序Ⅴ ルスト、上司と念話装置で語らい合う
――リリリリリ――
私の脳裏に響いたシグナルがある。
「あ、これは――」
私は立ち上がると部屋の片隅にあるクローゼットに歩み寄った。その扉を開いて中に吊るされたベルトポーチを探る。そして、その中から手のひらと同じサイズのクリスタルプレートのような器具を取り出した。
【
その器具には光で形成された文字でそう表示されていた。その表面を触れて操作する。
器具の内部機構が作動して、念話を使った通信回線が繋がれる。相手の声は私の脳裏に直接響いた。
『はい、こちらエルストです』
『私だ』
『〝局長〟?』
『あぁ、今話せるか?』
声の主は男性で野太くしっかりした壮年男性の声だった。私は部屋の入口の方に視線を投げる。
『はい、今のうちでしたら』
通信の相手は私のナイショの上司だ。
『手短に言おう。お前の休暇は取り消される』
『え? 今日一日残っているはずでは?』
『正規軍付属の軍警察本部から、正規軍参謀本部に対して【軍外郭職業傭兵特殊部隊〝イリーザ〟】に対して任務参加要請が出された。イリーザの発令管理者であるソルシオン元帥からの下命で、イリーザ全隊員に対して軍警察主導の大規模作戦への参加が命じられることになる』
『休暇を取り消してまでですか?』
私は不満げに言う。
『気持ちはわかる。だが、これでも元帥閣下は軍警察首脳からの要請を2日間遅らせてくれたんだ。休暇そのものを取り消すわけにはいかないとな』
『まぁ、そう言うことでしたら』
『私も話を焦りすぎているとは思ったがな、だが軍警察本部も様々な方面との連携を考慮してギリギリの時間調整の結果でこうなったんだ。ある作戦行動のためにな』
そこまで聞かされたことで私の脳裏で何かが切り替わる。私は冷静に問いかけた。
『どのような任務ですか?』
『〝私の部署〟で把握した限りでは国家機密物資の〝密輸出案件〟だそうだ。そこに〝精術武具〟を取り扱う地下組織が絡んでいる』
その情報から私はある可能性を導き出した。
『精術武具戦闘の可能性ですか!?』
念話の向こうからはっきりとした声がする。
『そうだ』
『それで私とその仲間に招聘が?』
『かかったというわけだ』
『なるほど、了解しました』
『作戦発動までは準備期間が必要になるだろう。そのための猶予を少しでも多く取りたいというのが軍警察首脳らの本音だ』
なるほど、それが休暇を削られた理由なのだ。
『いつもながら〝上の方〟の方たちは焦りすぎです。
『それはソルシオン元帥も申されておられたそうだ。軍警察首脳は流石に黙り込んだそうだ』
『それでも食い下がったと言うことはそれだけ重要な案件なのでしょうね』
『おそらくな』
私は心のなかで盛大に溜息をついた。
『別な形で休暇を作ってやるよ。それくらいのコネは私にもあるからな』
〝局長〟は休暇を取り上げられた私をなだめるように告げた。
『期待していますよ局長』
『約束するよ。さて、正規軍参謀本部から連絡があるはずだ。その前に準備をしておけ』
『了解しました』
『では、健闘を祈る』
その言葉を最後に通信は切れた。
【
再び装置の表面をタッチして終了する。私は軽くため息を付いた。
「ふう、お母様の渋い顔が浮かぶようだわ」
この世界には〝精術〟とよばれる精霊科学の技術体系がある。風火水地の4大精霊を基本とし、ミスリル素材を媒介として、様々な物理効果を生み出す技術だ。そして、その精術を応用して作られた器具が〝精術武具〟〝精術器具〟と呼ばれる。
その中でも人の意思を伝えることのできる風精の効果を利用して作られたのが【念話装置】と呼ばれるもので、遠く離れた地点間でお互いの思考を念話として送り合うことを可能とする器具だ。基本概念は250年前に確立し実用化され、様々な改良が加えられて発達し現在に至っている。今では軍用から民生まで広く用いられ、念話装置を扱うための資格〝通信師〟は社会的にも重要な存在となっていた。
私が所持しているのは軍のある筋から供給された特殊な物なのだ。
「こうしちゃいられないわ」
私はテーブルの上にある使用人呼び出し用のハンドチャイムを鳴らした。
――リリリリリ――
すると即座に私専属の侍女で小間使い役のメイラが現れた。
「お呼びでしょうか?」
「出発の準備を。それと私の仕事着も用意して」
すると意外な言葉が告げられた。
「すでにご準備は始めております」
「え? どうして?」
「はい、正規軍参謀本部のご祖父様から、休暇取り消しのご連絡が入りましたので」
「えぇ? お爺様から?」
「はい、元帥閣下からの言葉をご伝言と言うかたちでお伝えになられておいででした。ミライル奥様からかなり嫌味を言われたそうです」
そう苦笑するメイラだったが、まぁ、当然だろう。親子水入らずになれると思ったら正規軍から横からそれを掻っ攫われた形になったのだから。
「あとで別な形で時間を作るわ。それで納得していただくしか無いわね」
「はい、わたくしもそう思います」
「それじゃ着替えを」
「はい、只今」
そう答えてメイラは他の侍女に命じて私の仕事着一式を取り寄せてくれた。
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