第2話 繋がる気持ち
「ん…今、何時…?」
枕元にあるはずのスマホを片手で探る。
あれ?見当たらない…
寝起きでボーッとする頭を何とか回転させる。
え……っと…あ!
僕は慌てて飛び起き部屋の時計を見る。
―午前9時半―
「ヤバい。」
そう思い着替えのスーツに手をかけた瞬間―
カレンダーの赤い数字が目に入った。
「そっか…今日は休日だったな…」
僕は眠気を覚ますためインスタントコーヒーをいれ、ひと口すすりソファーに腰掛けた。
ソファーに転がっていたスマホを手に取り画面を開いた。
通知がきていた――――。
急に僕の心臓はリズムを刻みだす。
深呼吸をし少し震える指で通知の表示をタップした。
ダイレクトメールの画面が映った。
「初めまして月詠(つくよ)と申します。
メールありがとうございます。
フォローして頂けるなんて嬉しいかぎりです。
私もよろしければカイトさんのことフォローさせて下さい。
よろしくお願い致します。 」
胸のリズムが勢いを増した。
血液が急速に巡りだして耳の辺りが熱くなった少しクラクラする頭で
「よろしくお願いします。」
それだけを送るので精一杯だった。
そして僕らは繋がった。
僕の日常が少し変わった。
相変わらず営業訪問は苦手だが、少しだけ以前とは違う気持ちで臨めた。
推しへのフォローも毎日続けてるが回数が減ってきた。
僕のツイートに写真が増えた。
そして僕の見えている景色に色がついた…。
仕事が終わると真っ先にTwitterを開きお互いのツイートで会話を重ねた。
―仕事で落ち込んだ帰り道
うつむきかげんで歩く僕の視界に可愛い花たちが
見えた新しい発見
「本当に可愛らしいお花ですね」
「少しだけ気持ちが軽くなりました」
「それは良かったでもご無理はなさらずに…」
僕は以前から少しだけ仕事の愚痴やその日見たテレビのこと、同僚と話した他愛のない話などを投稿していたが月詠さんはそれを気に入ってくれたみたいだ。
日常の何気ないことに少しだけ憧れを抱いているようなことを言っていた…。
写真は月詠さんの希望で撮るようになった。
本当に些細な場面だけど、その日食べたものや道端に咲いていた小さな花や空を流れる雲…。
僕の見ている世界を教えて欲しいと…。
月詠さんのツイートは変わらずに美しかった。
綺麗に並んだ文字達を眺めていると平凡な毎日が豊かな気持ちになった。
―秋雨の静けさに心を委ね物想う夜…
闇夜の永さに人恋しい秋の夜長
月が照らすのを待ちわびて
「秋は人恋しい気持ちにさせますね」
「ええ。月の見えない夜は特に…」
「僕は月詠さんのこと考えます…」
「明日は晴れるかな…」
通勤時に傘をさす煩わしさ以外でそんなこと考えたの何年ぶりだろう。
僕の世界の色が少しずつ濃さを増していった。
彼女の世界と繋がることが僕の日常に鮮やかな
「楽しい」
心から思えるそんな感覚は久し振りだった。
月詠さんのことを知りたい。
その気持ちも日増しに大きくなっていった。
僕は月詠さんにひとつ気になっていたことを尋ねてみた。
―月詠さんは月が好きなんですか?―
アカウントの名前もそうだけど、月詠さんのツイートにはよく月にまつわるものが出てきていた。
「月詠さんは月が好きなんですか?」
「はい。月は穏やかな気持ちにさせてくれます。」
「確かに。僕も仕事で疲れた夜とかに月を見上げるとホッとします。」
「お仕事、毎日頑張ってらっしゃいますもんね。カイトさんが見上げている月を遠くても私も眺めることができます。
離れているのに同じものを見て同じように綺麗だと感じられる…とても素敵なことです。」
「素敵です。」
「あと…月には満ち欠けがあるでしょう?」
「はい。」
「月の形の見えない新月から三日月 上弦の月 から満月 そして下弦の月を経て三日月からまた新月へと…」
「時の移り変わりを感じますね。」
「ええ。月は私達の目には一ヶ月の間にあれほど姿を変えるのに幾千の
「月詠さんみたいです。
月詠さんは僕にとって僕の世界を照らしてくれるとても優しい月です。」
「ありがとうございます。そんな風に言って頂けるなんて…凄く嬉しいです。
「いつか月詠さんと一緒に月を見ながら
お酒でも飲んでゆっくりお話できるといいな。」
「…そうですね。とても…とても素敵なひとときでしょうね。
今日はカイトさんとこんな風にお話しできて嬉しかったです。ありがとう。
おやすみなさい。」
「こちらこそありがとう。
また、明日。おやすみなさい。」
月詠さんと始めてこんなに長くメールのやりとりをした。
僕は彼女への想いが日々募っていくのを感じていた
満たされていく毎日だった。
…ただ、彼女のことでもうひとつ気になっていることがある…。
月詠さんはたまにTwitterの投稿が何日もない日が続くことがある。
一度尋ねると
「少し、風邪をこじらせてしまい…
でも、大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」
月詠さんからはそんな返事がきた。
僕の胸に小さなトゲのように引っ掛かっている思いだが、それを月詠さんに聞くことはできなかった…。
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