月ほどで俺以外の人間は読んでもらうのをやめてしまった。皆が集まる中央の島ではなく、隅っこのくたびれた応接セットを定位置にしているのが、彼女が文芸部内で置かれている位置を示していると言えるだろう。


 それでも彼女は、他の部員には理解できない特殊文芸を淡々と紡ぎ、常人には理解不能な弾幕を生み出し続けていた。


 この状況下の文芸部で、俺だけは彼女に関わって作品を読んでもらっている。そのうち、せめてもの返礼にと、まったく慣れない弾幕シューティングを遊ばせてもらうようにもなった。


 これは、キツイ言葉や無理ゲーに快感を覚える特殊な性癖があるとか、そういうのではない。

 彼女は確かに美人といって差し支えないが、そういう不純な動機でもない。

 これは、俺の問題だ。


 俺が小説を書くのは、月並みだが「誰かを笑顔にしたい」からだ。


 一方で、彼女は感情表現が欠落している。文芸部で彼女が笑っている姿を見たことがない。それどころか、クラスメートに聞いても彼女が笑っている姿を見たことがないという。


 尋常ではないことだ。


 誰かを笑顔にしたいと思う身として、彼女に自作を読んでもらっている間に俺は一つの目的を抱いた。


――氷室雪花という表情の欠落した同級生を、自分の作品で笑顔にする。


 それが、今の俺の目的だ。

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