弾幕とTRPGとスペシャルな物語

ktr

第一部

◆導入フェイズ◆

第1話 穂村鐘太と氷室雪花の文芸部活動①

「話の筋立てとか仕かけは悪くないんだけど、どうしてこう、いつもいつもキャラクターが物語のために動いている作為が見えるのかしら?」


 冷たく辛辣な言葉が俺、穂村ほむら鐘太しょうたに刺さる。


 嵩都たかつ高校文芸部の活動中の一幕だ。


 部室最奥にポツリと置かれた古びた応接セットに、俺は他の部員たちを背にして座っていた。正面には、少々寝癖の残ったロングヘアーの女子が二人がけのソファーに冷然と座っている。声の主である氷室ひむろ雪花ゆきかだ。


 面談でも受けているような態勢だが、あながちそれも間違ってはいない。文芸部の活動として、俺は氷室に拙作の書評をもらっているところなのだから。


 黒縁眼鏡の奥の感情の読めない視線と向きあい、その口から紡がれる忌憚も容赦もない拙作に対する言葉を真っ向から受け止める。それが、文芸部入部から二年生になった今までずっと続いている習慣だ。


 歯に衣着せない書評が、最初は辛かった。

 正直、打ちのめされた。

 それでも書評をもらい続け、彼女は辛辣でも的確なことしか言わないことを理解した。

 だからこそ、今日も彼女に書評をもらっているのだ。


「穂村君の書くキャラクターには、決定的に何かが足りていないわ」


 俺自身にもその自覚はあって試行錯誤しているのだが、今回もダメだったらしい。


「まだまだ、ね」


 彼女の書評は、そう締められた。


 氷室は改善案を教えてはくれない。かつて改善点を教えて欲しいと求めたときには、


「どこに問題があるかは指摘するけれど、これはあくまでわたしの主観よ。それを聞き入れるも聞き入れないも書き手の自由でしょう? そこからどうするかは書いた人の問題だから、改善方法までは踏みこまないことにしているの」


 と返された。それが、彼女のスタンスだ。


 ゆえに、


「そうだな。俺は、まだまだだ」


 指摘を素直に受け入れるしかない。


 まだまだであっても、最初「これが小説? 設定資料じゃないの?」とバッサリやられたところからは確実に前進しているのは間違いないのだ。

 

「ストイックなのは結構だけれど、この調子で、穂村君の目的は卒業までに達成できるのかしら?」


 起伏のない声で、それでも俺の目を見て、彼女は言う。


「保証はないが、きっと達成してみせるよ」

「そう。楽しみにしているわ」


 素っ気ない声だが、彼女はリップサービスをしない。俺の根拠のない言葉を信じて楽しみにしてくれているのは事実なのだ。そう言われれば、やる気も出るというものだ。


 言いたいことを言い終わった氷室は、感情の見えない顔で俺の背後、他の部員の活動を眺めているようだ。


 そこでは、他の部員たちが長机を並べて作られた島を囲んで文芸部活動に励んでいる。


 我が文芸部は小説に限らず、文章による表現であれば詩でも評論でも脚本でも構わない。広義で『文章による創作』をしていれば文芸部の範疇だ。皆、思い思いの表現をし、ときに他の部員の感想を聞いたりして切磋琢磨しあっているのだ。


 氷室はその輪に入らず、部室の隅にいつからあるのかもわからないくたびれた応接セットのを定位置としていた。最初の頃は書評を求めてそこを訪れる部員が何人もいたが、辛辣な書評を敬遠してか一人減り、二人減り、今では俺だけとなっていた。


 どんな思いで他の部員の姿を見ているのか、今の状況をどう思っているのか? その表情からは窺えない。


 氷室は応接セットのテーブルに視線を移し、彼女の私物である真っ赤なノートPCを開くと、


「穂村君、ちょうど、新しいのができたのよ。わたしの作品にも触れてもらえるかしら?」


 互いの作品に触れあってこその部活動だ。俺も彼女の文芸作品に触れることにやぶさかではない。


「ああ、もちろんいいぞ」


 応じる俺に氷室はコントロールパッドを手渡し、ノートPCの画面をこちらへと向ける。

 黒い背景に雪の結晶が舞い散るアニメーションが表示されていた。

 舞い散る雪に彩られて、画面の中央には飾りのついたフォントで、


HIT ANY KEY


 と表示されている。


 コントロールパッドのボタンを押せば、画面が暗転。中央最下部から見下ろすアングルで箒に乗った魔女のキャラクターが登場する。少し遅れて画面の上からは別の魔女が現れる。真っ黒な背景だったのが、一度瞬く。魔女から魔方陣が二つ射出され、画面の左右に配置される。魔方陣が一度輝くと、大量の結晶を吐き出し始める。結晶は容赦なく自機の魔女を狙ってくる。


「おいおい、容赦ないな」


 画面を埋め尽くすような勢いで敵弾である結晶が迫ってくる。あっという間に俺が操る魔女は被弾。ピチュンと何かが弾けるような効果音。魔女の姿がかき消え、再び画面下部から登場する。が、既に画面は結晶型の敵弾に埋め尽くされている。弾幕だ。とても濃い。何をどう避けていいのか解らない。再び被弾の効果音。画面下部から最後の魔女が登場するのとほぼ同時にもう一度被弾の効果音。


 それで、終わりだった。


 磨りガラスを通したようにボカされたエフェクトが画面全体にかかり。

 最後に画面中央に表示されたのは。


GAME OVER

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