序Ⅲ ルスト、新聞を読む ―まずは国際情勢―
2階の自分の部屋に戻ると窓際の近いところにあるテーブルセットのソファーの1つに腰を下ろす。それと同時にドアがノックされた。
「どうぞ」
その声の後にドアが開いて1人の人物が姿を現した。
「失礼いたします、エライアお嬢様」
現れたのは男性使用人、端正な燕尾服を華麗に着こなした執事、比較的若い年齢で才覚が冴え渡る年代だ。名前はセルテス、私は幼い頃からずっと世話になってきた人物だ。
「本日の日刊新聞をお持ち致しました」
「ありがとう、そこに置いてちょうだい」
「かしこまりました」
3つの異なる新聞社の新聞をテーブルの上に置くと、彼は一礼してから私の家から去っていった。3つある新聞、その中の1つを私は手に取った。
印刷技術が一般大衆に普及して200年以上がたつ。書籍も新聞も社会には広く普及している。それによる情報の拡散は目覚ましいものがあった。
私は無言のまま新聞を開いた。私は自分の仕事柄、毎日のように新聞を見る。日々社会を流れる様々な情報は、私にとってとても重要なものであるからだ。私は紙面に視線を走らせた。
【〔フェンデリオル国、冬季気候予測〕、本年度のオーソグラッド大陸東部地方は気候の安定により大寒波は避けられる見通し。積雪も例年通りとの気候学者の予測】
「雪も冷え込みも例年通りか。軍の作戦展開も無理なく進みそうね」
フェンデリオルは内陸であり、北と南を小高い山脈に挟まれた谷間のような形状をしている、さらに西と東には丘陵地帯があり、横に細長い巨大な盆地を形成している。夏は熱く、冬は肌寒いことが多い。豪雪や寒波は、市民生活のみならず、国を守る軍事作戦にも影響を与えるのだ。
【オーソグラッド大陸東部沿岸各国、軍事条約の改定に大筋合意、さらなる連携行動を確約】
私達の祖国がある大陸はオーソグラッドと言う。東西が非常に長い巨大な大陸であり、私たちの国はその東部地方にある。内陸であるフェンデリオルを取り囲むように、沿岸地帯に複数の国々が並んでいるのだ。
「ええと、軍事条約に関連している国は――〝ジジスティカン王国〟〝フィッサール連邦オーソグラッド分地領〟〝パルフィア王国〟――ってあれ?」
私はその記事の中に違和感を感じた。
「なんで同盟国のヘルンハイトが無いの?」
私の国の周辺国は先に上げた4つの国が代表的だ。北のジジスティカン、東のフィッサール、南のパルフィアとなる。さらにフェンデリオルで北側で隣接しているのが同じ内陸国のヘルンハイトで、この国も他国と同様にフェンデリオルの同盟国のなのだが。
「おかしいわね。何が起きているのかしら?」
私はそこに強い違和感を感じた。なぜなら西に巨大な脅威が存在しているというのに、一国だけ外れる理由がないからだ。
「記憶の片隅に覚えておいたほうが良いわね」
次に視線を走らせたのは軍事情報の記事だった。
【祖国フェンデリオル敵対国家トルネデアス帝国、軍事行動方針大幅転換か?】
我が国フェンデリオルの不倶戴天の敵である西の巨大国家トルネデアスについての情報だ。
「トルネデアス、最近、大規模作戦は控えているものね、違和感を感じるのは無理ないわ」
トルネデアスは約1年以上前に大規模な国境侵犯作戦を展開したが、ツメの甘さから失敗に終わっている。我がフェンデリオル国内に共謀者を生み出してまで作戦を仕組んだのだが最後の局面で逆転されたのだ。その時の失敗は未だに尾を引いているようなのだ。
私はその記事をじっと見つめながらつぶやく。
「でも、だからと言ってあの国がやり方を変えたと判断するのは早計だわ。なにしろ、トルネデアスとフェンデリオルの戦いは250年に及んでいるもの」
わが祖国フェンデリオルと、その敵対国家であるトルネデアス帝国、その不倶戴天の対立は250年の長きにわたる。大規模争乱と一時休戦を繰り返しながら断続的に続いている。戦いの終わりは糸口さえ見えてこないのだ。
「これで諦めるはずはないのだから、あらゆる可能性を考慮するべきね。今までにないやり方も含めて」
そうつぶやいた理由は別のページの記事にあった。それがこれだ。
【〔経済情報寄稿〕海洋船舶技術の発達の現況について】
「船舶技術の発達か、確かに外洋航海に耐えられる船舶は発達が目覚ましいものね、それが軍事転用が進めば――」
私は内心、ひやりとしたものを感じる。
「陸と海で軍事状況が大変動を起こす可能性もあるわね」
軍事力とはそれそものが巨大な機械のようなものだ。あらゆる局面が微妙に影響し合い大局を動かしていくのだ。
だがこの事は私の手には余る問題だ。情報を集めながら、軍部のいろいろな人物と話し合っていくしか無いだろう。なにしろ我がフェンデリオルは内陸国、海がないので海軍力は皆無だ。同盟国と協力し合うしか無いのだから。
「でも、今のフェンデリオルで陸と海の両面作戦を維持できるかしら?」
その可能性について思いを巡らせたが不安しか浮かんでこない。私は内心で軽くため息を付くと、次の記事に向かった。
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