序Ⅳ ルスト、新聞を読む ―次に国内情勢―
【西方辺境ワルアイユ領、戦乱復興計画発表なるも投資進捗不調】
西方辺境ワルアイユ領、典型的な国境沿いの辺境領だ。
辺境領というと僻地や田舎を想像する人がいるが実際には違う。国境線に近く外敵と遭遇する確率が高いため、その領主には常に戦乱に対応できる実力が求められる。そのため、政治における辺境領の領主の地位は総じて高いものなのだ。
そして、そのワルアイユを収めている現領主こそが、私の妹分のアルセラだ。ただ、彼女はまだ若く領主として独り立ちさせるには早すぎる。それで私たちモーデンハイムが後見人として協力している事情がある。
1年前の国境侵犯事件はワルアイユで起きている。その復興のプランを描いたのはアルセラの今は亡きお父上であり、それを引き継いだのがアルセラなのだ。だが――
「投資が不調? どうして?」
記事によれば、有数の投資家が件の国境侵犯事件を引き合いに出し、戦乱に見舞われた場合の投資リスクを過大に考えているケースが多いのだという。経済が専門の記者によれば、西方の辺境地域への投資を避ける投資家の存在は今に始まったものでは無いのだそうだ。
「そんな――、主要戦場となる国境の緩衝地帯はワルアイユのさらに西よ? そうそう市民居住地域にまで帝国は侵略してこないわ!」
私はその記事に噴飯やるかたない物を感じた。実態を知らず、憶測の不安だけで怖気づく者たちを情けないと思うのだ。
「アルセラ――」
彼女は故郷の復興を夢見ている。それを信じて故郷を離れて一人、勉学に励んでいるのだ。いつか復興と繁栄は成ると信じて。そんな彼女の心中を察するととてもやるせなく感じた。
「なんとかしてあげないと」
とは言え、私は軍事方面には明るいが、経済は専門分野ではない。その方面に明るい人に助力を求めるしか無いだろう。
経済と投資と言うところが気になった際に、経済欄で目についたのはこの記事だ。
【北部商業都市イベルタル治安問題、地下組織の存在と在外商人問題について】
我がフェンデリオルには4つの主要都市がある。
国境軍事行動の最前線である西の〝ミッターホルム〟、食料流通の要である南の〝モントワープ〟、政治の学問の中枢である中央首都〝オルレア〟、そして、ヘルンハイトとフィッサールと言う2つの隣国と隣接し商業と貿易の一大拠点である北の〝イベルタル〟だ。
「イベルタルは商業都市オーソグラッド大陸西部最大の商業都市、そうなれば金も物も資産も一手に集まってくる。当然、人も組織も」
私は自らの過去の記憶を思い出す。
「イベルタルか、懐かしいわね。15のときに家出してその後半年間だっけ」
私は過去に家出をしている。当時、まだこの邸宅の主であった実父との軋轢に耐えかねて、自由を求めて出奔したことがあるのだ。もっともそれには、実父が画策した政略結婚や、父の不和が原因で兄が自死してしまった事も影響していた。そして、それから約半年間、北のイベルタルにてある場所で匿ってもらっていたのだ。
「元気かな、シュウさん」
私はその時に私を救ってくれた恩師のことを思い出していた。同時に、あの街の裏の様相の事も。
「イベルタルは魔都、表向きの組織や団体が活発に動き、法を無視した裏の集団や結社が闇の獣のように徘徊している。かと言ってどちらかを消し去ればそれで良いという問題でもないものね」
記事には、盗品物流の裏の秩序となっている地下オークション組織や、東から移住してきた東方人の互助組織である華人結社について書かれている。さらにもっと犯罪性の強い凶悪な地下組織についても示唆されている。
「流石に具体名は書いてないわね」
当然だ、書いていたらこの記事を執筆した記者の命が危ない。
「この〝在外商人〟って? あぁ、海外に拠点をおいているフェンデリオル国籍の商人の事か」
記事によれば、フェンデリオル国籍を持っているにも関わらず、国民最大の義務である〝市民義勇兵参加義務〟を免除されていいる事が、疑問視されているのだそうだ。
「フェンデリオルは全国民に国土防衛への参加が義務付けられているものね」
――国民皆兵制――
15歳以上のフェンデリオル国民には、国土防衛のために市民義勇兵に参加する事が義務付けられているのだ。ただしそれにはいくつかの例外があり、その一つが海外に拠点をおいて活動している商人というのがある。なかには拠点は海外としながらもフェンデリオルと外国を頻繁に行き来して利益を上げている者も居る。これを指して〝在外商人〟と呼んでいるのだ。
「商人にも色々とあるのね」
まあ、やり方は慎重に選ぶべきだとは思う。そうでないと思わぬ恨みを買うのだから。
そして、最後に目に止まったのがこの記事だ。
【フェンデリオル正規軍、謎の新部隊の情報飛び交う】
「あ」
私はおもわず声を漏らした。
「とうとうこう言う記事が出たのね」
記事にはこうある。
――現在、フェンデリオル正規軍には極秘の新設特殊部隊の存在が噂されている。しかし、その詳細情報は表向きには一切開示されておらず、それに相当する組織は〝正規軍内部〟には確認されていない――
わたしはその記事にニヤリと笑った。
「当たり前じゃない。その新しい特殊部隊が存在するのは〝軍の外〟なんだもの。ツメが甘いわよ新聞記者さん」
そんな風に明るく笑ったときだった。
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